日曜社会学 - ルーマン・フォーラム / エスノメソドロジー番外地

Sunday sociology - Luhmann Forum / Ethnomethodology: on the edge of nowhere

作成:20151008 更新:20160425

酒井泰斗「ルーマン解読2:小山裕さんと『制度としての基本権』を読む」
(2015年10月09日・11月13日・12月04日、朝日カルチャーセンター新宿)

この頁には、2015年10月から12月に朝日カルチャーセンター新宿にて開催した「ルーマン解読2」講義における質疑応答などの一部を収録しています。 小山裕さんによる著作紹介、講義当日の応答の再録と、講義後にいただいた質問に対する回答が含まれており、署名のない項目はすべて酒井によるものです。

概要
第一回講義(2015.10.09)
  • Q1a1. ルーマンの立場
  • Q1a2. 社会学的記述と規範的主張との関係
  • Q1a3. 前期と後期の違い
第二回講義(2015.11.13)
第三回講義(2015.12.04)

概要

講義のねらい

これまでも比較的よく読まれてきたルーマンの小著を、彼の研究構想全体に関連づけて、また〈大陸における社会理論の伝統への対峙〉と〈北米の行動諸科学の摂取〉という二側面に注目して読み解く講座の二冊目です。今回とりあげる『制度としての基本権』は、憲法学におけるいわゆる「人権論」を社会学的に基礎づけ直そうとしたものですが、〈コミュニケーション理論によって内実を与えられた機能分化論〉を中心に据えた社会理論の構想を最初に提示した著作であるという点で、ルーマンの数ある著作の中でも特に重要なものです。
ゲスト講師紹介
小山 裕 (東洋大学社会学部講師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。東京大学文学部助教を経て現職。
主著に『市民的自由主義の復権』(勁草書房より刊行予定)。
主な論文に「ニクラス・ルーマンの政治思想」『思想』(2015年1月2月3月)、「観察する科学としての社会学の誕生」『現代思想』(2014年12月)など。

(小山 裕)
『制度としての基本権』に関する三つの質問

Q01. 本書で ニクラス・ルーマンが 取り組んだのはどのような課題ですか。

 一言で言えば「公法学の法律実証主義批判のやり直し」です。特に憲法学のいわゆる人権論を社会学の道具立てを用いて基礎づけ直すという試みが行われています(なお統治機構論におおよそ該当する内容は『手続きを通しての正統化』で扱われています)。「国家学から国法学へ」といういささか単純化された標語で概括されることもあるように、19世紀後半のドイツでは、パウル・ラーバントを中心に、国家は法律学の手法を用いて考察すべきであるという主張がなされ、それが大きな影響力をもちました。これに対して、特に1920年代に入ると、そうした国法学に対する批判が噴出します。『制度としての基本権』は、おおまかにはこの法律実証主義批判の系譜に属しますが、それを憲法学内部からではなく、社会学の枠組みに則って、ある意味で「外在的に」行おうとする点に特徴があります。

Q02. それぞれの課題に対して、ルーマンが与えた回答はどのようなものですか。

 尊厳、自由主義自由、所有権、職業選択の自由、選挙権、法の下の平等といった基本的な諸権利は、機能分化という社会構造の成立・維持と不可分の関係にある、ということを示そうと試みました。同時代の議論との関係で興味深い点は、そうした権利の一つとして「コミュニケーションの自由」を非常に重視している点です。ユルゲン・ハーバーマスの『公共性の構造転換』は、カール・シュミットの『憲法理論』の批判的継承という側面を強く含みますが、その中で生まれた市民的公共圏との共通性を見出すことができます。

Q03. こうした課題に取り組むことにはどのような意義がありますか。

 いかに崇高な理念や権利であっても、法律や憲法律に条文として記載さえされれば、あるいは「正しい」解釈や解釈変更が行われさえすれば、直ちに十全に現実化するわけではありません。法律や条例に記載された諸理念は、行為の「正当な根拠」として用いられることで、現実に対して大きく作用しうることは言うまでもありませんが、その一方で有名無実化しているものも数多くあります。同様に、新たな法的規制のしくみを整えれば、よりよい世界が到来すると考えるのも、あまりに素朴にすぎるでしょう。このような現実を前に、どのような社会構造があれば、法律の条文に書かれていることが十全に実現されるのか、と問うルーマンの社会理論は、さまざまな法の実現、権利の行使が、それぞれいかなる社会構造に支えられているのか、という問いに取り組むためのヒントを提供してくれるに違いありません。(小山 裕)

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質疑応答:第一回講義(2015.10.09)

小山講義 配布資料見出し

  1. 基本情報 通時的脈絡
  2. 共時的脈絡
  3. ルーマンのシュミット批判
  4. その後のルーマン

質疑応答.

Q1a01 ルーマンのスタンス

法に関するルーマンのスタンスは「法実証主義」だと考えてよいのでしょうか。
小山
そうだと思います。 「素晴らしい条文を作れれば、あとはそれを守れればよい」というのが通常の実証主義的な考え方だとすれば、ルーマンの場合は「素晴らしい条文があったとしても、その時々の社会の変化に応じて 空文になってしまいうる。条文を支え・うまく機能させるための社会構造について考え・それを守ることのほうが大切なのだ」と考えます。つまり、法実証主義を支えているものについて理論的に考察しようというのがルーマンの立場です。
「法実証主義」にもいろいろあって、英語圏とドイツでは若干ニュアンスが違うのですが、この点では、ルーマンは時によってぶれている様に思います。
ベンサム~オースティンの法実証主義というのは、その背後に「法は主権者からの命令である」(人為的に定められたものであって自然に定まっているものではない)という考えを持つものですが、ドイツの法実証主義は「理性を使ってみんなで発見して制定したものだ」という考えが強いものです。
つまり、一方では、「実定法というものは、つねにすでに政治的な過程のなかで・自分たちの意志で変え続けることがことができるものだ」と言ったかと思えば(英米風)、他方では、「一度定められたものがうまく機能するためには、その背後に何が必要なのか*・それをどうすれば維持できるのか を考えなければならない」とも言います。
* 答えは「機能分化」という社会構造。

Q1a02 社会学的記述と規範的主張との関係

  • この本は、最初は「社会は事実としてこのように機能分化しています」という記述的な議論をしていたのかと思ったら、最後には「機能分化を守りましょう」という規範的な議論で終わっているように見えます。また、この議論が後年の「構造的カップリング」の議論へとつながっていくという話がありましたが、そうだとすると「構造的カップリング」とはいえないようなあり方というのにはどういうものがあるのでしょうか。
  • シュミットの図式との比較について伺います。「自由主義的法治国家の背後には何があるのか」という問いに対して「政治的決断がある」(シュミット)と答える場合、決断は法治国家に論理的に先行し・その決断の中に価値判断が含まれており・それが実定法を解釈する際の指針となる、ということなのだと思います。それに対して、「機能分化した社会構造がある」と答える場合、社会構造(の記述)自体の中には価値判断は含まれていないように思います。しかし、そうだとすると、「自由主義的法治国家-と-政治的決断」という関係と、「自由主義的法治国家-と-社会学的記述」という関係とは違うタイプのものであるような気がするのですが、その辺りにお考えがあったら効かせだください。

Q1a03 前期と後期の違い

後期の著作を読んでいると、基本的に、「社会の複雑性が増大すると必然的に機能分化社会になっちゃいますよ」と書いてあるように読めるのですが、初期のこの本では、「政治システムが暴走すると全体主義になっちゃうので、それを止めるために基本権を守らなければいけないよ」と述べているように読めます。前期と後期では、この点でスタンスの変化があったのでしょうか。

Q1a0 国家緊急権について

ルーマンは、シュミットの「憲法制定権力の政治的決断」という議論を批判していたんだ、というお話がありました。これに関連して、シュミットの国家緊急権に関する──憲法では処理できないような突飛な出来事に対しては、政治が決断によって処理するしかないのだ という──議論に対しては、ルーマンはどのように考えていたのかについて教えて下さい。

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