ここには、2014年9月13日に東京大学社会科学研究所にて開催した 社会学研究互助会アネックス第２回研究会「松木洋人『子育て支援の社会学』合評会」における配布資料などを掲載しています。

このコーナーの収録物	松木洋人さん　（三つの質問への回答）
	松木洋人さん　（資料）（討議）
	萩原久美子さん　（資料）（討議）
	小宮友根さん　（資料）（討議）	←このページ
	全体討議摘要

1. はじめに

• 方法論的側面についてのみコメントする。
  • 課題と方法の関係
  • 分析の適切性
• 以下（）内の数字はページ数をあらわす。

2. 本書の方法論的概要

2-1. 課題・方法・分析

2-1-1. 課題

• 本書の課題は

  私的領域で提供されることが前提とされてきた子どもへのケアやそれへの支援を、公的領域において提供する人びとが、「家族」や「子育て」に関わるどのような規範的な論理を通じて、その実践と経験を組み立てているのかを明らかにする（218）

  ことだと言われている。

2-1-2. 方法

• そのために本書で採用されている方法はインタビュー調査であり、分析されているマテリアルはインタビューデータである。

2-1-3. 分析

• その分析から本書が描こうとしているのは、施設型・子育てママ・子育て広場という三種の子育て支援において、「家族と子育ての規範的結びつき」がどのように経験され、また用いられているかである。とりわけ「育児の社会化」と「子育て私事論」が併存する状況に分析に焦点があてられている。
  • 施設型：キサラギのスタッフは一方で子どもとかかわることに喜びを感じながら、他方で長時間保育が「家族による子育て」を脅かすというジレンマに陥る。こうしたジレンマは職務内容の再定義や職務の限定によって対処されている。
  • 保育ママ：施設型と同様のジレンマがありうるが、保育ママの場合は支援の受け手の限定と限定対象創出の働きかけ（川間さん）、ケアの家庭性の実現（Jさん）、母親の感じる育児の喜びへの配慮（Kさん）などによって対処されている。
  • 子育て広場：「素人としての専門性」を発揮することで利用者の母親としての責任に配慮している。

2-2. インプリケーション

• （1）家族変動論への留保
  • 家族規範が弛緩していると単純には言えない
• （2）子育て支援論への提言
  • 支援にかかわるひとの知識や技能を把握することの重要性
• （3）「ケアの脱家族化論」批判
  • 「育児の再家族化」戦略

3. 検討

3-1. 課題について

• 本書がかかげる課題の最大の意義は、「家族規範」を直接の研究の対象として設定している点にある。このことによって
  • 事実としての家族行動と家族規範を混同するというあやまりを回避すると同時に
  • 特定の家族形態に対してあらかじめ評価的コミットメントを下すことも回避。
• 代わりに本書が目指しているのは「行為の構成要素としての家族規範」（59）の記述。
• 評者は一エスノメソドロジストとして、こうした課題設定に最大限の意義を認めたい。
  • 家族規範は居住、扶養、離家といった「家族行動」だけでなく、経済、法、教育といった諸領域の編成に深くかかわっており、本書のかかげる観点からはそれらは等しく社会学の研究対象となりうる。
• この課題はおおむね達成されているように見え、そして面白いことが言われているように見える。けれどよく読むとわからない点もあるので以下その点について述べる。

3-2. 方法について

• インタビュー調査が採用されているが、その理由が書かれていない（見落としていたらごめんなさい）。
• 「行為の構成要素としての規範」を描こうとするならば、もっともよいのは行為を直接に観察することである。この点で「インタビュー」は、あきらかに本書の掲げる課題にとってもっともよい方法ではないので、ここには説明されるべき乖離がある。
• もちろん「インタビューに答える」という行為／活動を分析対象にする、という手もある。しかし本書の採用しているのがその「手」なのかどうか、いまいち判然としない。
  • データの多くにおいて質問の文脈や内容が書かれていない。そのためインタビュイーがその回答においてどんな行為を遂行していたのか、ほとんど知ることができない。
  • そのせいもあり、いくつかのデータとその分析から導かれている知見のあいだに距離を感じる。

3-3. 分析について

3-3-1. 施設型

• 「ジレンマ」は存在するか、あるいはどれくらい深刻なのか
• 「子ども」カテゴリーが「家族」と「人生段階」というふたつのカテゴリー集合の要素であることが「困難な経験〔ジレンマ〕」の前提となっていると言われる（120）。果たしてそうか。
  • どのカテゴリー集合が用いられるかでスタッフと子どもの人間関係が変わるのは確かである。しかしどの集合が適切かは文脈によって変わる。「なぜ家族ではなく自分が」という問いに「いつでも」（122）出会う可能性があることはありえない。
  • スタッフの語りが示しているのは二つの集合の競合状況だろうか
    • 「子どもと遊ぶのは楽しいが、夜や休日は家族でゆっくり過ごすべき」はジレンマではないと思う。前者は「仕事をしていてよかったこと」を語る中で述べられている一般論だが後者は（質問の文脈は不明だが）もう少し状況が限定されているからである。
  • スタッフの語りが示しているのは「ジレンマへの対処」だろうか
    • 仮にジレンマがあるとして、子どものケガへの苦情について「それ〔お母さんお父さん〕も含めての支援なんだなあ」と言うこと（125）、親との関わり方（？）について問われて「掘り起こすことはしない」（127）と言うことは、データを見る限りそのジレンマについて語った発言ではない。
    • ジレンマを「解消する可能性を内包する」（125）としても、スタッフが実際にそうしているのかどうかはやはりよくわからない。
• 意地悪な言い方をすれば、質問の文脈を外してデータを提示することで、「ジレンマとそれへの対処」というストーリーが分析者によって作られているようにも見える。
• おそらく著者は実際にスタッフとつきあう中でジレンマとその対処法を実感しているのだと思うが、本書で提示されたインタビューデータの分析を通して読者にそれが伝え切れているかどうかについてはやや疑問が残る。

3-3-2. 保育ママ

• 川間さんの場合
  • ジレンマは存在するか
    • 実際には預かる側が納得できる仕方で子育てに関われる人に預かる人を限定しているのならジレンマは生じないだろう。
    • ジレンマが生じる「可能性」はあるが、それは川間さんたちが気にかけている「可能性」だろうか。
    • データで語られているのは「仕事の性質」「価値観」「姿勢」であり（131-132）、「預かるがゆえに親の子育てが阻害される」ことよりも、預かるかどうかの基準としての子育て観が問われている（「預かるからダメ」なのではなく「ダメだから預からない」）。
• FさんGさんの場合
  • わりとはっきり「預かるがゆえに生じる問題」を語っているように見える（162-164）が、質問がわからないので発言が何をしているのかはよくわからない。
• Kさんの場合
  • わりとはっきり「預かるがゆえに生じる問題」への対処が語られていて面白い。

3-3-3. 子育て広場

• ｛専門家、素人｝｛当事者、非当事者｝｛経験者、非経験者｝というみっつの集合の関係がわかりにくい。とくに「当事者」。
• 191-192 で語られているのは「同じ経験をしたからわかる」ということ。用いられているのは「経験者」カテゴリー。
  • 「当事者」というカテゴリーが使われているという分析の根拠は？
    • 少なくとも中西・上野的な（ニーズの主体という）意味では出てきていない
• 194で語られているのがむしろニーズの把握だが、これはスタッフとしての経験を積むことで見えてくるものとして語られているので、やはりスタッフが現在の（中西・上野的）「当事者」であるわけではない。
  • 「かつて自分も当事者だった子育て経験を持つがゆえに現在の当事者のニーズを把握することが（スタッフとしての経験を積んで玄人になれば）できる」ということか
  • もしそうならこれを「当事者の専門性」と呼ぶのは不適切ではないか
  • 一方で子育て経験はニーズ把握を可能にするものとされているが、他方でそれは子育て経験者であれば誰でも把握できるものではないともされているのだから。
• 対称性の維持の話は面白いが、やはり語りの文脈によくわからないので「なぜ対称性を維持しようとするのか」に把握しづらい部分があった。
  • 単純に考えて「助言を求められて答えること」と「お節介なおばちゃん」の間には同じ非対称性といっても距離があり、両者は「助言をしない」理由として異なっている。
  • 「自分で答えを見つけさせる」ことと「フェイスワーク」という、異なるふたつの側面があるという理解でよいか

4. インプリケーションについて

4-1. 家族変動論への留保について

• 施設での長時間保育について語ったり、子どもの発達の経験について語ったりする中で、インタビュイーはさまざまな家族規範をさまざまに援用している。この点は家族変動論に留保をつけるには十分な説得力をもって示されていると感じた。本当に彼／女らがそうしているかどうかはともかく、少なくとも自らの活動を反省したり正当化したりするための資源として家族規範が重要な機能を果たしているという点は、それだけで「子育ての社会化」を考察する際に考慮に入れられるべき重要な知見であると思う。

4-2. 子育て支援論への提言について

• 若干のムラを感じる。保育ママのKさんのような興味深い事例もある一方で、「ジレンマ」というのがどこまで支援者たち自身の問題の記述として適切なのか疑問な箇所もある。とはいえ、無視できない問題がそこにある可能性は十分提示されていると思う。評者よりも子育て支援の現場に詳しい方々のコメントを伺いたい。

4-3. 「ケアの脱家族化論」批判について

• ケアの脱家族化論は基本的には規範的議論だと評者は思う。その点で本書とは関心が重ならないので直接に対立・競合の関係にはならないはず。
• しかし「家族概念の拡張や分節化」vs. 「家族とケアの規範的連関の記述」という対立が成立させられているかのように見える。
• こうした対立的理解は本書の意義をとらえそこなうように思う。終章で示唆されているように、本書に登場する語りには「子育て」「ケア」と呼ばれる活動の多様性も示唆されている。インタビュイーが「家族規範」を持ち出すとき、そこで家族や母親と結びつけられている活動はさまざまである。それはたとえば「夜や休日に一緒に過ごすこと」であったり「野球やサッカーをすること」であったり食事やお風呂の世話だったり子どもの発達に気づくことだったりする。したがって一口に「育児の社会化」といっても、多様な活動のうちどれがどのように社会化されるのか、また一口に「子育ての私事化」といっても、どれがどのように家族や親の義務とされるのかには、無数のバリエーションがありうるだろう。本書に登場する語りは、そのバリエーションを検討する手がかりを与えてくれるように思われる。だから、「社会化」と「私事化」の二重化という視点で子育て支援にかかわる人びとの語りをまとめあげること自体、子育て支援の実践の細やかさにそぐわないというべきなのかもしれない。
• 著者の今後の研究に大きく期待している。

質疑応答

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