• アップ済みの日本社会学会での報告の本文の部分、つまり３～６頁は、１５分で読み上げるように書かれているので、ゆっくりめに読んでasides＝わきぜりふをあちこちに入れれば２０分程度になるだろう　→しかし、登壇者を始めとして、すでに目を通していただいている方は多いだろうから、ぜんぶを読み上げるのは、あまり賢い時間の使い方とはいえない
  そこで、ここではもう少しぶっちゃけたやりかたで話を進めたいと思う
• なぜ、佐藤さんの仕事を紹介しそれにコメントする学会発表をしたのか
  同書の論述に召喚されたという事情もあるし（社会問題の構築主義が重要なトピックのひとつになっている）、佐藤さんの「問いの基礎理論」の２本の紀要論文が知的にとてもスリリングだというのもあるんだけど（うまく展開されて本になる日を待ち望んでいます）、それより何より、『ルールの科学』が、社会学の現状、なかんずく私が「隠れ機能主義」と呼び、スペクターとキツセのあの仕事のあとになんでそうなるの、残念なことだなあ、でも老兵は消え去るのみだしなあ、と思ったりしていた現況に、正面切って切り込んでクリティークをしてくれたと、少なくとも私の目にはそう映ったからだ
• ここで昔語り：　私は、社会病理、逸脱、社会問題という、近年のこの国の大学の社会学のカリキュラムでは萎みつつある科目名の界隈でうろうろしてキャリアを終えた；　しかしこの界隈は、じつは社会学の理論史や方法論史のキモと言いたいジャンル；　社会解体論、文化葛藤論、機能主義とアノミーストレイン論、ラベリング論と構築主義、ネオマルキストの新犯罪学派、実存主義的犯罪論や現象学的犯罪論、功利主義的な抑止理論等々；　いずれにせよこの界隈の議論は、その出発点に、正常と病理、合規範的と逸脱的、問題である事柄と問題でない事柄の同定を置かなければいけない以上、社会とは何か、社会的な秩序とはどのようなものかをめぐる社会学的思考を搦め手から参照せざるを得ず、したがって社会学理論や方法論のいわゆるパラダイムのシフトや流動とつながりを持たざるを得ない
• そうした形で社会学の理論史や方法論史に関心を持ってきた私に言わせれば、60年代末から70年代前半の「異議申し立ての時代」の熱気の中で、グランドセオリーを志向した機能主義が中途半端な形で引き倒されたことが（ex.グールドナーのイデオロギー批判、日本にも先棒担ぎの若手がいましたよね）、現在にまで至る禍根を残した；　どこがどういけないのかについてのきちんとした議論がないまま、機能主義は「終わった」ということになり、以後、社会学における「ミーイズム」の時代ともいうべきミニパラダイムの乱立と、その副作用としての方法論的関心へアパシーが訪れて、それが延々半世紀以上も続いている
• 当時、体系だった機能主義（あるいは構造―機能分析）へのクリティークの試みは、管見では、恒松さん・橋爪さん・志田さんのもの（ex.恒松直幸、橋爪大三郎、志田基与師「機能要件と構造変動仮説～構造一機能分析のidentity crisis～」『ソシオロゴス』5, 1981）と、スペクターとキツセの『社会問題の構築』（1977）、あと、私はそっちには暗いんだけれどルーマンの著述くらいしか思い当たらない；　ついでにいうと、機能主義の前提になったパーソンズの行為論についていえば、行為と構造をめぐる方法論上の「ジレンマ」（いわゆるミクロ―マクロ問題）を結局解決できなかった、シンボリック相互作用論（SI）を自称するミードを神棚に上げた反機能主義の業界団体を脇におけば、ゴフマンとガーフィンケル／EM（※現象学とのちに英国に移植されてからはウィトゲンシュタイン＋日常言語学派の哲学にヒントを得た）、のちにルーマンによるクリティークと対案提示が主だったものだったといえよう
• スペクターとキツセの社会問題の構築主義は、シカゴ学派～SIのラインにEMの耳学問をブレンドして生まれたもので、逸脱研究および犯罪学の分野での1970年代に起こったレイベリング論バッシングへのリベンジ
  その機能主義批判は主にマートンの所説に対するもの；　機能分析は、「問題」の同定とその「解決策」の提言にあたって、暗黙のうちに評価基準の恣意的な外挿（extrapolation 持ち込み）を行わざるを得ないから方法論として破綻しているというのがスペクターとキツセの指摘
  「何が社会にとっての病理や問題なのか」の同定を研究者の恣意的な価値判断に委ねた社会病理学や、シカゴ学派の理念的な社会改良主義および社会解体論は非科学的だったけど、私らの機能分析の手順はほらこんなに科学的、というマートニアンに対して、一言でいえば、あんたらも結局先人と同じやん、と言ったのがスペクターとキツセ
  しかし、機能主義が凋落して以降の日本では、このクリティークは、大方の社会学者にとってそれほど身にしみるものではなかった；　そして、グランドセオリー（統一理論）への関心の低下と、社会学者の職業心理に裏打ちされた「社会のお役に立ちます」的身振り（その草分けは学祖デュルケムにまで遡るもの）のセットが、その調査法が「量的」「質的」のどちらであれ、機能主義と同じパタンの社会の機能診断を暗黙もしくは無自覚のうちに（マートンの苦心の「科学的」手順も顧みずに）行う「隠れ機能主義」、あるいはさらに先祖返りした隠れ社会解体論や隠れ理念的社会改良主義の横行を招き寄せているように見える、というのが現状についての私の印象である
• そこで、佐藤さんの『ルールの科学』です；　アップした日社での報告の４頁から５頁にかけてで、私なりにその輪郭を大雑把に描いてみたけど、いくつもの意味で、近年のこの国の社会学にはまれな野心的かつ論争的な著作であることは間違いない；
  ①社会科学を自然科学と異なったものとして見るという立場、そして、②「社会」を行為の集まり（ウェーバー→パーソンズ）ではなく、ゲーム（ゲーム理論的なものではなくむしろウィトゲンシュタインの言語ゲーム系統のそれ）の集まりと見るという基本的な方向性については共感できるし（ただし相互行為、あるいはゴフマンのいう状況への目配りという点で私の考えとは違う部分があるが、グランドセオリーを目指す以上そのへんは仕方がないのかも）、また、③評価を目指すという「ルールの科学」の提言は、業界人のたしなみとしての「社会のお役に立ちます」的身振りを下支えする隠れなんとかを可視化させ、社会学者のあいだでの前向きな議論のトピックにするよい契機になるかもしれない（ちなみに、私自身は評価を目指しませんが）
• 佐藤の機能主義批判：　「現代の機能主義（的な志向性）は暗黙の肯定的評価をもたらす」（p.159）　この観察を引き出すために参照された『社会学はどこから来てどこへ行くのか』で、北田や岸は、他者の合理的理解のためにはある種の機能主義的な視点が必要になると語り、構築主義は、研究者の判断を排し「価値中立」を徹底させたために「研究のゴール」を失ったとする（岸＠『どこどこ』p.102）　→そうした動きへの反動が、佐藤がいう「暗黙の肯定的評価」
  「暗黙の肯定的評価に問題があるとすれば、それを解決するには、評価そのものをやめてしまうか、あるいはよりよい評価を模索するかのどちらかになるだろう。　前者はただ客観的事実だけを明らかにするという、自然科学と同じ方法を採用する方向になるが、第１章で説明したように、そのような立場では社会学の社会的意義を見出せなくなると筆者［佐藤］は考えている。　つまり、本書が採用するのは後者である。」（p.159）
  これは、主流の社会学の文脈からすればまっとうな問題提起（ただし、私自身はこの二択には乗れないが）
• 問題は、同じパタンのクリティークが、EMに対しても差し向けられること　→８章の３「暗黙の肯定的評価」（pp.196-206）；　
  「以上のようなこと[題材として取り上げられた論文における森の教師の意図に注目した記述]から筆者は、著者が基本的には教師の意図を理解することによって（合理性の理解）、この［教師による学級運営の］方法を暗黙のうちに肯定的に評価してしまっていると考える。」（p.204）
  これ、大丈夫な指摘かどうか、引っかかったところ；　また、これはEMの研究一般に敷衍できること？　教育社会学というEMとは別の土俵の問題では？（たとえば調査の知見を「授業評価」に結び付けることを求められるという教育学部的要請とか）　あるいは、フィールドで観察したことの記述という活動に付きものの問題？　とか、いろいろ思ったのだけれど、でもこれは私ではなく、佐藤さんと小宮さん、森さん、五十嵐さんが討論すべき案件
• いわゆる「評価」や「価値判断」について少しだけ触れるとすれば、それをまったく抜きにした活動はありえない（キツセらはかっこ入れ（bracketing）という現象学用語を―たぶんポルナーからのよくない耳学問に依拠して―流用して、それができるように論じたけども）
  ウィンチ（『社会科学の理念』）に倣って、私は、自然科学と違って人文・社会科学の研究対象は二重の構成物だという立場を取る；　社会生活のなかでさまざまな事柄や出来事を構成する人びとの活動（メンバーのゲーム）と、そうした事柄や出来事を研究のトピックにする人文社会科学者の研究活動（社会(科)学者のゲーム）の二重性；
  どちらも、そうした活動がそのやりとりの現場で内側から構成されるたにあたっては、その活動の参与者によるさまざまな出来事や事柄についての「評価」（「価値判断」if you will）がその活動のさまざまな現場で状況的な必要に応じて利用され参照される；
• 研究者のゲームにおける「評価」＝たとえば、「この調査の報告で使われるデータには明らかに捏造された部分がある、けしからん」とか、「この調査報告の知見にはすでに知られていることが少ないから、値打ちが低い」とか；
  研究者のゲームの「ルール」に、メンバーのゲームの遂行に「役立つ」提言の義務付けを書きこみたい（「研究目的」の一つにしたい）という、職業心理に基づいた願い（cf. 中河「機能主義の職業心理（occupational psychosis）に抗して―J・I・キツセのレガシーを振り返る」日本社会学理論学会第13回大会 2018年9月2日←Research Mapから当日配布資料DL可）
  『ルールの科学』では、体系だった議論に基づいて、きわめて慎重かつ誠実な形でその願いを実現しようと試みている；　その努力や志自体は―北田暁大の『実況中継・社会学』などと並んで―尊（たっと）い
  しかし、そうした形での2つのゲームの結び付けは、たまたま偶然に「うまくいく」ことはあっても「つねにうまくいく」という方法的保証はないと思う（see「構築主義とエンピリカル･リサーチャビリティ」『社会学評論』2004）；
  （※これ以上突っこんで論じる余裕はないが、批判的構築主義(や批判的EM)は結局恣意的評価基準の再導入なのでNG、応用構築主義（および応用EM？）はそれが広い意味での「事実」の提供の範囲を超える企図のものであるなら、私はコミットしない、というのが「EMに学んだ ethnomethodologically-informed 構築主義」者としての私の立場）
• 質問-応答のゲームと命令-行為のゲーム　←ゲームはこれ2つしかないの？
  それはさておき、社会問題の質問-応答のゲームを、質問-応答のゲーム一般に解消してしまうとき、社会問題活動の過程の研究のいくつかの重要なトピックが失われてしまう；　
  人びとの実際の活動の中では質問や応答が成立するということ自体が、その語り手はだれかということと切り離せない　→言い換えれば、社会問題をめぐる「問答」の具体的な展開もしくは連鎖（シークエンス）は、①社会問題活動の登場人物が何者なのかを明らかにする成員カテゴリー化装置（MCD）（⇔クレイムの発出者とその受け手にはそうした行いを担うに足る資格や権利義務や能力や必要な知識等々があるのか？）と、②「それは社会問題なのだから、公衆はそれに関心を払わなければならず、公共的な機関や組織はそれに対処せねばならず、ジャーナリズムはそれを報道しなければならず、そしてその問題についての発言に情報ついてはオープンなアクセスが保障されなければならない」といった認識を可能にする公共性をめぐる「文法」を捨象してしまったら、経験的な把握と分析が困難になるだろう
  もちろん、佐藤問答論の枠組みは、社会問題をめぐる議論の大まかな論点整理には役立つだろうが、私自身は、そこから得られるものを汲み取る努力はしつつも、社会問題をめぐる活動の具体的な実際に即して「社会問題の質問-応答のゲーム」ならではの事象についての洞察を求めていくべきだと思う（すでに引退してしまったので、「こんなふうに」と実践して見せることはできませんが）

以上です。