日曜社会学 - ルーマン・フォーラム / エスノメソドロジー番外地

Sunday sociology - Luhmann Forum / Ethnomethodology: on the edge of nowhere

ルーマンの「道徳」論

Date: Tue, 12 Aug 97 07:14:46 +0900
From: 本間直樹
Subject: [luhmann:00119] [ETH] :イントロダクション

本間直樹です。

 「意識のオートポイエーシス」から始まったシステム論の解説も、ゆっくりながら社会システムと意識のカップリングの話題まで到達しました。意識やカップリングの問題についてはまだまだ煮詰めて考えるべき点が多数残されているように思われますが、フォーラムでの解説としては、同じ話題に踏み留まるのでなく、ルーマンの扱うさまざまなシステム論の諸領域に分け入り、領域(準拠システム)の差異を介して個々の領域を観察する方が、よりルーマン理論に沿ったやり方であると私は考えます。社会システム論の解説の出発点として「道徳的コミュニケイション」を選ぶこと自体は極めてコンティンジェントなことですが、ルーマンの「道徳」論は数ある彼の論考のなかで出色の出来映えであると言えます。解説としてはこの問題を論じながら、ルーマンの用いる「二次の観察」や「機能分化」、「二元コード」といった概念を検討してみたいと思います。

・この連載の目的

 ルーマンにとって、「コミュニケイション」は「社会システム」の構成素であり、このコミュニケイションの連鎖によって社会システムのオートポイエーシスが成立する。この連載では、こうしたコミュニケイション概念の具体的分析の一つとして「道徳的コミュニケイション」を主に取り上げ、ルーマン独自のコミュニケイション概念を解説し、さらに「倫理学」を「道徳的コミュニケイション」を観察する反省理論として、即ち「二次の観察」を行う「学問システム」として位置づけるルーマンの議論をまとめる。そして出来れば、ルーマンの社会システム論のキー概念である社会進化、機能分化という一般的問題まで議論の射程に入れることを試みたい。

・文献

 さて、既にルーマンは「道徳」について、「道徳の社会学」、「道徳の反省理論としての倫理学」という2つの興味深い考察を提出している。

 前者は、自我と他我の間の「二重のコンティンジェンシ」に注目し、道徳をそのようなコンティンジェンシ状況の「解決」として捉えるとともに、それが道徳と「機能的に等価なもの」によって解決され得る可能性を探ることに重点が置かれている。また後者は道徳を善/悪の二元コード(区別)を用いるコミュニケイションとしてはっきりと位置づけ、道徳のコードから法、真理、経済などの様々なコードが機能分化するプロセスが、社会構造とゼンマンティクの記述という手法によって考察されている。

 残念ながら、両論考は未だ日本語に訳されていないが、大体の内容は、以下の日本語で読める文献によって伺い知ることができる。

 ●クニール+ナセヒ:『ルーマン 社会システム理論』
  ?章:社会診断、2:道徳
 ●佐藤・中岡・中野編:『システムと共同性』
  第1部2:「倫理学―システム論ののちに」(中岡成文)
 ●中野敏男:『近代法システムと批判』
  2章4節:道徳のコミュニケーションとその反照的構造化

・キーワード

 本論に入る前に、ルーマンがしばしば用いる用語についてのチャート式の解説をしておく。
(参考資料:『エコロジカル・コミュニケイション』巻末付録)
(?邦訳は読まないほうがいい)

*コミュニケイション
自我/他我という区別に基づいて生起する情報/伝達/受容の諸選択の統一的プロセス。統一的な出来事であるコミュニケイションは直接的に観察不可能であり、そのプロセスにおいて生起する諸選択が自我の側に行為として、或は他我の側に体験として帰属(縮減)されることによって観察される。
*区別(→選択の前提となる)
ルーマンは近年「差異理論的アプローチ」を採用している。ある観察者の行う観察とは区別 をすることにほかならない。ある観察者は区別を用いて観察を行うが、当の観察者自身は自分が観察に用いる区別 自体を観察(区別)することができない。例えば「善/悪」の区別を用いて事柄を観察する者が、そうした観察そのものの善/悪を区別 しようとするとき、その観察者はパラドクスに突き当たる。言い換えれば、観察者の用いる区別 は観察者自身にとって区別できない「盲点」であり、その区別に依存するいかなる観察理論も基礎づけの不可能性という問題を抱えることになる。そこでルーマンが提案するのが「二次の観察」としての反省理論である。
*反省
区別の区別、観察(者)の観察。ex.認識の反省理論としての認識論
*機能分化
システムは、問題と問題解決の可能性の海である世界の中にあって、システム/環境の差異を通 じて複合性の縮減を行い、コンティンゲントな(他でもあり得た:他の可能性との比較可能な)問題解決を行う。例えば古代の宗教国家の扱っていた統治の問題が、宗教システムと政治システムとが分化することを通じて、政治システムにとっての固有の問題として代替されることを機能分化といい、分化した政治システムは、自らのシステムの作動を通 じて他のシステムとの境界を設け、自らの同一性を獲得する。
*二元コード
機能システムはそのつどの特定(spezifisch)の機能の観点からして普遍的に妥当し、第三の可能性を排除する二元コードによってコミュニケイションを構造化する。コードは社会進化のプロセスにおいて他のコードから区別 されることにより機能システムを分化させ、かつそれとして同定する。例:学システム→真/偽、(貨幣)経済システム→支払う/支払わない、法システム→合法/不法、(政党)政治システム→与党/野党、愛→愛する/愛さない
*社会進化
ルーマンにとって進化論とは《差異を記述のモードとして用いること》であり、《記述の対象の同一性を前提しないこと》が目論まれている。例えば、ルーマンの用いる社会進化の図式は
  • 環節社会(家族単位による中心/周縁-差異)
  • →階層分化した社会(階層による中心/周縁-差異)
  • →機能分化した社会(システム/環境-差異)
であり、「増大する複合的な可能性の縮減の必要性」によって「コード化」が進むことが機能分化と呼ばれる。
*ゼマンティク
社会の構造変動に伴って生じて来る新たな問題群に対して試みられた解答の諸パターンを、とりわけ概念に注目して思想史的に記述する形式。《機能》という観点からすれば、企てられたすべての問題解決はコンティンゲントな、つまり別様でもあり得た解決であり、その限りで依然として問題点を孕んでいる、と見做される。