この頁には、2014年03月01日 ならびに 2016年12月25日に開催した 社会学研究互助会例会（第８＆９回）の告知文と配布資料を掲載しています。

	ギルバート・ライルの現象学	ピーターウィンチの『理念』
	研究会概要と趣旨
	小宮友根「エスノメソドロジーにおけるライル」	浦野 茂「エスノメソドロジーにおける『理念』」
»	植村玄輝「ライルと現象学」	山田圭一「アプリオリな概念分析とはどのようなものか？」
	村井忠康「ライルとアスペクト」	笠木雅史「分析哲学の伝統における概念分析」

0. はじめに

• 関連年表¹

  1926	フッサール『論理学研究』（1922 年版）を入手
  1927	フライブルクにフッサールを訪問 「インガルデン『本質の問い』書評」（Ryle 1927）
  1929	「ハイデガーの『存在と時間』」（Ryle 1929*）
  1932	「現象学」（Ryle 1932a*）
  1946	「ファーバー『現象学の基礎』書評」（Ryle 1946*）
  1949	『心の概念』（Ryle 2009a）
  1958	パリのコロック「分析哲学」での発表と討論
  1962	「現象学vs『心の概念』」（Ryle 1962*)
  1970	「フッサールと現象学」（Ryle 1970）
  1971	「現象学と言語分析」（Ryle 1971）

  * 付きの論文はRyle 2009b に再録されている（引用・参照もそちらから）。
• 現象学を主題的に扱うライルの論文・書評は全部で7編ある²。
• それらの公刊年は最初期（1927 年）から後期（1971 年）に渡るが、主要な論点は1932 年の “Phenomenology” までに出尽くしているといってよい。
• その一方で、哲学の方法に関するライルの考えは1938 年の論文「カテゴリー」（Ryle 1938）を境にして重要な変化を見せる³。
• 以下では、こうした変化がライルの現象学批判に及ぼした影響に気を払いつつ、主要論点を五つに分けて順番にとりあげる。
  1. 「現象学」という名称。
  2. アプリオリな概念的探究としての現象学。
  3. 本質の直観的探究としての現象学。
  4. 「諸学の学」としての現象学。
  5. 「自我形而上学」としての現象学。

1. 「現象学」という名称

• 「現象学（phenomenology）」という名称は、英語圏では誤解を招く紛らわしい表現だ⁴。
• ここでの「現象（phenomena）」は（物自体と対比される）カント的な意味での現象ではなく、意識に現われているものというブレンターノ的な意味での現象である。

2. アプリオリな概念的探究としての現象学

• 現象学は、心に関するアプリオリな概念的探究である⁵。
  • フッサールの現象学はブレンターノの発想に従っている。観念とその連合に基づく心理学を拒否したブレンターノは、基本的な心的機能を三つ（表象・判断・感情）に分類し、それらが成り立つためのアプリオリな原理に関する探究の必要性を説いた⁶）。
  • 現象学は経験的な心理学を前提せずに進められる点でアプリオリであり、さまざまな心理学的命題の意味を探究する点で分析的である。またこの考えは一般化できる⁷。
  • 概念ということで語が意味するもののことが考えられているので*8、現象学が行う命題の意味の分析は概念分析であることになる。
• この点に関しては、一貫して好意的な評価がなされている。
  • 「ブレンターノのアプローチがどんな路線のものであれ、彼と彼の弟子は、心的機能の根本的なタイプの分析は、心的な作用・状態を支配する自然法則に関する経験的ないし統計的な研究とはまったく別者であるという点については、完璧に明快だった。彼らは正しかったと私は考える。」⁹
  • 「哲学の仕事は世界に関して新しい情報を与えることではなく、経験において世界内に例が見いだされるもののもっとも一般的な形式を分析するものである、というフッサールの公式見解に対して、私は完全に同意する。」¹⁰
  • 「もしそうしたラベルづけを好むならば、『心の概念』は継続的な現象学の試みと記述できる。」¹¹

3. 本質の直観的探究としての現象学

• 心的概念の現象学的な探究は、本質というプラトニックな対象（性質の担い手）を直観に基づいて観察することとして特徴づけられる¹²。
  • 「フッサールによれば、われわれは本質を知覚ないし直観でき、それは、本質の直接的直観はその個別例の直接的直観（これは実際のものでも創造的なものでもよい）を下敷きにするという点を除けば、個別者の知覚ないし直観と同じ仕方のものである。したがって、哲学は（地理学と同様に）観察的な科学である。ただ、それが観察する対象が時空的ではなく、時間と空間の外にあるほとんどプラトン的な対象だというだけでの話である。」¹³
  • このいささか戯画化された現象学理解の背景には、おそらく、インガルデンが『本質の問い』でフッサールを引き合いに出しつつ表明した、本質（「イデーIdee」）に関する露骨に実在論的な見解がある¹⁴。
• この考えは誤りであり、現象学は議論によって進められるわけではないという（現に実践されている現象学とは異なる）誤った自己理解へと通じている¹⁵。
• こうした誤りの元凶である本質の物化はいかにして生じるのか。
  1. 初期の「体系的に誤解を招く表現」による説明¹⁶
     • 概念を本質という対象と見なす誤りは、指示的ではない表現（例：「しかじかであること（being such and such）」）を指示的な表現と考えることから生じている。
     • この考えにしたがえば、「何かがしかじかであることはどういうことかを私は知っている」という文は、私と〈しかじかであること〉の間に成り立つ関係としての知識を表現しているように見える。
     • するとそこから、この知識を直観（見知りによる知識）の一種と考える発想に余地が生まれる。
  2. 中期以降の「論理文法」からの説明¹⁷
     • 『数学の原理』のラッセルのように概念を抽象名詞によって指示される対象として考えると、統一的な命題と概念の寄せ集めがどうやって区別されるのかという問題に悩まされた。
     • ウィトゲンシュタインが示したように、文の意味は語が独立的に持つ意味の寄せ集めではない。ある語の意味は、それを共通して含む複数の文の類似性と違いを通じて抽象されるものである（「論理文法」の基本的な発想）¹⁸。
     • したがって、概念は、具体的に述べられたり考えられたりしたことの分離不可能な一部であり、X の概念分析は、「X」という概念語を用いて何かを主張したり問うたりするさまざまな具体的場面の考察を通じて行われなければならない。
     • このことを無視すると、ある思考を持つことやそれを表現することに先立って、概念という対象の把握（つまり本質直観）をわれわれが行っているという誤った描像に余地を与える¹⁹。
     • また、文や文を構成する語の意味を示す文はそれらの意味について何かを記述する文ではないため、語の意味としての概念ないし本質についての記述的探究という哲学的なプロジェクトは破産している。
• A と B の違いは、言葉の意味に関する考えの違いを反映している。

4. 「諸学の学」としての現象学

• 哲学は個別科学（sciences）の上に立つ万学の女王であり、現象学は哲学の内部で特権的な位置を占める²⁰。
• こうした考えは二重の意味で間違っている。
  • 科学と哲学はそもそも探究として種類が異なる²¹。科学は命題の真偽を問い、哲学は命題の意味を分析する。したがって哲学の命題は、個別の対象やその性質についての命題ではないし、そうした命題を前提とするわけでもない²²。
  • 哲学の中で特権的な地位にあるのは（敢えていえば）論理的理論（logical theory）であり、これは哲学の他の部門に対して指導的というよりも助言を与える立場にある²³。
• こうした誤りが生じた理由は、本質の探究としての現象学という発想と、この発想を後で支える志向的対象に関する誤った考えである（詳細は次項で）。

5. 「自我形而上学」としての現象学

• フッサールの現象学は、主観主義的で独我論的（あるいは、なかば独我論的でなかばモナド論的）な観念論的形而上学と結びついている²⁴。
  • こうした誤ちは、現象学のアイディアそのものからではなく、余計な前提からの帰結に過ぎない²⁵。
  • フッサールは心的作用の一般的な特徴を「～についての意識」によって特徴づけ、あらゆる対象を可能な意識経験の対象として一律に扱った。
  • この発想にしたがえば、個別科学の対象や本質を志向的対象と見なし、心的経験の主体である自我に依存させる発想が帰結する²⁶。
  • 上の考えは、自分の心的体験については確実に知ることができるという誤った考え（「内的知覚の明証性」）によって助長される。
  • だが、志向的対象についてのフッサールの考えは、系統的に誤解を招く表現に引きずられて心的作用の「対格」を物化した結果でしかない。²⁷。
  • また心的作用の分類・特徴づけにあたっては、フッサールのように「～についての意識」を心的作用の最上位の類と見なすのではなく、「～についての知識」からその他の心的作用を定義すべきである²⁸
    • フッサールの戦略からは、志向的対象を本質的に意識と関連したものと考える発想が導かれる。
    • それに対して、もし心的作用の志向性が「～についての知識」によって特徴づけられるのだとしたら、志向的対象は心から独立していると述べることにおかしなところはない。

REFERENCES

[01] Benoist, J. 2003. “Husserl, Wittgenstein et l'impossibilité d'une pensée illogique.” In Aux origines de la phénoménologie, D. Fisette & S. Lapointe (eds.) Paris/Québec: Vrin/Presses de l'Université Lava, 241-54.

[02] ——. 2004. “Grammaires pures logiques.” In Husserl et Wittgenstein, J. Benoist & S. Lougier (eds.), Hildesheim: G. Olms, 5-26.

[03] Ingarden, R. 1925. Essentiale Fragen. Ein Beitrag zu dem Wesensproblem In E. Husserl (ed.), Jahrbuch für Philosophie und phänomenologische Forschung, vol. VII, Halle: Max Niemeyer, 125-304. (Reprinted in his Über das Wesen, P. McCormick (ed.), Heidelberg: Winter, 2007, 1-192.)

[04] McGuiness, B. & Vrijen, C. 2006. “First Thoughts: An Unpublished Letter from Gilbert Ryle to H. J. Paton.” British Journal for the History of Philosophy 14/4, 747-756.

[05] Ryle, G. 1927 “Critical Notice: Essentiale Fragen: Ein Beitrag zum Problem des Wesens by Roman Ingarden.” Mind XXXVI (143), 366-370.

[06] ——. 1929. “Heidegger's Sein Und Zeit.” Mind. XXXVIII (151): 355-370. (Cited from Ryle 2009b)

[07] ——. 1932a. “Phenomenology.” Proceedings of the Aristotelian Society, Supp., Vol. XI (symposium with H. A. Hodges and H. B. Acton), 68-83. (Cited from Ryle 2009b)

[08] ——. 1932b. “Systematically Misleading Expressions.” Proceedings of the Aristotelian Society, vol. XXXII, 139-170. (Cited from Ryle 2009c)

[09] ——. 1938. “Categories.” Proceedings of the Aristotelian Society XXXVIII, 189-206. (Cited from Ryle 2009c)

[10] ——. 1946. “Review of Martin Farber: The Foundations of Phenomenology.” Philosophy, 21/19, 263-269. (Cited from Ryle 2009b)

[11] ——. 1957. “The Theory of Meaning.” In British Philosophy in Mid-Century, C. A. Mace (ed.), George Allen & Unwin. (Cited from Ryle 2009c)

[12] ——. 1962. “Phenomenology versus ‘The Concept of Mind’.” In Ryle 2009, 186-204. (Originally published as: “La Phénoménologie contre The Concept of Mind.” In La philosophie analytique, Paris: Minuit, 1962, 65-84.)

[13] ——. 1970. “Husserl and Phenomenology.” Times Literary Supplement, December 17, 1970.

[14] ——. 1971. “Phenomenology and Linguistic Analysis.” Neue Hefte für Philosophie 1, 1-11.

[15] ——. 2009a The Concept of Mind, 60th Anniversary Edition, J. Tanney (ed.), London/New York: Routledge.

[16] ——. 2009b. Collected Works Volume 1. Critical Essays, J. Tanney (ed.), London/New York: Routledge.

[17] ——. 2009c. Collected Works Volume 2. Collected Essays 1929-1968, J. Tanney (ed.), Lon- don/New York: Routledge.

[18] Thomasson, A. L. 2002. “Phenomenology and the Development of Analytic Philosophy.” Southern Journal of Philosophy, XL, Supplement: 115-42.

[19] Vrijen, C. 2007. The Philosophical Development of Gilbert Ryle. A Study of His Published and Unpublished Writings, Rijksuniversiteit Groningn.

植村

［］

［］

植村

［］

［］

［］