作成 20190730|更新 20190703

佐藤俊樹『社会科学と因果分析』読書会
佐藤俊樹『社会科学と因果分析』

読書会配布資料集:第四章「歴史と比較」

 この頁には、佐藤俊樹『社会科学と因果分析:ウェーバーの方法論から知の現在へ』読書会(2019年3月~8月) における担当者の配布資料を掲載しています。
 読書会第四回の開催日は2019年7月6日(日)、会場は東京大学本郷キャンパス、担当者は 齋藤 賢さん(社会学)、吉川浩満さん(文筆業)の二名でした。

このページ:第一章「社会科学とは何か」
[第一一回] 日常会話の可能世界――因果分析の方法論(1)
[第一二回] 歴史学者の思考実験――因果分析の方法論(2)
[第一三回] 自然の科学と社会の科学――経験的探究としての社会科学(1)
[第一四回] 比較社会学への展開――経験的探究としての社会科学(2)
【コラム3】 一九世紀の統計学と社会学
※全資料
第一章 社会科学とは何か
第二章 百年の螺旋
第三章 適合的因果の方法
第四章 歴史と比較
第五章 社会の観察と因果分析
講 演:清水雄也「Johannes von Kriesの適合的因果論」
コメント:小野裕亮「「文化科学」論文の参照指示について」
論考:清水雄也・小林佑太「Kriesの適合的因果論をめぐる誤解」
読書会案内

[第一一回]日常会話の可能世界――因果分析の方法論(1)
担当:齋藤 賢(理論社会学)

第11回~第14回(第4章 歴史と比較)では、まず、ウェーバーの因果分析の方法論を、彼自身の論考での解説と出てくる事例を用いて、再構成している。その上で、その後の彼の比較研究にそれがどう結びついていくのかを、解き明かしている。別の言い方をすれば、ウェーバーの方法論と経験的な分析を、一貫した視座で体系的に整理している。だから、ウェーバーの比較社会学や歴史社会学がどんなものなのか、を知りたい人にも役立つだろう。(xiv頁)

1.【ウェーバーとクリースの関係性】(202~204頁)

2.【マリアンネによるクリースの軽視】204〜205頁

というわけで、マリアンネの回想にもv・クリースは登場するが、彼女自身はウェーバーの方法論に大きな影響を与えた研究者として、リッカートだけを上げている。」(204頁)
マリアンネにとって、リッカート以上に巨大な存在だったv・クリースの影響に光をあてることは、彼女自身の存在感を薄めることにもなる。リッカートとウェーバーをつなぐ環を、彼女は自任していたからだ。だから、ことさら遠く描いたとも考えられるが、それ以前に、v・クリースの論文や著作を読んでも、あまり理解できなかったのではないだろうか。(204頁)

3.【ウェーバーの取り繕い】205〜208頁

4.【子供を叩いた若い母親の例】208〜210頁

5.【子供を叩いた若い母親の図の説明】210〜212頁

6.【子供を叩いた若い母親の例の巧みさ】212〜213頁

7.【「客観性」論文と文化科学論文の違い】213〜215頁

8.【日常的な会話から歴史学者による因果的説明へ】215〜217頁

top

[第一二回]歴史学者の思考実験――因果分析の方法論(2)
担当:齋藤 賢(理論社会学)

1.【マイヤーによる三月革命の説明】220〜222頁

2.【適合的因果構成の論理的な構成】223〜225頁

3.【先行研究における文化科学論文への誤解】225〜228頁

5.【適合的因果と法則科学的な法則を混同するな】231〜233頁

6.【歴史学・社会科学的な説明は日常的な因果的な説明の延長上にある】234〜

236頁

コメント

コメント1

 著者は「本来明確なウェーバーの文章が「混乱」しているように見えたり、何かのミスプリントがありそうに思えたりするのは、読み手の方が適合的因果を法則科学の一種だと考えているか、少なくとも両者を明確に区別できていないからだろう」と述べている。しかし、(少なくとも向井守に関しては)本当にそうした理由で「混乱」しているのだろうか。
 森岡の翻訳だと
歴史的考察によって一つの統一体へと総括され遊離して観察された特定の"諸条件"の複合体と、現実に現われた一つの"結果"との関係が、ベルリンの三月革命当時の社会情勢と革命の勃発との間に見出せるような論理的タイプに相応する場合、そのような場合の関係を、クリースの研究以来確立された法律上の因果性論者達の慣用語に従って、(あの条件〔当時の社会情勢〕と結果のあの構成要素〔革命勃発〕との間の)"適合的"因果連関と名づけようと思う。(森岡:206-7頁) となっている。
 向井は次のように述べる。
ウェーバーは、二回の射撃がマイヤーがいうように因果的に無意義ではないが、ただ、三月革命を促進した程度は低い、もしくは因果的影響の範囲はきわめて限られているという。ところがこれに続く文章において「歴史的考察によって一つの統一体へと総括され、そして孤立化して思考された一定の『諸条件』の複合体の一つの生じた『結果』への関係が、いま述べた論理的類型に相応しているとき、われわれは……『適合的』因果連関(adaequate Verusachung)と名づけようと思う」(S.286)という。ここでの「いま述べた類型」とは、二回の射撃と三月革命との間の促進の程度の低い因果関係、すなわち因果的「非本質的」もしくは「重要でない」関係である。(向井:406-7頁)
 向井は「いま述べた論理的類型」を二回の射撃と三月革命の間の関係だと捉えているが、他方で、森岡の訳書では当時の社会情勢と革命勃発になっている。向井は上記の引用文中の「適合的」を本来なら「偶然的」であるはずだ、としている。確かに向井のように二回の射撃と三月革命の間の論理的類型ととった場合、議論が混乱しているように見える。つまり、ここでの論点は向井が「いま述べた論理的類型」という箇所が何処を指しているのか、という話になる。森岡の訳の場合には少なくともここでの議論が混乱しているようには見えない。
 すると、著者があげているここの箇所が適切に理解されてこなかった理由は(少なくとも向井において)著者がいうような「適合的因果」の論理やクリースの術語を無視しているという話ではないのでは。

コメント2

以前、高くささんも述べていたことだが、向井守はウェーバーにおけるクリースを真っ向から扱っている。そこではクリースの「客観的可能性の概念」論文も参照されている。著者とクリース解釈やウェーバーがクリースを参照する意義の理解もかなり異なる。話題提供として、長くなるが引用しよう。[資料1を見よ]

コメント3

 小林純『マックス・ヴェーバー講義』でもマイヤーを批判した論文のところで「適合的(相当)因果連関」が解説されている。解説中にクリースの名前と乗客が雷に打たれて死んだ場合の責任の問題も出てくる。この点からしても、これまでのウェーバー研究がクリースの存在を無視していたとは思えないし、全く理解していなかったとは思えない。
 小林の場合も適合的因果連関のまとめかたが著者とは異なっている。

 以下は評者なりに『社会科学と因果分析』に意義を見出す読み方をしようとした結果である。意義を見出すためには、おそらく著者の研究プログラムを理解する必要があると考え、佐藤社会学の内在的理解のための準備作業を行った。

コメント4

 著者がいうには、「適合的因果構成の基本的な論理は日常的な因果特定の方法でもあ」り、そうした方法を「反省的に形式化した」ものが社会科学の方法になるらしい。
 しかし、繰り返される主張である「反省的に形式化」がどのようなことを指しているのか、はっきりとしない。そこで著者が近年出した文献を調べてみた。
 「反省的に形式化」という言い回しが他の文献で用いられているのは確認できなかったが、「自然科学からの輸入というよりも、自然科学と社会科学に分化する以前にうまれた方法が、自然科学のなかで数理的に形式化されて、広く使われるようになり,それが社会科学にも導入されつつあ」り、こうした事態は「社会科学の従来の方法論にも根底的な反省を迫る」らしく、それによって「数理的な形式化を通じて、これまで十分に反省的でなかった部分が明らかになる」と「データを計量する 社会を推論する」で述べている。
 「反省的に形式化」というタームが何を指しているのはよくわからなかったものの、こうした著者の過去の研究を参照すると、『社会科学と因果分析』で著者が主張しようとしている仮説・構想がおぼろげながら浮かび上がってくる。(これはあくまで評者の推測だが)著者によると、自然科学も社会科学も本質的な違いがなく、その証拠に未分化な状態での因果推定の方法から形式化された方法は自然科学だけでなく、社会科学でも通用する。これは本書では、理系とか文系とかという区別はおかしいという話と日常的な因果推定と社会科学的な因果推定が繋がっているという(反省的に形式化されているかいないかに違いの)話になる。

コメント5

 佐藤社会学の学説史的にいうと、著者のウェーバー理解でクリースや(佐藤がいうところの)現代英語圏での研究が重視されるようになったのは、盛山和夫の『社会学の方法的立場』への書評からである。著者によって書かれた社会学史の本ともいえる『社会学の方法』ではウェーバーを高く評価しつつも、クリースや、現代英語圏でのウェーバー解釈として持ち出すRingerやHeidelbergerに関して触れていない。盛山への書評で、RingerやHeidelbergerを引き合いに出して、盛山を批判する。その批判の骨子はマックス・ウェーバーの方法論を考える上で重要なのは「客観性」論文ではなく、マイヤー論文(文化科学論文)であって、そこでウェーバーはリッカートではなく、クリースに影響を受けているので、盛山の「客観性」論文(そこでのリッカート的なウェーバー)に基づくウェーバー批判は不適切だというものである。盛山への書評を読むと『社会科学と因果分析』はその延長上にあるように見えるのだが、著者はなぜか本書でも書斎の窓でも盛山の『社会学の方法的立場』や書評にしっかりと触れていない(52頁で簡単に触れている)。

資料1

 では、通常では「偶然的」に対して「必然的」という用語が使われているのに、ウェーバーはなぜ必然的という用語の代わりに「適合的」という用語を使ったのであろうか。彼は「ドイツの統一という先の例においては、『偶然的』の対立として、フォン・ベロウが想定したように『必然的』ではなく、前述のクリースに関連して展開された意味における『適合的』がおかれるべきである」(S.287)といっているが、これはいかなることを意味するのであろうか。図式化していえば、次のようにいえるであろう。結果Yに対する原因としてX1,X2,X3,……Xnという無限の原因が考えられうるであろう。もしわれわれがこの無限の原因を認識できるとすれば、この結果をその必然性の判断において認識することができるであろう。しかしわれわれ有限な人間にはそのようなことは不可能である。われわれは現実の一側面、ないし一部分を抽象化して、認識しうるにすぎないのである。そして先の三月革命を例にとっていえば、X1を「一般的政治的社会的状態」、X2を「二発の射撃」としよう。そしてこのように、無限の原因的要素から抽象的に孤立化されたX1やX2を客観的可能性の判断の対象にする。X1という原因があってYという結果が必然的に出てくるわけではなく、Yという結果が生まれるためには、それ以外のX2、X3……Xnという無限の原因が共働(mitarbeiten)しなければならない。しかし、歴史における普遍的経験諸規則からすれば、YはX2がなくても、おそらく生じたであろうが、しかしX1がなければ、おそらく生じなかったであろう。この意味でX1は唯一の原因ではなくが、一つの因果的に重要で本質的な原因であると考えられる。そして、後者の因果連関は「普遍的経験諸規則に適合している」という意味で「適合的」と名づけられ、前者の因果連関は「普遍的経験諸規則に適合していない」という意味で「偶然的」といわれるのである。したがって、ウェーバーは「厳格に固持されるべきことは、この『適合的と偶然的との』対立において問題となるのは、……常にただ、われわれは生起の『素材』のうちにある『諸条件』の一部分を抽象して孤立化し、そして『可能性判断』の対象となし、かくして経験規則によって生起の個々の構成要素の因果的『意義』への洞察を獲得するということである」(S.287)という。われわれは、「現実的な因果連関」を「適合的」かそれとも「偶然的」かを見透すために、想像力の世界において客観的可能性の判断という「非現実的な因果連関」を構成するのである。それゆえに、われわれ有限な人間は、外延的にも内包的にも無限な現実を「あるがままに」、すなわち因果的必然性の判断において認識することができず、ただ「適合性」と「偶然性」というカテゴリーにおいてしか認識しえないのである。したがって、「具体的な歴史的生起の厳密な『必然性』は、いつまでも歴史にとって理想的な要請であるばかりでなく、無限の彼方に横たわる要請であるにとどまる」(S.136)のである。(向井:409-10頁)

参考文献

top

[第一三回]自然の科学と社会の科学――経験的探究としての社会科学(1)
担当:吉川浩満(文筆業)

一.(238– )

二.(240– )

三.(242– )

四.(244– )

五.(246– )

六.(248– )

top

[第一四回] 比較社会学への展開――経験的探究としての社会科学(2)
担当:吉川浩満(文筆業)

一.(255– )

二.(258– )

三.(262– )

四.(264– )

五.(266– )

六.(267– )

top

【コラム3】一九世紀の統計学と社会学
担当:吉川浩満(文筆業)

一.(271– )

二.(273– )

三.(274– )

四.(275– )

五.(278– )

報告者の感想・疑問

top