ここには、2014年9月13日に東京大学社会科学研究所にて開催した 社会学研究互助会アネックス第２回研究会「松木洋人『子育て支援の社会学』合評会」における配布資料などを掲載しています。

拙著の２つの特徴

• 広い意味でも狭い意味でも子育て支援を対象とする研究は、社会学者によるものもそうでないものも含めて、既にたくさんある。
• 特に拙著のもとになった博士論文を提出してから書籍化するまでの間に、支援者や利用者へのインタビュー調査にもとづく研究（佐藤 2012; 井上 2013）、支援の現場を対象とするエスノグラフィー的な研究（松永 2012）など、拙著と同じようないわゆる「質的研究」もだんだん増えてきた（ので、ちょっと焦ったりもした。今後もさらに増えると思う）。
• しかし、現時点からふりかえってみると、拙著にはこれらの研究とは異なる特徴が2つあると思う。そして、これらの特徴は同時に拙著が抱えている偏りでもあり、さらには限界や問題点にもなっているのではないかと考えている。
• 以下では、この2つの特徴とそれがどういう意味で拙著の限界や問題点になっているのかを簡単にふりかえりながら、“今日はこういうことも話題にしていただけるとよいな”という著者なりの希望を述べることで、ご挨拶に代えたい。

第1の特徴：家族の育児責任への焦点化と家族変動への関心

• 言うまでもないことだが、子育て支援をめぐって論点にできることはたくさんある。「ケア・支援の社会学」が主に対象としてきたような、支援の授受に関わる人々の実践や経験に関わることに限っても、これは同様。たとえば、著者による支援者のインタビューにおいても、身体的負担の重さ、経済的報酬や社会的評価の低さ、現代社会における子どもの育ちに関する危機意識などが繰り返し語られていた。にもかかわらず（？）、拙著では家族社会学的な関心から、家族の育児責任についての規範に焦点化して分析を展開している。これは他の子育て支援の研究と比べたときの本書の特徴だと思う。
• しかし、ふりかえってみると、この焦点化のしかたは、支援の現場で起こっていることの豊かさを考えれば、「各種の子育て支援が実践されている福祉領域で生じていることを記述すること」（p.46）という拙著の第1の関心にとって、強すぎる制約だったかもしれない（もちろんあらゆることを分析対象にはできないが）。言い換えれば、第2の関心（家族変動論的な関心）が第1の関心を犠牲にしている格好になってはいないか。
• また、分析のために取り上げるデータの選択の問題に加えて、取り上げたデータを「家族の育児責任」という観点から読み込むことが分析の適切性を損なっているところもあるように思われる（cf. 戸江 2014）
• さらに、そのように焦点化された分析をふまえて、いくつか政策提言らしきことも試みているが、現在の日本の子育て支援施策をめぐる状況から判断して、適切な提言となっているかどうかもあらためて考える必要があると思っている。
• 結局のところ、会話分析の入門書でよく使われる表現を借りると”unmotivated observation”の精神が不足していたのではないかというのが著者の現時点での自己評価（この意味で第2の特徴ともリンクしている）。
• このような問題設定上の偏りに関連して、拙著にどのような感想を持たれたか、みなさまにおうかがいしてみたいというのが1点目。
• 付け加えると、このような問題設定上の偏りは、家族社会学を専攻する著者の家族変動への関心がもたらしたものである。拙著のこの家族変動論としての側面に関連して、どのような感想を持たれたか、みなさまにおうかがいしてみたいというのが1.5点目。具体的には、子育て支援を対象とすることを通じて家族変動にアプローチするという問題設定のありかた（第1章）、家族規範の用法とその変化に注目するという家族変動への視点（第2章）、データの分析をふまえて展開された「現代家族論」的な議論（終章）についてなど。

第2の特徴：「エンピリカルな構築主義」を通じたエスノメソドロジーからの影響

• 「ケア・支援の社会学」においても、家族社会学においても、構築主義やエスノメソドロジーの立場を採用する研究はいまだに少ない。これに対して、拙著では、グブリアムとホルスタイン（Gubrium & Holstein 1997, 2000=2006）が言うところの「エスノメドロジーの知見を用いる構築主義」やよりエスノメドロジーの影響が大きい中河（2001, 2004, 2005）の提唱する「エンピリカルな構築主義」の発想に学びながら、問題設定やデータの分析を行った。これが子育て支援の研究としての、あるいは、家族社会学研究としての本書の第2の特徴だと思う。
• しかし、このような立場の「折衷性」が拙著の問題点と深く関わっていることも確か。とはいえ、ここでは折衷的であること自体の「理論的妥当性」を問題にしたいのではない（cf. Ho 2012; Gubrium & Holstein 2012; Weinberg 2012）。グブリアムとホルスタイン（Gubrium & Holstein 2012: 347）は、「社会的構築のプロセスを理解するためにガーフィンケルやフーコーといった多様な視点を利用しようとするわれわれはおそらく見境がなかったのだろう」と述べているが、たぶん重要なのは見境があるかないかではなく、その利用のしかた。
• つまり、自分が重要だと思うのは、エスノメソドロジストでない者がエスノメソドロジーのアイデアを使って分析を行うときに生じがちな分析の適切性をめぐる問題である。子育て支援を研究対象とするエスノメソドロジストである戸江（2014）による批判も主にこの点に向けられている。
• ちなみに、自分はときどき問題を混同してしまうのだが、これはエスノメソドロジー研究の多くが、たとえば戸江（2008, 2009, 2012, 2013）の研究がそうであるように、自然に生起した相互行為の録画・録音を分析するのに対して、拙著がインタビュー・データの分析にもとづいているという違いから生じる問題ではない。主にインタビュー・データの分析にもとづく鶴田（2009）の研究を参照すれば、それは明らかである。
• 言い換えると、データ収集の方法は共通している鶴田（2009）を読むことで、かえってはっきりと自覚されるのは、自分の分析がエスノメドロジーの影響を受けていて、エスノメソドロジーの概念を用いてはいても、エスノメソドロジー的な分析になっていないということ。ただしこのように思うとき、自分が考える「エスノメソドロジー的な分析」とはどういうものであって、何がその条件になっているかということが自分にはうまく言語化できない。また、それと拙著で行っていることとの隔たりが、単純に分析を行う力量の違いによるものなのか、それとも分析が照準している水準がそもそも異なることによるのか、あるいはエスノメドロジーの概念の使いかたを完全に誤解していることによるのかといったこともよくわからない。よくわからないので、どの方向で努力すれば、「エスノメソドロジー的な分析」になるかもよくわからない。もちろん、誰もが「エスノメソドロジー的な分析」を実践しないといけないわけではないが、拙著の問題設定にとってこの点は極めて重要だったはず（この意味で第1の特徴ともリンクしている）。
• なお、このように述べたときに、「エンピリカルな構築主義」という用語が、「エスノメソドロジーの影響を受けているがエスノメソドロジーではないもの」の婉曲表現になってはいけないはずなので、この立場を採用することの積極的な意味についても、もう少し考える必要があると思う（cf. 松木 2014）。この点については、構築主義を自称しながら「エスノメソドロジー的な分析」にもなりえているように思う木下（2011, 2012, 2013, 2014）の研究が参考になるような気がしている。
• このような方法論上の問題点に関連して、拙著にどのような感想を持たれたか、みなさんにおうかがいしてみたいというのが2点目。

参考文献

• Gubrium, Jaber & F. Holstein, James A., 1997, The New Language of Qualitative Method, Oxford University Press.
• Gubrium, Jaber F. Holstein, James A., 2000, “Analyzing Interpretive Practice”, In Norman K. Denzin & Yvonne S. Lincoln(eds.), Handbook of Qualitative Research 2nd edition, Sage:487-509.（＝2006, 古賀正義監訳『質的研究ハンドブック2巻――質的研究の設計と戦略』「解釈実践の分析」北大路書房, 145-167）
• Gubrium, Jaber F. & Holstein, James A., 2012, “Theoretical Validity and Empirical Utility of a Constructionist Analytics”, The Sociological Quarterly 53: 341-359.
• Ho, Wing-Chung, 2012, “The Limit of the Discursive: A Critique of the Radical Constructionist Approach to Family Experience”, The Sociological Quarterly 53: 321-340.
• 井上清美, 2013,『現代日本の母親規範と自己アイデンティティ』風間書房.
• 木下衆, 2011,「家族会における『認知症』の概念分析――介護家族による『認知症』の構築とトラブル修復」『保健医療社会学論集』22(2): 55-65.
• 木下衆, 2012,「日常からの逸脱を識別する――『認知症』発症期に関する介護家族の語りから」『ソシオロジ』57(1): 93-109.
• 木下衆, 2013,「介護家族による『特権的知識のクレイム』――認知症家族介護への構築主義的アプローチ」『社会学評論』64(1): 73-90.
• 木下衆, 2014, 「『認知症』患者の『人生』と『はたらきかけ』――ある介護家族の実践の医療社会学的分析」『フォーラム現代社会学』13: 45-57.
• 松木洋人, 2014,「構築主義的家族研究の可能性――アプローチの空疎化に抗して」渡辺秀樹・竹ノ下弘久編『越境する家族社会学』学文社, 124-138.
• 松永愛子, 2012,『地域子育て支援センターのエスノグラフィー――「親子の居場所」創出の可能性』風間書房.
• 中河伸俊, 2001,「方法論のジャングルを越えて――構築主義的な質的探究の可能性」『理論と方法』16(1): 31-46.
• 中河伸俊, 2004,「構築主義とエンピリカル・リサーチャビリティ」『社会学評論』55(3): 244-259.
• 中河伸俊, 2005,「『どのように』と『なに』の往還――エンピリカルな構築主義への招待」盛山和夫ほか編『社会への知／現代社会学の理論と方法（下）――経験知の現在』勁草書房, 165-189.
• 佐藤純子, 2012,『親こそがソーシャルキャピタル――プレイセンターにおける協働が紡ぎだすもの』大学教育出版.
• 戸江哲理, 2008,「乳幼児をもつ母親の悩みの分かち合いと『先輩ママ』のアドヴァイス――ある『つどいの広場』の会話分析」『子ども社会研究』14: 59-74.
• 戸江哲理, 2009,「乳幼児をもつ母親どうしの関係性のやりくり――子育て支援サークルにおける会話の分析から」『フォーラム現代社会学』8: 120-134.
• 戸江哲理, 2012,「会話における親アイデンティティ――子どもについての知識をめぐる行為の連鎖」『社会学評論』62(4): 536-552.
• 戸江哲理, 2013,「晩ごはんのひとり言――相互行為における公私区分とその交渉」『家族研究年報』38: 109-128.
• 戸江哲理, 2014,「松木洋人著『子育て支援の社会学――社会化のジレンマと家族の変容』書評」『家族研究年報』39: 171-174.
• 鶴田幸恵, 2009,『性同一性障害のエスノグラフィ――性現象の社会学』ハーベスト社.
• Weinberg, Darin, 2012, “In Defense of Radical Constructionism”, The Sociological Quarterly 53: 360-373.

質疑応答

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