この頁には、2014年03月01日 ならびに 2016年12月25日に開催した 社会学研究互助会例会（第８＆９回）の告知文と配布資料を掲載しています。

1. 『社会科学の理念』

• この本の主題は、社会現象の本質である。これをウィンチは「有意味な行動」とは何かをめぐって問う。ウィンチによると、従来、この問題は社会学の理論的問題と見なされてきた。しかしウィンチの理解では、この問いはむしろ哲学的考察（アプリオリな概念分析）によって答えられるべきものとされる。「社会学の中心問題、すなわち社会現象一般の本質を解明することとは、それじたい哲学に属するものなのである」（Winch, 1958=1977:53）。
• そしてウィンチは、有意味な行動を、規則に従うことについてのウィトゲンシュタインの議論にもとづいて捉える。有意味な行動とは、規則に従う行動である、と（同上63）。このようにウィンチは、表現の意味についての議論を、行為の意味的同一性についての議論へと展開した。何が「同じこと」を行うことなのかは、行為者の私的な思念によって定まるのではなく、行為者たちが従う規則によって定められる。
• この規則は、それに従っている者が把握している規則である（同上77）。とはいえ、それは行為を行う者が明示的に定式化できるかどうかにかかわらない。むしろ、その仕方について正誤を問うことが意味をなすかどうかによる（同上72）。規則に従うことのためには、行為者が行為の同一性や正誤の識別をできるということが必要。そのような選択が行為者の意識にのぼりうるものでなければならない（同上80）。
• よって行為の同一性は、それを行う者の用いている「観念体系」や「生活様式」から切り離して考えることはできない（行為や活動と生活の様式との「内在的連関」）。それは、何事かを社会的なものであると言うための論理的な条件。また、かりに切り離すとすれば、社会的事象としての性格をまったく失うだろう（ただし実際には、社会学者はこうした切り離しを完全には行っていないのだが）（同上133-4）。したがって行為を理解するという時の規準は、それを行う者の用いている「観念体系」や「生活様式」のなかにあり、それを無視して観察者が押しつけることはできない。また、行為についての研究者による理解を、統計的法則によって正当化することはできない。
• なお、ひとつの観念は別の観念と論理的な関係に置かれている（それはその存在が観念に依存しない、「雷鳴」についてすらあてはまる）。そしてこうした関係は、行為についての概念にもあてはまる。行為の概念は、そのほかの行為の概念とこうした論理的関係をもっており、それが行為相互の関係を規定している。「服従という行為は、その内に命令という先行するものの認識を——それにとって不可欠なものとして——含んでいる」（行為の同一性を定める論理的条件やその論理的帰結）（同上154）。
• したがって社会制度とは、研究者の構成する理論的構成物ではない。そこには、人びとの行動様式を支配する思考様式（ways of thinking）が含まれている（同上157）。たとえば、戦争とは、説明モデルではなく、現に抗争しているメンバーたちが、それでもって自身を理解し、その取るべき行動に規準を与えている観念である。「戦争の概念は私の行動にとって欠かせない形で属している」（同上157）。
• 人間の相互行為・行為相互の関係は、観念を具現している（それについての観念に基づいて成立している）。それは、言語による行動にのみあてはまることではなく、言語によらない行動についても理解することができる。「実際には、論弁的な観念〔それに直接対応する言語表現をもっている観念〕を表明する行動とそうでない行動との間には、はっきりした境界は存在しない……」（同上159）。「身ぶりの（または間の）意味とは、会話の場合とまったく同様に、それが先行する状況に対してもつ内在的関係にかかっている……」（同上160）。
• この議論は、「社会研究という概念そのものがもつ、ある特質を明らかにしてきた」（社会研究という概念の意味の検討）。したがってこれは、方法論ではなく、哲学である（同上168）。

2. ポイント

• 社会学の理論的問題・方法論的問題を、哲学（「アプリオリな概念分析」）によって検討する。すなわち、社会研究が意味をなすための条件の検討。ウィンチは、別の箇所においても、この議論は方法論ではなく哲学であると強調している。だから、概念分析の方法論の要求を退ける（Winch, 1964）。また、この概念分析は、経験的発見ではないとも。ある人が無意味な発話を為すかどうかは経験的な発見たりうるが、その発見には先立つ意味と無意味の区別が必要（同上）。
• こうした概念分析によって示されるのが、社会関係とそのなかの人びとがもつ概念連関との内在的関係。行為の同一性は、当該実践に参加する人びとの規則によって同定され、それが社会関係を形づくっている（「記述のストック」）。これらについて、実践の外側に記述の基礎を求める必要はない。
• このことは、当該実践に対してよりも、社会研究のあり方に大きな含意をもつ。内在的に記述すること。アザンデ人の妖術の実践を、西洋の科学との比較（カテゴリー・ミステク）によらず、記述すること。リアリティの概念をそれぞれの実践とのかかわりで理解すること。「合理性は誰のものか」？（Winch, 1964→1972=1987）。
• また、道徳を、それとは独立して成立する行為についての指針として捉えることへの批判。その代わり、状況におかれた行為者がその状況を記述する仕方にかかわる問題としての道徳的問題（道徳からみた行為者）。
• 他方、それぞれの実践を自己充足的・自律的なものと描いていると捉えられることへの反省（Winch, 1990）。たとえば、科学と宗教とを別個の実践として議論したことについては、次のように述べられている。「たとえば、科学はこうした様式〔論理を支える生活の様式〕の一つであり、宗教はまた別の様式である。そして、それぞれはそれじたいに固有な理解の規準をもっているのである」（Winch, 1958=1977:124）。そしてこれについては、こうした様式が内的に関連しあっており、したがってそれぞれを単独で理解することはできないと補足（Winch, 1990）。

3. エスノメソドロジー

• 行為について、その意味的同一性を与える規則とのかかわりにおいて捉えている。行為に対してそれを外側から統制する外在的な規則ではなく、その成立のための論理的前提となる規則。
• これにもとづき、社会学における行為の記述の適切性は、対象となる行為が行われる実践の領域の規準によって判断されることになる。外的な理論に依拠して記述するのではなく、すでに実践者によって一連の行為として組み立てられていく際の記述の仕方を、記述する。
• こうしたウィンチの議論から導き出されるこうした社会学のあり方の変更。エスノメソドロジーと同様であり、その援用として利用可能（Hutchinson et al., 2008, Lynch, 1993=2012,西阪, 2001）。また、したがってこうした変更は、社会学の理論的問題に対する批判・再把握に用いられる。ウィンチの概念分析と同様。それを、実践の事例に依拠するという形で拡張していく（Lynch, 1993=2012）。
• こうした事例に対して、社会学者の記述はどのような立場に立つか。実例は、それに携わる者たちがそれと記述できる仕方で作る行為からなっている。したがって社会学は、そうした仕方を取り出していく。こうした記述の適切さは、やはりその外部にある研究者の規準によらず、その実践に組み立てられ方と照らし合わせるしかない。このことの難しさの指摘・適切さの条件設定のナンセンスさ（Winch, 1964→1972=1987）。

書誌情報

Hutchinson, P., Read, R., and Sharrock, W., 2008, There is No such Thing as a Social Science: In Defense of Peter Winch, Ashgate.

Lynch, M., 1993, Scientific Practice and Ordinary Action, Cambridge U.P.（2012, 水川喜文・中村和生監訳『エスノメソドロジーと科学実践の社会学』勁草書房）

———, 2000, “A new disease of the intellect?” History of the Human Sciences, 13(1), 140-56.

西阪　仰, 2001, 『心と行為——エスノメソロジーの視点』岩波書店.

Winch, P., 1958, The Idea of a Social Sciences and its Relation to Philosophy, Routledge.　（1977, 森川真規雄訳『社会科学の理念』新曜社.）

———, 1964, “Mr. Louch’s Idea of a Social Science,” Inquirey, 8, 202-8.

———, [1968]1972, “Moral integrity,” Ethics and Action, Routledge & Kegan Paul, 171-92.

———, 1990, “Preface to the second edition,” The Idea of a Social Sciences and its Relation to Philosophy, Routledge, Second Edition, ix-xvii.

浦野

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浦野

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