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高橋徹『意味の歴史社会学』を巡って

Date: Wed, 7 Aug 2002 14:54:22 +0900
From: 橋本努
Subject: [luhmann:03855] 高橋徹さんに、公開の手紙です

高橋徹様、こんにちは。

 ご高著を恵存賜り、大変ありがとうございました。さっそく読み始めたところ、私がまだ読んでないルーマンのゼマンティーク論を包括的に扱っているということで、大変興味を持ちまして、一気に読ませていただきました。これはとても研究時間をつぎ込んだ労作だと思います。文章も明快で、研究に対する高橋さんの情熱とドライブが伝わってきました。とてもすばらしい成果を出版されましたね。心よりお喜び申し上げます。
【略】
 いろいろ学ぶことが多く、基本的なラインでは異論がありませんが、以下では議論のために、私から高橋さんへの質問を記しておきます。


p.212
p.213
図表7-2
 ゼマンティク領域 
 /局面 
I II III
人間学  本質論的規定  未規定性の規定
自己愛 否定的 価値上昇 社会関係の基礎
相互作用 身分 能力 相互性
時間 永遠の現在  時点化された現在の 
「連続的創造」
 時点化された現在の 
経験的産出
その他 情熱の価値上昇
オネットム
福祉
1) ルーマンの歴史社会学の大まかな構図として、213頁の表に要約されているように、17-18世紀を移行過程として位置づけ、それ以降を「近代の機能分化世界の完成」とみなす、という意味づけがなされていますが、この点をどう評価しますか。福祉国家以降の現実として、ルーマンは一方では「機能分化の危機」を指摘しつつ、他方では高橋さんが診断するように、機能分化の「世界社会レヴェルでの完成」に向けた動きに近い(224頁)とも考えられます。規範理論的な関心(あるいは歴史の意味づけを批判的に検討するという関心)からすると、ルーマンは17-18世紀の、たとえばデカルトの議論を移行期とすることで、いわゆる「近代化論者」の人間学に対して批判的な立場をとることに魅力があるのだと思います。しかし福祉国家以降の現代が、再度別様に、人間学その他を取り入れて、ある種の移行期(第二近代とか新たな中世の始まり)を予兆させるものである、という可能性に対して、ルーマンはどのような立場をとることができるのでしょうか。
 ウェーバー研究その他で生じたように、戦後の日本社会科学は、ある面で、「西洋近代の初期に生じた精神」を発掘して、そこから学ぶこと、そしてそれを社会的に評価すること、を暗黙裡に想定してきました。これに対してルーマンの企ては一定のインパクトを持つと思いますが、しかし現代への診断という点ではどうでしょう。「階層分化」から「移行期」を経て「機能的分化」に至るという大まかな構図は、ウェーバーやパーソンズにも見られる図式であり、問題はこの構図をいかに捉え返すか、だと思います。
 たとえば、肯首性の基準は、誰が肯首するのか、という社会層の問題があって、つまり社会的次元での基準の変容があると思います。現代では肯首性の基準そのものが多様化する結果として、社会的ゼマンティークに変化が見られる。この点を「機能分化の完成」という理論的観点から理解できるのでしょうか。

2) 複合性の定義について。142頁では、複合性は、要素と要素が接合する「潜在能力の限界」が増大するという点から定義されていますが、149頁では単に、接続連関の「可能性の増大」という点から定義されています。はたして潜在能力の限界なのか、それとも実際の接合以外の接続可能性が増大することなのか。もしかすると両方なのかもしれません。複合性は、この二つの面から捉えられなければならないのかもしれません。認知的可能性の増大と潜在的可能性の限界の共同進化、言い換えれば、理論的可能性の増大と実践的可能性の限界の共同進化、という事態が、近代化の過程において生じているということかもしれません。この点についてどう思いますか。

3) 第四章は「理論的中間考察」となっていますが、最終的には図表7-2でまとめられているように、時間次元は、ゼマンティーク領域の一局面にすぎず、本書全体の中で「中間考察」と呼ぶべき位置を占めていない、という印象を持ちました。

4) 「移行期」に生じたゼマンティークとしてルーマンがあげているものは、ウェーバーの分析が示すような、その後の近代社会の原動力(歴史的因果関係の動因)となったものなのか、それともそうした要因とは異なる派生物なのか、という問題があると思います。ゼマンティークと歴史的行為の相互連関の中で、たとえばオネットムの理想やフリーメーソンなどは、プロテスタンティズムの倫理と比して、どのように位置づけられるのでしょう。移行期をどのような移行とみなすのか、という問題です。ルーマンのモチーフとして、上流社会におけるコミュニケーションの限界と、その裏で、上流社会に入り込めなかった挫折者たちの受け皿(たとえばハバーマスのいう公共性に近いサロン文化)を抉り出す。という関心があると思います。対抗エリートの悲哀を描くという問題関心でしょうか。つまり、その後の歴史の積極的な要因となる移行期ではなくて、これから衰退していくであろう哀愁を帯びた移行期です。「意味」が問題として先鋭化するのは、もしかすると、ほとんどの場合、歴史的に無意味な活動なのかもしれません。こういう問題について、どう思いますか。

5) 図表7-2で、その他に分類されているものは、ルーマンの歴史社会学の中で、ゼマンティークの移行が明確に論じられていない領域だということでしょうか。たとえばオネットムはどのような形態へと変容したのでしょうか。また「福祉」は、それ以前はどのようなゼマンティークだったのか。こうした問題を研究することは、ルーマンの歴史社会学を補完する意義があるのでしょうか。高橋さんの最近の問題関心は、こういう方向にあるのでしょうか。


以上です。
【略】


ate: Sat, 10 Aug 2002 17:00:43 +0900
From: 高橋徹
Subject: [luhmann:03859] Re[:03855] 橋本さんへの返答

 高橋です。ご無沙汰しております。

【略】

 1週間ほどアメリカに滞在しておりまして、昨日の晩に帰国したところです。

 橋本さんが学ばれたNYUやワシントンスクウェアのあたりも散策してきました。今回は、ワシントンとNYに滞在し、今後の資料収集を念頭に、各種図書館、資料館、博物館などを見学してまいりました。
 当然、昨年の9.11の現場にも足を運んできました。ペンタゴンは今年の9.11までの完成をめざして急ピッチで修復作業がおこなわれ、ほとんど外見的にはテロのダメージがわからないほどに修復されていました(窓ガラスがはめられていないとか、作業用のクレーンがあるのでそこが現場だとわかる程度です)。NYのいわゆる「グラウンド・ゼロ」は、すでに瓦礫の片づけがおわり巨大な穴が天に向かって晒されていました。こちらはまだしばらくの間、テロの痕跡をぬぐい去ることができないでしょう。
 
 さて、ルーマンMLへのお手紙ありがとうございました。渡米直前に拙著を送ったわけですが、こんなにも早く、まとまったコメントをいただき感謝しております。
 お手紙にもありましたとおり、私としても直接お会いしていろいろ議論させていただきたいと考えております。したがいまして、時差ぼけの頭にむち打ちまして(笑)、まずはここで、今後の会話のために、橋本さんのご質問に対し、自分なりの視点、論点を整理することとして、返信のメールといたします。

1) ルーマンの歴史社会学の大まかな構図として、213頁の表に要約されているように、17-18世紀を移行過程として位置づけ、それ以降を「近代の機能分化世界の完成」とみなす、という意味づけがなされていますが、この点をどう評価しますか。
‥‥
しかし福祉国家以降の現代が、再度別様に、人間学その他を取り入れて、ある種の移行期(第二近代とか新たな中世の始まり)を予兆させるものである、という可能性に対して、ルーマンはどのような立場をとることができるのでしょうか。

 17-18世紀の位置づけは、ご指摘の通りです。問題は、確かに、いわゆる福祉国家以降の現代、そしていままさに進行している現在をルーマンの枠組みでどのように捉えることができるのか、ということです。
 ご承知のように、この点で、ルーマンは機能的分化の拡大という一点を一面的に唱えるということはしていません。議論のたたき台である拙著の中でいえば、196-7頁、223頁の部分がそれにあたります。
 今後の展開については、さしあたりいくつかの可能性がありえます。一つは、機能的分化の停滞です。今日、各国で教育問題が重要課題として取り上げられています。社会の規模が大きくなり、また複雑になるにしたがって、政治的、経済的、科学的、文化的様々な領域で専門能力を有した人材がますます必要になります。しかし、高度な専門的、人間的スキルを有した人材の調達が困難になると社会を維持するのに必要な仕事が処理できなくなります。これを、国家間、自治体間の地域社会再編によって空間的に区分けし、作業負担を軽減することで処理することもできますが、総体としての人材不足が解決されるかは不透明です。
 また、これは新しい中世論とつながりますが、機能的分化が進展するにつれて、高度な能力を要求される大文字の機能領域(とりわけ、国際的な政治、ビジネス、科学研究など)でプレーヤーとして参加できる人々が一部の(国や地域、言語文化圏)の人々に限られ、それ以外の地域の人たちにはますます敷居が高くなり、世界が分断されます。

たとえば、肯首性の基準は、誰が肯首するのか、という社会層の問題があって、つまり社会的次元での基準の変容があると思います。現代では肯首性の基準そのものが多様化する結果として、社会的ゼマンティークに変化が見られる。この点を「機能分化の完成」という理論的観点から理解できるのでしょうか。

 首肯性の基準の多様化というものは、現実には、その首肯性の基準をもって実際に生活している人々の集団が存在しなければ(思想的、理論的にありうるという話なら別として)、すくなくとも社会学的な意味をなさないわけですが、その意味で、機能的分化の趨勢に包摂されないような生活の存在を検討しなければなりません。たしかに、運動として、思想的表明として、それに反するものは容易に認められるかも知れませんし、報道などをとおしてそうした事例にふれていれば、あたかも社会は既に変わりつつあると思えてしまうかも知れません。知識社会学的には、たしかに、そうした例は社会変動の徴候として興味深いといえます。他方で、それではある一定規模の(例えば、数万人の自治体規模の人々が)オルタナティブの生活システムによって生活を遂行できるかといえば、そのような例を探すのは容易ではありません。

2) 複合性の定義について。142頁では、複合性は、要素と要素が接合する「潜在能力の限界」が増大するという点から定義されていますが、149頁では単に、接続連関の「可能性の増大」という点から定義されています。

 まず定義論ということでいいますと、複合性の定義のポイントは、要素の接続の「選択性」というところにあります。したがって、142頁の部分でいえば、多数の接続可能性がある中で接続の内在的限界によって現実化する接続が多数の可能性からの「選択」として成立するときに、その選択のことを「複合的」というふうに呼ぶわけです。
 149頁の記述もこの論理を下敷きに書いています。つまり、機能システムの分出によって、社会が全体として多数のコミュニケーションの接続可能性を有するときに、それぞれの現実化した(実践された)コミュニケーションはきわめて選択的なコミュニケーションとなる、ということです。
 定義論からすれば、以上のようなことですが、この論理が橋本さんの述べられる「理論的可能性の増大と実践的可能性の限界の共同進化」につながることは確かです。つまり、想定可能な接続可能性の増大と実践された一部の可能性が相互に比較考量され、予想もできないかたちで、新たな接続可能性の模索につながるといえます。
 現代では、様々な情報蓄積・検索・アクセスの技術が進歩しており、知識の蓄積と吟味、実践、再創出の営みがとてつもない規模でおこなわれています(歴史的近代にそれが可能になったのも、大量印刷に代表される技術革新とその産物の普及によるところが大きいわけです)。さしあたりのコメントとして言えるのは、社会的ゼマンティクの進化にとって、このような共同進化の現象が、まず無数の「変異Variation」の創出という点において短期的にも長期的にも極めて大きなものをもたらすだろう、ということです。

3) 第四章は「理論的中間考察」となっていますが、最終的には図表7-2でまとめられているように、時間次元は、ゼマンティーク領域の一局面にすぎず、本書全体の中で「中間考察」と呼ぶべき位置を占めていない、という印象を持ちました。

第4章を「理論的中間考察」と題したのは、多少理論的な議論に踏み込むためでした。時間ゼマンティクが本全体の、重要な一部ではあっても、要の要素ではないことは確かであり、ご指摘のとおりであります。

4) 「移行期」に生じたゼマンティークとしてルーマンがあげているものは、ウェーバーの分析が示すような、その後の近代社会の原動力(歴史的因果関係の動因)となったものなのか、それともそうした要因とは異なる派生物なのか、という問題があると思います。

機能的分化への橋渡しをした観念としてルーマンが位置づけているもの、例えば、オネットムやパッションのゼマンティクなどは、単なる派生物というよりは、近代社会へとつながるものと考えられていたと思います。ただし、それらは、現代に至るまで持続的にその影響を行使するようなものではなく、ある一時期にある社会領域において橋渡しの役割を果たし、そして歴史の海に沈んでゆくものです。このことは、ジジェクが『為すところ知らざればなり』でふれていたジェイムソンの vanishing medhiator という概念でも捉えられるのではないかと思っています(ジェイムソンは、例としてウェーバーの論じたプロテスタンティズムの倫理をあげているようです)。
 他方、社交的相互作用の進化を論じた部分での議論は、貴族階級の没落とともに政治的コミュニケーションと社交界の分化が進展する様を描いたものです。その中で、オネットムは個人の、フリーメーソンの思想は社会秩序の理想像を担ったものでしたが、機能システムの構築につながるものではなく、その意味で、しだいに傍流へと流れ込み、そして思想的な歴史的遺産へと変わっていったものだと思います。

「意味」が問題として先鋭化するのは、もしかすると、ほとんどの場合、歴史的に無意味な活動なのかもしれません。こういう問題について、どう思いますか。

 政治的勝利であれ、経済的繁栄であれ、そのような領域での冷徹な社会的論理のもとで営まれる領域では、「意味」は飾りとして道具的な役割しか果たさないのかもしれません。例えば、騎士の名誉や矜持心、利害対立を離れた楽しみの会話、宗教的自己犠牲といった、行為そのものの「意味」によって下支えされる領域でこそ、意味は意味としての独自の進化を進展させるのかもしれません。しかし、それはつねに哀愁漂うものでもあります。さらに考えてみたい問題です。

5) 図表7-2で、その他に分類されているものは、ルーマンの歴史社会学の中で、ゼマンティークの移行が明確に論じられていない領域だということでしょうか。

いえ。これは表の作り方がまずかったのかもしれませんが、「その他」のものは、特定のインデックス(例えば、「人間学」とか、「時間」とか)をつけられないものや、3つの時期をとおしてその変化を(ルーマンの議論の中には)追跡できないものであることを示しているもので、それぞれが、どの時期において首肯性を帯びたものとなったかを示しています。
 今度お会いしたときにでもあらためて説明いたします。


以上です。

 余談ですが、一観光者としてエンパイアステートビルに登り、NYの街をながめつつ、もしこのビルがいまテロによって崩壊したら日本に残してきた個人的に関わりの深い人たちを脳裏に浮かべて死んでゆくだろうなどと少々恐ろしくもなりつつ思いました。しかし、そんな外国人の一当事者の思いとは別に、その出来事は、アメリカの新たな「国民的悲劇」として物語化-歴史化されるだろうと思うと、いかに歴史が(当事者とは直接かかわりのない)生者たちのための物語であるかと考えさせられました。

【後略】