日曜社会学 - ルーマン・フォーラム / エスノメソドロジー番外地

Sunday sociology - Luhmann Forum / Ethnomethodology: on the edge of nowhere

作成:20180621 更新:20190117

酒井泰斗「ルーマン解読8:馬場靖雄さんと『近代の観察』を読む」
(2018年10月3日、11月7日、12月5日2019年1月16日、朝日カルチャーセンター新宿)

この頁には、2018年10月から12月に朝日カルチャーセンター新宿にて開催する「ルーマン解読8」講義における講義概要や質疑応答などを収録しています「ルーマン解読」講座全シリーズの紹介。 馬場靖雄さんによる著作紹介、講義当日の応答の再録と、講義後にいただいた質問に対する回答が含まれており、署名のない項目はすべて酒井によるものです。

概要
第一回講義(2018.10.3)
  • Q101 技術、優位性
第二回講義(2018.11.7)
  • Q201 生の哲学・プラグマティズムとルーマン
  • Q202 マルクス主義・構造主義とルーマン
  • Q203 システム理論の必要性
  • Q204 機能分析の意義
第三回講義(2019.1.16)

概要

講義概要

 「ルーマン解読」連続講座の最終回として、1992年に刊行された論文集『近代の観察』を取りあげます。1980年以降、ルーマンは自らの研究人生の集大成となる2つの著作シリーズ(社会の理論+社会構造とゼマンティク:計13巻)を続々と刊行していきましたが、この論文集は、その真っ最中(1990-91年)に行われた一連の講演を元にしたものです。
 論文集全体のテーマは──ギデンズの著作の邦訳タイトルを借用すれば──「近代とはいかなる時代か」であり、上掲2シリーズを補完するとともに、それらを理解するための補助線を示してもくれます。ただしルーマンは、先の問いに対して「この問いには答を出すべきなのか/そもそも出しうるのか」との疑念も提起するのですが。

 そこで本講義では、

なお、これまでの講座を受講されていない方も、問題なく受講していただけます。

ゲスト講師紹介
馬場靖雄(大東文化大学社会学部教授)
京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了.専門は社会システム論、社会学史。
主な著書: 『ルーマンの社会理論』(勁草書房、2001年)ほか。
翻訳:N.ルーマン 『社会の社会』1(共訳、法政大学出版局、2009年)ほか

ページの先頭へ

著作概要
(馬場靖雄)

Q1. 本書で ニクラス・ルーマンが取り組んだのは どのような課題ですか。

 これまで本講座に参加し、あるいはルーマンの著作ないし紹介文献を繙かれたことのある皆さんなら、ルーマンは全体社会(Gesellschaft)の主要な分化様式を「環節分化/階層分化/機能分化」の三つに区分しており、18世紀西欧に始まる近代社会は、機能分化によって特徴づけられる云々と(一応は)主張しているのをご存じでしょう。このテーゼは社会学の世界である程度「定説」として受容されると同時に、特に近年では厳しい批判に曝されています。
 ITの普及・進展とグローバル化が急速に進みつつある現代は、もはや機能分化(とりあえず、経済、法、政治、科学 …… の「専門分化」と考えておいてもよい)という視点では捉えられなくなっている。今や、一度は分化した各領域が複雑に絡み合い、融合する新しい社会編成原理を考えねばならない云々。本書は「セカンド・オーダーの観察」「偶発性」等のルーマン理論の鍵概念を駆使しつつ、すでに早い段階から登場してきたこの種の批判に応答することを通して、ルーマンなりの近代社会理解を明らかにしようとするものです。

Q2. それぞれの課題に対して ルーマンが与えた回答はどのようなものですか。

 ルーマンは「機能分化体制としての近代社会は終焉を迎えつつあり、今やそれに代わる新たな社会構想が求められている」といった類の議論を退けます。そのそも「機能」とは、或る問題に対する等価な代替選択肢を探究する思考法・コミュニケーション様式を意味しており、したがって「機能分化に取って代わる新たな秩序の登場」という発想自体が、機能に定位した社会編成原理を前提にする/そのような社会編成を導くものに他ならないからです。したがって機能分化の「次」はありません。近代社会の編成原理である機能分化は或る意味、ヘーゲル=コジェーヴ=フクヤマが提起したように、「歴史の終わり」に他ならない。ただし「大きな物語の終焉」「歴史の終わり」に対してすでに早い段階から批判されてきたように、この種の主張は根本的なパラドックスを孕んでいます。「もう次はない」という指摘自体が、新たな時代の、新たな体制の到来を示すメルクマールとして呈示されてしまっているからです。
 ルーマンが本書冒頭から、一時期リオタールなどの名とともに喧伝された「ポストモダン」論に対してアイロニカルな態度を示しているのも、まさにそれゆえにです──リオタールの『ポストモダンの条件』の中では、新たな社会秩序像を先駆的に示す論者の一人として、ルーマンが(ある程度)肯定的に援用されているのですが。

Q3. こうした課題に取り組むことには どのような意義がありますか。

 私たちの生活が、社会が、世界が、急速に変化しつつあるのは、誰しも認めるところでしょう。先にも述べたように、現在生じている社会と世界の大転換の兆しとしてよく挙げられるのは、ITの進展と普及、グローバリゼーション、テロとゲリラ戦の蔓延、少子高齢化、地球環境問題の深刻化、などでしょう。これらの個々の問題が深刻化しているのみならず、それらの相乗効果によって、私たちが所属する人類の状態そのものが何らかの臨界点に達して、大いなるカタストロフィが、あるいは変革の時が訪れるのではないか。こう思われてくるのは、むしろ自然なことでしょう。そのような予感を表現するために最近でもしばしば用いられるのが、「パラダイムシフト」や「シンギュラリティと」いった語彙群です。これらの語彙が盛んに口にされ、論じられているのをみれば、私たちは、木村敏が統合失調症患者の精神状態を記述するために用いた表現を借用するならば、「アンテ・フェストゥム」(ante festum=祭りの前)状態の真っ只中に置かれていることがわかります。
 来たるべき祭り(大いなる転換の発生)に備えて/祭りを乗り切るために/祭りの到来を促進するために何をなすべきが。もう一つ、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの楽曲のタイトル(ミサ通常文に基づく)を借用すれば、ワレラ死者ノ復活ヲ待チ望ム(Et exspecto resurrectionem mortuorum.)──今現在「常識」「当然のこと」として世に君臨しているものがまもなくその地位から追い落とされ、すべてが新たな審判に服するはずだ云々。それが、ルーマンをはじめとする「グランド・セオリー」に──「そんなものは役に立たない」と揶揄されながらも──何らかの関心を抱き続きている私たち(少なくとも、この講座に参加されている皆さん)の心象風景ではないでしょうか。
 このアンテ・フェストゥムは未来へと開かれた、期待と不安が充満する、生じつつある変革に自分も参与しているという「選ばれてあることの恍惚と不安」 (これは、太宰治が引用したヴェルレーヌの言葉でした)を実感できる、ある意味ではすばらしい時間であるとも言えます。しかし同時に私たちは、祭りなど永遠に到来しないのではないかという密かな不安に苛まれてもいないでしょうか。世界は変化し続けている──しかし「常に変化する」というこの状態が、このまま何ら変化することなく永遠に続いていくのではないか。どんな新しいことが起ころうとも、決定的な突破口などもたらしてはくれないのではないか。私たちは、アンテ・フェストゥムの中に閉じ込められてしまっているのではないか。来たるべきものへの期待と願望だけが常に増幅されてゆき、それらがか叶えられることは決してない.そしてその結果、焦燥感だけがいや増していく──近代社会学の創設者の一人であるエミール・デュルケームは、近代社会特有のこの状態を「アノミー」と呼んだのでした。ボードレールが短い、しかしきわめて示唆に富む批評の中で「現代生活の画家」、近代社会を常に変転していく生活様式として捉えた上で、その不安定性からの救済を、科学技術の進歩などではなく芸術の内に求めたのも、同じ問題意識に基づいてのことでした。私もまた同様の疑念を拭いきれないがゆえに、「シンギュラリティ」といった語を無条件に使用する気にはなれないのです。
 本書は決して、近代を超える新たな展望を呈示したり、各人がそのような展望を抱きうるためのヒントを与えてくれるものではありません。しかし性急に「新たなもの」を求めるのではなく、一歩立ち止まって変わりゆくものと変わらないものとを弁別し見極める作業も、激変の最中に居る私たちには必要なのではないでしょうか。
 「われらに、変えうるものを変える勇気を、変えることのできないものを受け入れる智慧を与え給え」──これはアルコール依存症からの回復を目指す自助グループで用いられているスローガンだそうです(「ニーバーの祈り」と呼ばれる)。本書を読み解くことによって、そのような勇気と智慧の一端を会得してもらえればなどと、不遜な希望をも抱いている次第です。

ページの先頭へ

第一回講義(2018.10.3)

講義概要

馬場講義
  1. 解読指針
  2. 『近代の観察』基本テーゼ
  3. nec spe, nec metu

[一部抜粋]

ページの先頭へ

質疑応答

Q101 技術と優位性

  1. 本日の講義で「技術」に関する議論に相当するのはレジュメのどこだったのでしょうか。
  2. 何らかの特定の機能システムの優位や機能システム間の関係について、ルーマンは何か言っているでしょうか。
酒井
下に馬場さんの講義資料から該当箇所を引用しておきます。問1の答えは、[1-5]、特に赤下線部分です。また問2の「大文字の統一性」という表現が出てくるのは引用文の最後の段落 [1-8] でした。
特定の機能システムの、そしてまた或るシステム内における特定の契機の優劣関係(の変化)については Führungswechsel という語を使って語られることが多いので、諸著作のなかでこの言葉を探してみてください。邦訳では「トップの交代」等の訳語があてられています。「優位なもの」の移動は機能システム間でも機能システム内でも生じますが、たとえば『社会の芸術』では「前衛」が位置するジャンルの移動が、この言葉を使って語られています。

ページの先頭へ

第二回講義(2018.11.7)

講義概要

  1. 前回講義への質問
  2. ルーマン理論への接近のための最初の一歩1
    1. 課題とタイムスパン
    2. システム理論
  1. 全講義の回顧
    1. 『制度としての基本権』
      機能分化と人格的個人
    2. 『信頼』
      機能分化のもとでの個人間の関係
    3. 『権力』
      生活世界と技術
    4. 『目的概念とシステム合理性』
      存在の連鎖の崩壊
    5. 『法システムと法解釈学』
      過去指向から未来志向への転換
    6. 『リスクの社会学』
      未来指向と制御可能性
  1. 実存主義とシステム理論1
    1. 『信頼』における実存主義へのコメント
    2. ボルノウの信頼論
    3. 実存主義概論

[一部抜粋]

ページの先頭へ

質疑応答

Q201 全講義の回顧について

今日、過去の講義を振り返ったパートでは、『制度としての基本権』『信頼』『権力』で一つのまとまり、『目的概念』『法システム』『リスク』でもう一つのまとまり という形になっていたのでしょうか。
酒井
そのとおりです。最初のまとまりは「機能分化」、二つ目のまとまりは「〈存在の連鎖(の崩壊)〉と時間」というテーマに即して提示しました。

Q202 生の哲学・プラグマティズムとルーマン

  1. 生の哲学やプラグマティズムと実存主義、それとルーマンとの関係について教えてください。
  2. ルーマンは生の哲学やプラグマティズムに対してどのようなことを述べているのでしょうか。
酒井

Q203 マルクス主義・構造主義とルーマン

このシリーズ講義では、「システム論」をまったく使わずにルーマンの紹介が行われてきましたが、今回は、最終講義だということで、システム論に関するまとまった紹介とコメントがあり、そのなかで「マルクス主義や構造主義は なぜシステム概念を必要としないか」についても紹介されました。 しかし、ルーマンの「全体社会の下位分化」論も、マルクス主義における「社会構成体の下位分化」論とでは、内部分化を論じているという点ではあまり変わりがないように思うのですが。
酒井
そうですね。その点では違いはないと思います。

Q204 システム論が必要な研究とは

システム論が必要な研究というのが思いつきません。システム論に乗っかった面白い研究があったら教えてください。
酒井
リクエストは「研究を教えてくれ」ということですが、ここではそれよりも「読んで面白い本」という観点でいくつか本を紹介しておきます。
システム論は学際的研究のための補助具なので、関連する領域は多岐にわたります。したがって この質問に手短に答えるのは難しいのですが、諸々をすべて端折って ごく少数を紹介しようとするなら、歴史的経緯に鑑みてまず最初に挙げるべき重要な領域は 軍事技術開発と宇宙技術開発であろうかと思います。
ここでは「システム」という概念は、「多様かつ多数の要素からなる自立性の高い複数の契機が関わることで成立する事象」の把握と制御に関連して必要とされました。
具体的な仕事としては、この領域に関わった膨大な人たちの中から、マーキュリー計画に関わり・一般向けの書物も書いているジェラルド・M・ワインバーグのものを いくつか挙げておきます。「システム論」という語が含まれる書籍としては がありますが、それにこだわらなければ、ワインバーグの本として最初に読むべきなのは、コンサルタントのtip集である、 かと思います。私の考えでは、誰であれルーマンの本を読むよりはワインバーグ の本を読んだ方が人生はずっと良いものになるはずですが、しかし貴方が早く読むことさえできるなら「どちらを読むべきか」と悩む必要はなくなります。
 システム理論の開発と利用の歴史についてもう少し詳しく知りたい場合は、 を読んでみてください。ルーマンが参照している多くの仕事の紹介が含まれているので、特にルーマン読みには必携です(原題は Constructing a Social Science for Postwar America。ハイムズのこの本に登場する膨大なひとたちの中から、「読んで面白い」という観点から特に一人だけ選ぶなら、グレゴリー・ベイトソンの名前を挙げたくなります。 ベイトソンの仕事は のちに「家族システム論」にも大きな影響を与えました。私の考えでは、誰であれルーマンの本を読むよりはベイトソンの本を読んだ方が人生はずっと良いものになるはずですが、しかし貴方が早く読むことさえできるなら「どちらを読むべきか」と悩む必要はなくなります。

Q204 機能分析の意義

このシリーズ講義では、「ルーマンとのつき合い方」にとって「機能分析」というものがキーになっていたように思います。しかも単にルーマンの述べたことを紹介するというのではなく、ルーマンに対しても機能分析が適用されていました。たとえば今日の講義でも、 といった形でのシステム理論(の必要性)の紹介が行われていました。
これは、外向けにルーマンを紹介するときに大事だと考えてそうしているのか、それとも酒井さん自身がルーマンを読むときに〈準拠問題・機能分析〉を重視しているということなのか。どちらでしょうか。
酒井
ご指摘のとおり、この講義では、ルーマンの紹介を、「ルーマン理論に機能分析を適用する」という形でおこなってきました。これは、単にそうしたほうが外向けにわかりやすいと考えてそうしたわけではなく、私がルーマンを読むときに〈機能分析〉を重視して・それを使いながら読んできたからです。
これが最短の答えですが、この回答を踏まえて追加質問はありますか?
受講者
酒井さんは『概念分析の社会学』のあとがきでも、「ルーマンについて単著を出しませんかという出版社からのリクエストに応えてエスノメソドロジーの論文集を出したが、これはルーマンが取り組んだ問題に自分でも取り組むには、現状の研究水準に鑑みると「ルーマン研究」のかたちでは無理であり、しかしエスノメソドロジーの研究論文集であれば可能だと考えたからだ」(大意)といったことを書いていました。ここでも酒井さんは〈機能分析〉の発想を使っているように見えます。酒井さんは、ルーマンを読むときだけでなく、エスノメソドロジーを検討する際にも機能分析を使っていると捉えてよいでしょうか。
酒井
はい。その通りです。「ルーマンにもエスノメソドロジーにも」というだけでなく、むしろ私は日々の社会生活の全域において「機能分析」を使って暮らしています。私の人生においてこんなに役立っている発想は他にはないくらいです。
そのうえでしかし、「機能分析だけでは仕事はできない」ということもまた付け加えておかねばなりません。これには二つの意味があります(実は同じことなので、「一つのことの二つの側面」なのですが)。
  • 一つは、ルーマンは「機能分析」のことを、誤って「方法論」だと述べていますが、これはあくまで「ヒューリスティックス(発想法・探索術)」でしかないので、学問的な方法論としては使えない、ということです。
  • もう一つは、ルーマン型機能分析は抽象水準を上げるのに(そして、上げたところと元の位置との間の抽象水準のコントロールに)使えますが、「更に下げる」ことには使えない、ということです(ルーマンはそのために「システム理論」を使おうとしましたが、私自身は、それはうまくいかないと考えています)。
抽象水準の下げ方については、私はエスノメソドロジーに学びました(これに関連する事柄は、エスノメソドロジー研究のテクストでは「レリヴァンス」という術語で登場します)。それを学んだあとでわかったのは、抽象水準を上げるよりも 抽象水準を適切に下げることの方がはるかに難しいということです。ルーマンは結局それを解決できませんでしたし、ルーマンのフォロワーがルーマン理論を継承しようとして失敗するほとんどの理由もここに起因します。私が長らくルーマン研究者たちに対して「ルーマンを継承したいならエスノメソドロジーを学んだほうがよい」と述べてきた理由も、やはりここにあるわけです。ここまでのところ、そちらの方向へ向かったルーマニ屋はいないようですが。

ページの先頭へ

第三回講義(2019.1.16)

講義概要

  1. 前回講義への質問
  2. ルーマン理論への接近のための最初の一歩2
    1. 社会科学論:決定工学とシステム理論
      • 『制度としての基本権』
      • 『目的概念とシステム合理性』
      • 『信頼』
    2. 研究主題:技術
      • 『権力』
      • 『リスクの社会学』
  1. 『近代の観察』における実存主義的論題
    1. 技術と個人
    2. その他
  2. 実存主義とシステム理論2
    1. 実存と実存主義は なぜ社会学の問題となるのか
    2. 人格的個人と旧ヨーロッパの形而上学的前提
    3. 社会学的個人論は何を問うてこなかったのか
    4. そしてマルクス再び

[一部抜粋]

ページの先頭へ

質疑応答

Q201

酒井

ページの先頭へ 「ルーマン解読」講座シリーズindex