このページは、信頼研究の動向を紹介する論文集 『信頼を考える』 の刊行を記念して開催するブックフェア 「リヴァイアサンから人工知能まで」 をご紹介するために、WEBサイト socio-logic.jp の中に開設するものです。 本ブックフェアは、2018年8-9月に、勁草書房の協力を得て、紀伊國屋書店 新宿本店三階にて開催されました。フェア開催中、店舗では 選書者たちによる解説を掲載した32頁のパンフレットを配布しましたが、このWEBページには その内容を収録しています。 なお、2014~2017年にも、本フェアと同様の趣旨のブックフェアを開催しました。そちらの紹介ページもご覧いただければ幸いです:
またプロデューサーは別ですが、こちらもぜひどうぞ: |
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信頼は様々に語られます。「ビジネスでは信頼が命綱だ」と言われたり、「専門家に対する信頼を取り戻す必要性」が語られたり、自動車ブランドの「信頼性ランキング」が発表されたりもします。言葉のうえでも──英単語で記せば── trust, trustfulness, trustworthiness, belief, faith, confidence, credit, credibility, reliance, reliability などなど、そもそも一つに まとめられる事柄なのかどうかも あやしいくらいに たくさんの語彙が用意され、使い分けられています。こうした幅の広さと多様性に応じて、信頼にかかわる研究も、産業、医療、教育など様々な領域で、また哲学・倫理学、工学、心理学、経済学、政治学、社会学など様々な学科で展開してきました。論文集『信頼を考える』【001】は、そうした多領域の研究を概観するために、哲学者の呼びかけで集まった複数分野の研究者が、思想史からロボット・人工知能研究にいたる諸分野における研究状況のレビューをおこなったものです。
このブックフェアは、「信頼」というこの大きな広がりと多様性を持つテーマを書籍遊猟者たちにも利用していただこうという趣旨のもと、諸分野の良書を読書人に紹介することを狙いとして企画したものです。この趣旨に沿って、
『信頼を考える』執筆者有志の皆さんに、
などを紹介していただきました。
いつも立ち寄る書棚の中で書籍の広がりを確かめたり、普段は立ち寄らない本棚の前で立ち止まってみたり。そんなふうに、書棚をいつもと違った眼で眺めるために このブックリストを利用していただけたら幸いです。(酒井泰斗)
多彩な分野の若者たちの「信頼」によって初めて成り立った概念分析と経験的研究の理想的な結合。
信頼研究の全貌をつかみたい人にオススメ、は当たり前だが、「学際研究」をどうやって進めたらよいのかわからないとお嘆きの方々(いるのか?)にはさらにオススメ!
戸田山和久(哲学)
※ リスト中「参考」とした書籍は、解説文中には触れられていないものの選者がテーマに関連する書籍として選書したものです。
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002 | リヴァイアサン 1 | ホッブズ著 水田洋訳 | ¥960 | 岩波書店 |
リヴァイアサン 2 | ホッブズ著 水田洋訳 | ¥1,200 | 岩波書店 | |
リヴァイアサン 3 | ホッブズ著 水田洋訳 | ¥1,200 | 岩波書店 | |
リヴァイアサン 4 | ホッブズ著 水田洋訳 | ¥970 | 岩波書店 | |
003 | 法の原理 | トマス・ホッブズ著 高野清弘訳 | ¥3,600 | 行路社 |
004 | 哲学の歴史 5 デカルト革命 | 小林道夫責任編集 | ¥3,600 | 中央公論新社 |
005 | 神学・政治論 上 | スピノザ著 吉田量彦訳 | ¥1,300 | 光文社 |
神学・政治論 下 | スピノザ著 吉田量彦訳 | ¥1,200 | 光文社 | |
006 | デカルト、ホッブズ、スピノザ 哲学する十七世紀 | 上野修 | ¥920 | 講談社 |
007 | ライプニッツ著作集 第II期2 法学・神学・歴史学 | G・W・ライプニッツ著 酒井潔 佐々木能章監修 | ¥8,000 | 工作舎 |
008 | Trust in Early Modern International Political Thought, 1598–1713 | Peter Schröder | ― | Cambridge University Press |
009 | 近代史における国家理性の理念 | マイネッケ著 菊盛英夫・生松敬三訳 | ¥7,200 | みすず書房 |
010 | 国家・教会・自由:スピノザとホッブズの旧約テクスト解釈を巡る対抗 | 福岡安都子 | ¥7,600 | 東京大学出版会 |
参考 | リヴァイアサン叙説 | マイケル・オークショット著 中金聡訳 | ¥2,700 | 法政大学出版局 |
現在の信頼研究の源流はいわゆる「ホッブズ問題」まで遡ることができる。理論社会学などの領域で議論されるホッブズ問題とは、社会的秩序はいかにして可能かという問題である。『信頼を考える』【001】第1章でも論じたように、ホッブズ自身の著作に即して考えると、それは、相手に関する情報がない状況下で相手を信頼する根拠はどこに見出されるか、という問題であった。>>解説文を開く/閉じる
近年、ホッブズの著作の日本語訳の刊行が進んでおり、「天才の世紀」と呼ばれた17世紀の思想界を牽引することになるこの巨人を、従来のような政治思想にとどまらない多様な関心から読むことができる環境が整いつつある。清教徒革命の余波のもと、政治的・宗教的対立で揺れるイングランドの社会的状況から距離を置き、豊かな古典的教養に根ざした人間本性についての哲学的考察を交えつつ、国家が存在しない自然状態という仮想的状況から国家設立のプロセスを描き出すホッブズの著作(『リヴァイアサン』【002】、『法の原理』【003】)がまずは読まれるべきであろう。
ホッブズが切り拓いた信頼研究の行方を追いかけたい気持ちを抑えつつ、 『哲学の歴史 第5巻 デカルト革命』【004】を携えて、いましばらく17世紀ヨーロッパに留まり、国家をめぐる哲学者たちの思索をたどりたい。次は、ホッブズの『哲学原理』をその書棚に納めていたことが確認されているオランダの哲学者スピノザに進もう。聖書を解釈し、神への服従と哲学する自由を高らかに謳った『神学・政治論』【005】を卓抜の新訳で読もう。この書物は匿名で出版され、たちまち無神論のレッテルを貼られ、スキャンダルを巻き起こすことになるが、スピノザは『神学・政治論』では維持されていた社会契約説の立場から一歩踏み出し、『政治論』で独自の国家設立論を構想するようになる。『エチカ』における人間理解に基づいて、ホッブズが提起した「最初の契約」がいかにして可能となるのかという問いを解明したスピノザの説を鮮やかに浮かび上がらせた論文「残りの者――あるいはホッブズ契約説のパラドックスとスピノザ」を収録する上野修『デカルト、ホッブズ、スピノザ 哲学する十七世紀』【006】がなによりも読まれるべきである。
また、ホッブズから影響を受けた哲学者として、ドイツのライプニッツの名前も忘れることができない。若き日に、ホッブズあてに「貴方以上に精確に、明晰に、そして優美に哲学した人を、かの神的な才能をもったデカルトその人を含めてもなお誰も知らない」と最大のリスペクトを捧げるファンレターを送ったライプニッツは、およそ30年後に書かれた対話篇『人間知性新論』において、ライプニッツの代弁者であるテオフィルに、ジョン・ロックを代弁するフィラレートに対して、「あなたがホッブズ氏の見解から隔たっていらっしゃるのがわかり、私は嬉しく思います」と語らせているように、評価を一転させる。この転回の背景の一つには、主意主義に反対し、グロティウスに接近し、「神への自愛」としての正義を掲げるライプニッツ独自の国家論がある。ライプニッツがこうした国家論を形成する過程は、『自然法の諸要素』『正義の共通概念についての省察』を収める 『ライプニッツ著作集 第II期 第2巻 法学・神学・歴史学』【007】によって詳細に知ることができる。
ここまで読まれた読者は、初期近代のヨーロッパの政治思想を「信頼」という観点から俯瞰する Peter Schroederによる近年の研究 Trust in Early Modern International Political Thought 【008】、本来国民の生命財産を守るためにさまざまな制約を持つ国家が、ときとしてそうした制約を反故にすることがあるという国家理性の歴史を追ったマイネッケの古典的名著『近代史における国家理性の理念』【009】、『リヴァイアサン』第3部の聖書解釈と『神学・政治論』の聖書解釈を比較する画期的な思想史研究である福岡安都子『国家·教会·自由』【010】を楽しむことができる準備が整っているはずである。(稲岡大志)
聖書は信用できるのか? 理性と懐疑の十七世紀、時代の不安はそこにあった。
『神学政治論』の答えは意表を突く。聖書は真理を教えない。ただ証明なき隣人愛の命令と、それへの服従のみを教える。だから信頼できるのだと。国家の法は教えを実効化する。要は服従があればよいのであって、各人がどのような信条からそうするのかは問われない。
言論の自由を無知なる者たちの救いのために主張する哲学者。彼はだれの味方でもない。
上野 修(哲学)
ホッブズ、デカルト、スピノザ、ライプニッツ。
17世紀のヨーロッパは人類史に燦然と輝く天才が大活躍した時代。
この一冊で天才たちによる獅子奮迅の快進撃を存分に味わおう!
011 | 人間本性論 第1巻:知性について | デイヴィッド・ヒューム著 木曾好能訳 | ¥16,000 | 法政大学出版局 |
人間本性論 第2巻:情念について | デイヴィッド・ヒューム著 石川徹・中釜浩一・伊勢俊彦訳 | ¥9,800 | 法政大学出版局 | |
人間本性論 第3巻:道徳について | デイヴィッド・ヒューム著 伊勢俊彦・石川徹・中釜浩一訳 | ¥8,600 | 法政大学出版局 | |
012 | Moral Prejudices | Annette C. Baier | ― | Harvard University Press |
013 | 慣習と秩序の経済学 | ロバート・サグデン著 友野典男訳 | ¥4,000 | 日本評論社 |
014 | 自由の秩序 | W. ケアスティング著 舟場保之・寺田俊郎監訳 御子柴善之・小野原雅夫・石田京子・桐原隆弘訳 | ¥7,000 | ミネルヴァ書房 |
015 | Kantian Ethics | Allen W. Wood | ― | Cambridge University Press |
016 | 判断力批判 | カント著 熊野純彦訳 | ¥7,600 | 作品社 |
017 | カント 美と倫理とのはざまで | 熊野純彦 | ¥2,300 | 講談社 |
018 | 功利主義論集 | J.S. ミル著 川名雄一郎・山本圭一郎 訳 | ¥3,800 | 京都大学学術出版会 |
019 | 社会学の根本問題:個人と社会 | ジンメル著 清水幾太郎訳 | ¥580 | 岩波書店 |
参考 | 道徳形而上学の基礎づけ | カント著 中山元訳 | ¥1,080 | 光文社 |
参考 | 永遠平和のために 啓蒙とは何か 他3編 | カント著 中山元訳 | ¥700 | 光文社 |
参考 | 正義の境界 | オノラ・オニール著 神島裕子訳 | ¥5,200 | みすず書房 |
『信頼を考える』【001】の第Ⅰ部で論じられるように、信頼研究の源流には、いかにして社会的秩序を構築することができるかを追究する「秩序問題」の問いがある。この問いはホッブズ以来の社会的契約論の伝統をつらぬき、ヒューム、カントという18世紀の西洋思想を代表する哲学者もまた秩序問題に取り組んでいた。>>解説文を開く/閉じる
それぞれの取り組みを注意深く検討してみると、なにかと対比されがちな二人の哲学者に意外な共通点もまた見えてくる。それは生き残るためには手段を選ばない、ホッブズ的な個人の合理性よりもむしろ、個人のあいだに交わされる「共感」、あるいは「想像力」に支えられた社会関係から「秩序問題」に応答しようとする姿勢である。この社会関係には現在のわたしたちが信頼と呼ぶものも含まれており、ここに哲学史と信頼研究の結節点の一つを見出すことができる。
実際、信頼の研究者はしばしばヒュームの道徳論、とりわけ正義、約束、言語といった社会制度の成り立ちをめぐる『人間本性論』【011】の議論から豊かな洞察を引き出してきた。この議論に足を踏み入れるために、まず手にとってほしいのは木曾好能による『人間本性論』第1巻の翻訳である。訳者の精確な訳注、解説を手引きに読み進めれば、ヒューム哲学の基礎としての知性論が少しずつ解きほぐされ、その先の情念論と道徳論に進む準備が整えられるだろう。ヒュームの道徳論に関しては、『人間本性論』第3巻の翻訳、またその解釈として Annette C. Baier の一連の研究【012】が参考になる。『信頼を考える』の第2章で言及されるように、Baier はヒュームの「共感」をはじめとする道徳論の検討を通じて、信頼関係が証拠に基づく推論だけでなく、個人間の情念のネットワークによって形成されるという「情動的信頼論」の原型をつくりあげた。「秩序問題」に対するヒュームのインパクトをさらに追いかけたい読者には、哲学研究にとどまらず、たとえばロバート・サグデン『慣習と秩序の経済学』【013】から社会科学のヒューム主義に進んでほしい。
他方、ヒュームのような情動的アプローチは、理性に基づく厳格な義務論を打ち立てた(はずの)カントには無縁と思われるかもしれない。だが、感情を排した義務論というイメージはカント哲学の戯画に過ぎず、実のところ、カントの道徳論の射程は身体と感情を有した人間同士の社会関係に及んでいる。その全体像を知るための導きとして、カントの法と道徳の関係をつまびらかにするヴォルフガング・ケアスティング『自由の秩序』【014】、そして英語になるが、カント道徳論を人間学を含んだものとして提示する Allen Wood Kantian Ethics【015】を挙げておきたい。その上で、「秩序問題」に対するカント主義の可能性を明らかにするのは社会関係と感情をめぐるカント自身の著作、とりわけ『判断力批判』【016】における趣味の批判である。難解で知られる『判断力批判』だが、熊野純彦の『美と道徳のあいだ』【017】を解釈の手がかりとして読み進めれば、このテキストから一種の社会哲学、すなわち想像力と感情に基づく社会関係の形成理論を読みとることもできるだろう。
社会的秩序の構築をめぐるヒュームとカントの洞察は、他の問題領域における彼らの知的貢献と同様、さまざまな哲学者に吟味され、受け継がれて現在に至る。その歴史をたどりたい読者には、さしあたって「共感」と効用原理をめぐるジョン・スチュアート・ミルの著作、そして「社交」を通じて社会の成り立ちに迫るゲオルク・ジンメルの著作をすすめたい。いずれも古典としての位置を占める『功利主義論集』【018】と『社会学の根本問題:個人と社会』【019】だが、これらを導きとしてヒューム、カント以後の「秩序問題」の行方を追うこともできるはずである。(永守伸年)
たがいに特別な思いやりをもたない人間どうしが、どうして力ずくの争いに陥らずにいられるのか。
そればかりでなく、たがいに助け合うことさえできるのか。
人間の心を社会的結合に向かわせる機構を探求する古典。
伊勢俊彦(哲学)
法哲学に関心を抱くすべての人に。
法とは何か、カントと共に考え抜くことのできる一冊。
第一線の研究者たちの精確な訳出による、待望の翻訳!
あまりに有名でありながら、あまりに多くの誤解にさらされてきたカント倫理学。「感情を無視した形式主義」、「帰結に配慮しない義務論」、「例外を認めない厳格主義」。これらの誤解をただし、平明な言葉づかい、明晰な論証によってカント倫理学の全体像を明らかにする名著。(とても読みやすい英語で書かれています!) 永守伸年(倫理学)
020 | 日常性の解剖学 | G. サーサス H. ガーフィンケル H. サックス E. シェグロフ著 北澤裕・西阪仰訳 | ¥3,000 | マルジュ社 |
021 | Harold Garfinkel | Dirk vom Lehn | ― | Left Coast Press |
022 | お世辞を言う機械はお好き? | クリフォード・ナス コリーナ・イェン著 細馬宏通監訳 成田啓行訳 |
¥3,000 | 福村出版 |
023 | 弱いロボット | 岡田美智男 | ¥2,000 | 医学書院 |
024 | 模型は心を持ちうるか | ∨. ブライテンベルグ著 加地大介訳 | ¥2,200 | 哲学書房 |
025 | コンピューター・パワー | ジョセフ・ワイゼンバウム著 秋葉忠利訳 | ¥3,107 | サイマル出版会 |
026 | インタラクション:人工知能と心 | 上野直樹・西阪仰 | ¥2,000 | 大修館書店 |
027 | だれか、ふつうを教えてくれ! | 倉本智明 | ¥1,200 | イースト・プレス |
028 | 介助現場の社会学 | 前田拓也 | ¥2,800 | 生活書院 |
029 | 介護するからだ | 細馬宏通 | ¥2,000 | 医学書院 |
社会学のひとつの潮流であるエスノメソドロジーの創始者ハロルド・ガーフィンケルは、その研究活動の初期において、パーソンズを経由したホッブズの信頼に関する議論を出発点として、人びとの日常生活の共同性の基盤としての「信頼」に注目した(『日常性の解剖学』【20】、Harold Garfinkel 【21】)。>>解説文を開く/閉じる
この議論がなされた時期にガーフィンケルがやったことは非常にユニークだ。なんと、社会学の研究として実験をしている(人を対象とした実験を社会学は慣習的にあまりやりたがらない)。たとえば、「ここではふつうそうするだろう」と思われていることを人為的に破り、その場面の人びとを当惑・混乱させるという実験。あるいは、被験者に自身の悩み事について10個の質問をカウンセラーにするように指示し、それに対してカウンセラーはYES/NOのいずれかの回答を「ランダムに」与えるという実験。ガーフィンケルのこれらの取り組みの面白みを味わえる本をいくつか紹介しよう。
まずは、ナス&イェンの 『お世辞を言う機械はお好き?コンピューターから学ぶ対人関係の心理学』【22】を挙げたい。この本を読んだとき、筆者は、「どの実験の被験者も、よくわからない状況に対してどうにか辻褄を合わせたり、眼の前の出来事を特定のパターンの証拠として見ようとするなどしてなんとか状況に自身を合わせ、途中離脱することもなく実験を完走していて偉い」と感心した。ガーフィンケルが信頼論文でやった実験の眼目のひとつはまさにこういうことだ。邪道な読み方ではあるが、人間の「うまいこと状況に合わせる」という実践の面白さをたくさん読むことができるという一点で選書している。
次に移ろう。ガーフィンケルは、実験によって「ここではふつうそうするだろう」に介入し、そもそもそこでの「ふつう」とはどのようなことなのかということと、それが揺るがされた場合の修復の技法(あるいはそこで新たに生成された秩序)を見ようしていた。別にこれはガーフィンケルの専売特許ではない。たとえば、ロボット工学者がやるフィールド実験の多くは、程度の差はあれそういう側面をもっているように見える。そして、そこでは、ガーフィンケルと関心を共有しつつ、様々な発展的問いが検討されている。
そこで岡田美智男の 『弱いロボット』【23】を挙げたい。我々とは異質だが、でも関わり合いをついもちたくなるような要素を持つロボットがフィールドに持ち込まれたらどうなるのか。あるロボットをフィールドに持ち込み、子どもたちとの関わり合いを観察するなかで、関係性が築かれる様子を観察しながら、岡田はとあるCMの言葉を引いて、「ふつう」と「心」のかかわりについてこのように言う。「心は誰にも見えないけれど、心づかいは見える」、と。これは、心とか知能、意図、信頼といった、個人の内部に存在するものとして設定されてきたものを、他者とのかかわりのなかで扱われるものとして捉えなおしてみよという提案だ。このような議論に先鞭をつけたものとして、情報工学分野で知能や心に挑んだ、ブライテンベルク『模型は心を持ちうるか』【24】、ワイゼンバウム『コンピュータ・パワー』【25】があるが、こういった古典に目を通すのも楽しいだろう。これらの議論を適宜参照しながら、エスノメソドロジーの観点により検討を与えたものとして、上野直樹・西阪仰『インタラクション』【26】がある。これもオススメだ。対談形式で大変読みやすい。
最後に、「そもそもそこでの『ふつう』とはどのようなことなのか」という点について。「ふつう」はしばしば、異なる他者や出来事との出会いによって相対化され、揺るがされる。これについて考えるための本として、自身が視覚障害者である倉本智明による 『だれか、ふつうを教えてくれ!』【27】と、身体障害者の介助者としての経験を通して書かれた前田拓也『介護現場の社会学』【28】を推薦したい。両書とも、「自分自身」と相対する「異なる他者」とのかかわりを通して「ふつう」のあり方を問う好著である。「ふつう」が達成されることそれ自体の合理性や巧妙さへの著者自身の驚きをエッセイ風にまとめた細馬宏通『介護するからだ』【29】は、上述の2冊とは異なる角度で「ふつう」を論じており、こちらも併せて読むとよいだろう。(秋谷直矩)
認知科学者だった上野直樹さんは、心を身体の内部に探ることに強い違和感を持っていた。一方、エスノメソドロジーは、相互行為組織の一側面として心の帰属を捉えるという形で、心と向き合っていた。
こうして、上野さんの関心を、私がエスノメソドロジー的思考のなかに位置づけ、エスノメソドロジー的な関心を、上野さんが自身の研究と関係づけるという、対談形式で書かれた本書が誕生することになった。
西阪 仰(エスノメソドロジー)
030 | 信頼 | ニクラス・ルーマン著 大庭 健・正村俊之訳 | ¥3,500 | 勁草書房 |
031 | 市民的自由主義の復権 | 小山 裕 | ¥4,500 | 勁草書房 |
032 | 触発するゴフマン | 中河伸俊・渡辺克典編 | ¥2,800 | 新曜社 |
033 | ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学 | エトムント・フッサール著 細谷恒夫・木田元訳 | ¥1,190 | 中央公論新社 |
034 | 現象学の根本問題 | マルティン・ハイデガー著 木田元監訳・解説 平田裕之・迫田健一訳 | ¥4,800 | 作品社 |
035 | 現実の社会的構成 | ピーター・バーガー トーマス・ルックマン著 山口節郎訳 |
¥2,900 | 新曜社 |
036 | 新版 経営行動:経営組織における意思決定過程の研究 | ハーバート・A・サイモン著二村敏子・桑田耕太郎・高尾義明・西脇暢子・高柳美香訳 | ¥5,000 | ダイヤモンド社 |
037 | 社会の道徳 | ニクラス・ルーマン著 馬場靖雄訳 | ¥4,500 | 勁草書房 |
038 | 権力 | ニクラス・ルーマン著 長岡克行訳 | ¥3,500 | 勁草書房 |
039 | 権力と社会 | ハロルド・D・ラスウェル エイブラハム・カプラン著 堀江 湛・加藤秀治郎・永山博之訳 |
¥3,000 | 芦書房 |
040 | 統治するのはだれか | ロバート・A・ダール著河村 望・高橋和宏監訳 | ¥3,800 | 行人社 |
041 | 社会の宗教 | ニクラス・ルーマン著 土方 透・森川剛光・渡會知子・畠中茉莉子訳 | ¥5,800 | 法政大学出版局 |
042 | 文化とコミュニケーション | エドマンド・リーチ著 青木 保・宮坂敬造訳 | ¥1,845 | 紀伊國屋書店 |
043 | 汚穢と禁忌 | メアリ・ダグラス著 塚本利明訳 | ¥1,500 | 筑摩書房 |
044 | リスクの社会学 | ニクラス・ルーマン著 小松丈晃訳 | ¥3,800 | 新泉社 |
045 | リスク論のルーマン | 小松丈晃 | ¥3,400 | 勁草書房 |
参考 | ワードマップ エスノメソドロジー | 前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編 | ¥2,400 | 新曜社 |
参考 | 概念分析の社会学 2 | 酒井泰斗・浦野茂・前田泰樹・中村和生・小宮友根編 | ¥3,200 | ナカニシヤ出版 |
どうしたら他人から信頼されるだろうか。信頼に値するのはどんな人なのか。ニクラス・ルーマンの著作『信頼』【030】は──こうした問いに答えようとするものではなく──、こうした問いが人々のあいだに切実なものとして日々浮上してくる社会とは どのようなものなのか を検討した著作である。本書においてルーマンは、>>解説文を開く/閉じる
- 個人と社会の近現代的な相互依存的関係に関するジンメルやゴフマンの仕事(小山『市民的自由主義の復権』【031】、中河・渡辺編『触発するゴフマン』【032】)から出発し、
- 現象学の「生活世界」論(フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』【033】、ハイデガー『現象学の根本問題』【034】)を使って信頼現象を枠づけたうえで、そこに
- モートン・ドイッチの社会心理学実験や行動科学的行政学など(06「社会心理学と行動科学」)の知見を盛り込むかたちで
議論を構成した。
ちなみに 2 と 3 の折衷は、生活世界的制約条件を 人間の体験処理能力の有限性に由来するものと見たうえで(バーガー&ルックマン『現実の社会的構成』【035】)、それをサイバネティクスや行動科学において取り組まれていた「複雑性」という問題(サイモン『新版 経営行動』【036】)へと関連づけたところに成り立っている。『信頼を考える』【001】第4章では、このうち特に 3 についてやや詳しく解説をおこなった。
『信頼』からは、その後のルーマンの仕事への多くの線が走っている。
一方で、現代の社会生活における主要な信頼の形態は、まずは人格を備えた自由な個人同士のものである。それは自由という他人の不気味な能力に対処する標準的な形式であり、たやすく「人としてどうなのか」という道徳的評価へと結びつく(これに関連して『社会の道徳』【037】ではロックやスコットランド啓蒙まで立ち返って「人格」概念の変遷が検討されている)。他方で、こうした個人間の人格的信頼は、機能分化した非人格的な社会秩序によってこそ容易にされており、またそうした非人格的秩序が成り立つためには個々人による非人格的秩序への信頼が必要なのである。
加えて、そもそも信頼が広く問題になりうるには、「未来の出来事は現在の選択に左右される」という未来指向が普及している必要がある。そのためには「これまでと同様に やるべきだ (やるしかない)」という過去指向的構え(~生活世界的制約)の突破が必要であったが、それは──ルーマンの考えでは──〈自由な個人/社会の機能分化〉というセットの登場をともなって生じたのである。ルーマンは、このうち機能分化については「生活世界的制約の技術的突破」という構図のもとで論じており、たとえば『権力』【038】はその一変奏である。そこではラスウェル(『権力と社会』【039】)からダール(『統治するのはだれか』【040】)にいたるまでの行動論的政治学(06「社会心理学と行動科学」)に多くを学んでいる。また生活世界的制約については主として宗教論で扱っており(『社会の宗教』【041】)、この論脈ではたとえばリーチ『文化とコミュニケーション』【042】やダグラス『汚穢と禁忌』【043】といった社会人類学・象徴人類学の仕事が活かされている。
そして未来指向は、「未来は自分たちの手で変えられる」という希望とともに「進歩」や「発展」の観念と結びついたり、「リスクをとって利益を追求する」といった仕方でのアクティブな振る舞いへとひとを導くこともあれば、「他人の選択によって危険な目にあうかもしれない」というかたちで、見通しえない未来や社会に対する不安と結びつくこともある ( 『リスクの社会学』【044】、小松『リスク論のルーマン』【045】)。今日のように、「信頼」「リスク」「危険」といった語彙が誰にとっても切実で重要なものとなったのは、近代への途上における そうした未来指向への転換によってこそなのである。
このようにルーマンの仕事は、人格、個人、自由、人権、信頼、リスク、危険などなどといった、我々がすでに馴染んでしまっている文化的沈殿物を社会進化上の獲得物として取りあげ、そうした観念の周囲で日々生じてくるありふれた問題の成立可能性条件を検討するものである。それは、我々がその内に投げ入れられ・馴染み・暮らしている現代の社会秩序に対する反省の作業として読まれなければならない。(酒井泰斗)
リスクがあろうと、現代に生きるわれわれは、組織や機能分化した諸システムを信頼せざるをえない。
合理性の限界をもつ人間の意思決定から組織を捉えることで、システム信頼を考察する新たな視点を示す現代組織論の名著。
高尾義明(経営学)
宗教が右手で人々を救い・左手で殺し合わせるのと同様に、道徳は人々を連帯させ、また争わせる。およそこの世のどんなものも〈人としてどうなのか〉を問うことで道徳的評価に晒すことができるが、そうすることのリスクを顧みることが 道徳には できない。科学、法、政治、経済といった諸領域は道徳的評価の免疫化とともに分化するが、分化はまた道徳的非難の対象ともなる。
046 | 信頼にいたらない世界 | 数土直紀 | ¥2,800 | 勁草書房 |
047 | 日本における政治への信頼と不信 | 善教将大 | ¥4,000 | 木鐸社 |
048 | 現代市民の政治文化 | G・A・アーモンド S・ヴァーバ著 石川一雄・片岡寛光・木村修三・深谷満雄訳 |
¥4,400 | 勁草書房 |
049 | 行為の総合理論をめざして | T.パーソンス E.A.シルス編著永井道雄・作田啓一・橋本真共訳 | ¥3,800 | 日本評論新社 |
050 | 現代政治学と歴史意識 | G.A.アーモンド著 内山秀夫・川原彰・佐治孝夫・深沢民司訳 | ¥3,500 | 勁草書房 |
051 | 哲学する民主主義 | ロバート・D・パットナム著河田潤一訳 | ¥3,900 | NTT出版 |
052 | ソーシャル・キャピタルのフロンティア | 稲葉陽二・大守隆・近藤克則・宮田加久子・矢野聡・吉野諒三編 | ¥3,500 | ミネルヴァ 書房 |
053 | 孤独なボウリング | ロバート・D・パットナム著 柴内康文訳 | ¥6,800 | 柏書房 |
054 | アメリカのデモクラシー 第一巻(上) | トクヴィル著 松本礼二訳 | ¥970 | 岩波書店 |
アメリカのデモクラシー 第一巻(下) | トクヴィル著 松本礼二訳 | ¥1,200 | 岩波書店 | |
055 | つながる | 宇野重規責任編集 | ¥2,400 | 風行社 |
056 | Democracy and Trust | Mark E. Warren (ed.) | ― | Cambridge University Press |
057 | 社会理論の基礎(上) | ジェームズ・コールマン著久慈利武監訳 | ¥7,000 | 青木書店 |
社会理論の基礎(下) | ジェームズ・コールマン著久慈利武監訳 | ¥7,500 | 青木書店 | |
058 | リーディングスネットワーク論 | 野沢慎司編・監訳 | ¥3,500 | 勁草書房 |
政治と信頼をめぐる議論の基本的な構図はこうだ。自由な諸個人からなる社会において、人びとがお互いに疑心暗鬼になることなく決めごとをしながら暮らしていくためには、人びとの間での信頼と、そうした信頼を担保するための制度が必要になる。けれども、そうした制度が人びとの間での信頼を担保できるかどうかは、その制度が信頼されているかどうかにかかっている。>>解説文を開く/閉じる
循環論法に陥りがちなこの構図を簡潔に示すのが数土直紀『信頼にいたらない世界』【046】である。そして、日本において政治を信頼するということがどういうことなのかをデータによって具体的に提示するのが、善教将大『日本における政治への信頼と不信』【047】である。
ある社会集団としての人びとがお互いを信頼に足るものとして考えているかどうか、そして自らの属する政治システムを信頼しているかどうかということは、つきつめれば一種の"文化"を構成していると考えられる。こうした"文化"から政治のあり方を考えようとしたのが、およそ半世紀前の行動論政治学が生み出した政治文化論である。その代表作がアーモンドとヴァーバによる 『現代市民の政治文化』【048】であり、これはパーソンズ理論(『行為の総合理論をめざして』【049】)をもとに体系的な理論を構築したうえで、5か国5,000名へのインタビュー調査をもとに得たデータを計量的に処理するという、壮大で大胆な試みであった。アーモンド『現代政治学と歴史意識』【050】は、政治文化論誕生前後の野心や気概を今に伝えている。少し大げさに聞こえるかもしれないが、行動科学時代に生まれた政治文化論は、政治学の世界観を変えたのである。
次に、政治文化論の世界観を引き継いだ現代の信頼研究において、絶対に外せないパットナムから二冊を挙げておこう。 『哲学する民主主義』【051】は、民主主義を支えるさまざまな政治制度がうまく機能するためには、市民社会における人びとのあいだでの信頼を核としたソーシャル・キャピタルが重要であることを実証したものである。この研究には非常に多くの賞賛と批判が寄せられたが、著者本人が述べるような探偵物語風のストーリー展開と緻密な論理構成は、今読んでもとてもわくわくさせられる。おそらく本書が存在しなければ、ソーシャル・キャピタル概念は政治学でそれほど注目されなかったにちがいない(ソーシャル・キャピタル論のその後の展開については稲葉陽二ほか編『ソーシャル・キャピタルのフロンティア』【052】が詳しい)。他方で、『孤独なボウリング』【053】は、パットナムがソーシャル・キャピタル概念を用いて現在のアメリカ社会におけるつながりの脆弱化に警鐘を鳴らしたものである。トクヴィルによる不朽の名著『アメリカのデモクラシー第一巻』【054】に連なるパットナムの議論は、市民社会におけるさまざまな連帯を回復させようとする公共政策哲学にもつながっていった。その問題関心の広がりと深度については、ご近所付き合いからホッブズ的秩序問題までを視野に収めた宇野重規編『つながる』【055】がコンパクトにまとめている。パットナムの問題関心であった信頼と民主主義の関係に話を絞れば、Warren編の Democracy and Trust 【056】へと進んでみるべきだろう。
ソーシャル・キャピタル論を深く知るためには、ソーシャル・キャピタル概念を構成するさまざまな要素に目を向けてやる必要がある。パットナムが用いたソーシャル・キャピタル概念は、主として社会学者のコールマンから援用されたものである( 『社会理論の基礎』【057】)。コールマンの眼目は、個人の合理性と取引というものを出発点としていかにして社会秩序を理論化できるかというものであった。この点からも分かるように、コールマンの理論は社会規範の存在を出発点として個人の行為を考えたパーソンズとは正反対の前提から作られているのである。そのような対照からソーシャル・キャピタル論と政治文化論を比較してみるのも興味深いだろう。もちろん、ソーシャル・キャピタル概念はコールマンだけでなく、さまざまなネットワーク論の潮流を引き継いでいる。コールマンのものも含め、主要なネットワーク論については野沢慎司編・監訳の『リーディングスネットワーク論』【058】が手引きとして便利である。(西山真司)
信じるということが"他者の行動に関する確率的な予測"以上のことを意味するのだとすれば、それはどうしてだろうか。
信頼の背後にある社会的な何かを問うことで、社会のかたちを浮かび上がらせ、そして私たちを取り巻く社会の様々な変化を明らかにする。
数土直紀(社会学)
間違いなく20世紀政治学の名著となるべき本。
政治が民主主義としてうまく機能するかどうかを、
信頼概念から説明しようとする本書は、社会科学のお手本としてしばしば評価されます。本書の影響は政治学だけでなく隣接諸科学にも波及し、信頼研究の一大ムーブメントを作りました。
――この本を読まずして政治と信頼の関係は語れません。
西山真司(政治学)
人びとが自分たち自身を統治する――これが民主主義の原則であるとすれば、民主主義の成功の鍵を握るのは、私たちが互いのことを"自分たち"と呼び合うための信頼ではないのか。
民主主義と信頼をめぐる原理的な問いに、一流の著者たちが挑む。
西山真司(政治学)
059 | 信頼の構造 | 山岸俊男 | ¥3,200 | 東京大学出版会 |
060 | リスクのモノサシ | 中谷内一也 | ¥970 | NHK出版 |
061 | 信頼学の教室 | 中谷内一也 | ¥760 | 講談社 |
062 | 心を名づけること(上) | カート・ダンジガー著河野哲也 監訳 | ¥2,900 | 勁草書房 |
心を名づけること(下) | カート・ダンジガー著河野哲也 監訳 | ¥3,000 | 勁草書房 | |
063 | アメリカ:コミュニケーション研究の源流 | E・デニス E・ウォーテラ編著 伊達康博・藤山新・末永雅美・四方由美・栢沼利朗訳 |
¥4,286 | 春風社 |
064 | 新版 紛争管理論 | モートン・ドイッチ ピーター・T・コールマン エリック・C・マーカス編 レビン小林久子訳・編 |
¥5,200 | 日本加除出版 |
065 | 増補 アメリカ政治学研究 | 山川雄巳 | ¥2,900 | 世界思想社 |
066 | 行動論政治学 | 坂野亘編 | ¥1,900 | 世界思想社 |
067 | ランド:世界を支配した研究所 | アレックス・アベラ著牧野洋訳 | 文藝春秋 | |
068 | システムの生態:組織・社会の哲学 | R.ホーグスロー著大友立也訳 | 不明 | ダイヤモンド社 |
069 | 予算編成の政治学 | A・ウィルダフスキー著小島昭訳 | ¥1,100 | 勁草書房 |
歴史的にみても量・質からいっても、現代的な信頼研究の中心は社会心理学にある。>>解説文を開く/閉じる
現在の社会心理学における信頼研究を考える上で、山岸『信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム』【059】を見過ごすわけにはいかない(『信頼を考える』【001】でも第4章・6章・12章で本書を取りあげた)。 一見相互に対する信頼で成り立っているように見える日本社会を特徴づけるのは「信頼」ではないどころか「信頼」の醸成は阻害されており、他者一般に対する信頼の高い人は「無条件に相手を信頼するお人好し」なのではなくむしろ他者が信頼に値する人物であるかを見極める社会的知性に長けた人間なのだ、といった目から鱗が落ちる発見がデータに基づいて示されており、山岸のその後の様々な著作とともに、目下進行中の、あるいは今後進行するであろう、日本社会の変化を考える上で欠かせない著作となっている。また議論が理論と実証の見事な融合により展開される様や、人間の心理が個人の内のみに存在するのではなく社会的環境との相互作用において発現するものであることを示した点など、社会心理学に留まらず様々な領域で活用できる教訓を与えてくれる仕事でもある。(高 史明)。
『信頼を考える』【001】第6章では中谷内 『リスクのモノサシ』【060】の整理を借りて態度変容研究・コミュニケーション研究を信頼研究の起源の一つとして紹介したが、ここではより手に入りやすく最近の研究までを一般読者むけに紹介した『信頼学の教室』【061】を推薦しておこう(07「ビジネス」も参照)。「社会的態度」が──1920年代後半以降急速に、そして1950年代以降爆発的に──学術用語として普及した事情──さらにはアメリカにおいて社会心理学が興隆し、のちの行動科学の勃興を準備した事情──は科学史的にみても重要なトピックだが、これについてはまずはダンジガー『心を名づけること』【062】の簡潔な論述を見て欲しい。また特に1990年代以降に進んだ学史的反省の一端は、コミュニケーション研究のヨーロッパ的ルーツから戦後の動向までをカバーしたデニス&ウォーテラ編『アメリカ:コミュニケーション研究の源流』【063】でうかがうことができる。
『信頼を考える』【001】第3章・4章では、社会学者ガーフィンケルとルーマンが、それぞれ社会心理学を参考にしながら、そこから外れていく方向で議論を展開したことを紹介した。ルーマンが依拠したモートン・ドイッチはクルト・レヴィン最後の弟子であり、その信頼研究も、レヴィン学派共通のテーマであった協調や紛争に関する研究のなかでおこなわれたものである(『新版 紛争管理論』【064】)。(酒井泰斗)
1940~50年代における行動科学の勃興は、心理学と人類学が先導し・そこに社会学が続くという形で展開した(山川『増補 アメリカ政治学研究』【065】)。このムーブメントに最も深甚な影響を受けたのは政治学であり、行動科学の導入による「行動論政治学」の誕生は政治学史上の“革命”と呼ばれることになった。そこに統一的な指針があったわけではないのだが、憲法などに示される公的な政治構造に視野が限定されていた20世紀初頭までの政治学を改め、観察可能な人間の行動からマクロな政治構造を分析するという傾向は最大公約数的に共有されていた(坂野編『行動論政治学』【066】)。この際に、データ分析のモデルとされたのが、当時「人間行動の科学」のなかで最も科学的であると考えられていた心理学である。もともとは制度についての学であった政治学が、信頼をテーマとして研究を行うことができるようになったのも、行動論政治学時代に心理学を模倣することによって、信頼のような ありふれた社会現象から政治を理解する素地が作られたからだと考えられる。(西山真司)
20世紀中葉における行動科学から認知科学への転回に際してランド研究所が果たした役割は大きい(アベラ『ランド』【067】。ちなみにドイッチが実験に用いた「囚人のジレンマ」もランド研究所で考案されたものである)。ガーフィンケル──ランド研究所員ボーグスロー(『システムの生態』【068】)と共同研究をおこなっていた──のエスノメソドロジーや、ルーマン──ランド研究所顧問であったサイモン(『新版 経営行動』【036】)とそのインパクト(たとえばウィルダフスキー『予算編成の政治学』【069】)の延長線上で研究を進めた──のシステム理論も、そうした転回の周縁で生じた さざなみ のようなものとして捉えることができるだろう。(酒井泰斗)
日本人の心の構造をえぐりだす。周到に設計された実験から繰り返し導かれる客観的ファクトの数々から目をそむけるな。——日本人は他人への信頼が低い。他人への信頼が低い人の方が騙されやすい。日本人は人目がなければ利己的にふるまう…。事実の認識は社会病理克服の第一歩である。この本を読めば、この心の構造がどんな社会システムで合理的で、それがどう変わると変革を迫られるのかがわかる。
そう。解決はお説教にはない。
松尾 匡(経済学)
私たちは、心はみえないものとして、それに関する考察を、哲学者に任せてしまうのだが、一方で感情や性格など、心を日常的的に観察してしまってもいる。ダンジガーは、心理学という知が、この不可視で捉えがたいはずの心を、いかに測定可能なように操作化し、作り出してきたかを明晰に論じる。言説・概念分析の最良の成果の一つである。 北田暁大(社会学)
070 | リーディングス サプライヤー・システム | 藤本隆宏・西口敏宏・伊東秀史編 | ¥4,400 | 有斐閣 |
071 | Trust within and between Organizations | Christel Lane and Reinhard Bachmann (eds.) | ― | Oxford University Press |
072 | Organizational Trust | Roderick M. Kramer (ed.) | ― | Oxford University Press |
073 | 日本企業のネットワークと信頼 | 若林直樹 | ¥4,600 | 有斐閣 |
074 | 企業不祥事はなぜ起きるのか | 稲葉陽二 | ¥800 | 中央公論新社 |
075 | 組織不正の心理学 | 蘭千壽・河野哲也編著 | ¥2,200 | 慶應義塾大学出版会 |
076 | 企業不祥事と奇跡の信頼回復 | 梁瀬和男 | ¥1,800 | 同友館 |
077 | コンプライアンスの知識 第2版 | 高 巌 | ¥1,000 | 日本経済新聞出版社 |
078 | CSR 働く意味を問う | 日経CSRプロジェクト | ¥1,500 | 日本経済新聞出版社 |
079 | 誇り高い技術者になろう 第2版 | 黒田光太郎・戸田山和久・伊勢田哲治編 | ¥2,800 | 名古屋大学出版会 |
080 | ビジネス倫理学読本 | 中谷常二編 | ¥2,600 | 晃洋書房 |
081 | 利益につながるビジネス倫理 | ノーマン・E.ボウイ著 中谷常二・勝西良典監訳 | ¥3,500 | 晃洋書房 |
082 | 「信頼」の研究 | ロバート・C・ソロモン フェルナンド・フロレス著 上野正安訳 |
¥2,200 | シュプリンガー・フェアラーク東京 |
083 | アリストテレス マネジメント | クリスタ・メスナリック著 三谷武司訳 | ¥1,300 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
084 | 企業倫理学4 国際ビジネスの倫理的課題 |
トム・L・ビーチャム ノーマン・E・ボウイ著 小林俊治監訳 |
¥3,800 | 晃洋書房 |
085 | 責任ある投資 | 水口剛 | ¥3,200 | 岩波書店 |
086 | 信頼・信認・信用の構造 第3版 | 齊藤壽彦 | ¥3,300 | 泉文堂 |
信頼の役割は、ビジネスにおいても注目されてきた。経営学、とくに組織論において主に研究されてきたのは、組織内信頼と組織間信頼である。組織内では、信頼の高さが従業員の定着、組織変革の促進、仕事の質や製品品質の高さにつながり、組織間では、合弁事業や提携関係の形成、発注企業とサプライヤーの共同品質改善を導く。>>解説文を開く/閉じる
経営学者たちによる研究として、まずは藤本ほか編『リーディングス サプライヤー・システム』【070】を薦めたい。英語では、Trust within and between Organizations 【071】と Organizational Trust 【072】が基本論文集である。『信頼を考える』【001】第7章で取り上げたオックスフォード大学の酒向真理の研究も収録されている。そこで取り上げることのできなかった重要な研究としてはほかに、系列などに見られる日本企業に特徴的な関係性を支える組織間信頼のネットワークを分析した若林『日本企業のネットワークと信頼』【073】がある。
これまで起きた数々の企業不祥事はわれわれの信頼を裏切ってきた。ところが企業不祥事も時代を経てその性質を変えてきている。かつては悪徳な経営者が不祥事を引き起こしてきたが、いまはごく普通の企業のなかでごく普通の社員が不祥事を引き起こすようになった。ここに職場の構造的な問題を指摘する稲葉 『企業不祥事はなぜ起きるのか』【074】では、この問題をソーシャル・キャピタルから分析している。蘭ほか『組織不正の心理学』【075】では、この問題を心理学からアプローチしている。梁瀬『企業不祥事と奇跡の信頼回復』【076】の面白いところは、不祥事よりそこからどうやって信頼回復したのかに注目している点である。
企業側が信頼を得るためにはどうしたらよいか。日本企業の数々のコンプラ案件を手がけてきた高巌の『コンプライアンスの知識 第2版』【077】は信頼構築の具体的な方法を提示している。06「社会心理学と行動科学」でも紹介した中谷内『信頼学の教室』【061】は、東日本大震災に関連する組織への信頼について著者自身が社会調査によって明らかにしたことに基づき、信頼を低下させないトラブル対応を提案している。CSRプロジェクト『CSR 働く意味を問う』【078】はキウーラ「なぜ私たちは働くのか」の章が有名だが、それ以外の章も〈信頼される企業とは何か〉を考えさせるだろう。また、黒田ほか『誇り高い技術者になろう 第2版』【079】では、技術者の専門的判断と上層部からの経営判断のあいだで発生するコンフリクトとそれでも誇り高くあろうとする技術者の姿勢が示されている。
『信頼を考える』 【001】第7章では、信頼をビジネス倫理(経営倫理)と結びつけた。ビジネス倫理の分野は哲学的議論に耐えないものも多いが、中谷編の『ビジネス倫理学読本』【080】は安心して薦められる。この本にも寄稿しているボウイの『利益につながるビジネス倫理:カントと経営学の架け橋』【081】は〈倫理的に善いビジネスは利益につながる〉というテーゼを擁護する。その際、鍵になるのが信頼である。ビジネス倫理に対するアリストテレス的アプローチの第一人者であるソロモンの『「信頼」の研究』【082】は、信頼研究全般を学ぶのにも薦められる。あるいは、アリストテレス的アプローチとしては、メスナリック『アリストテレス マネジメント』【083】のほうが読みやすいかもしれない。ビーチャムほか『企業倫理学4 国際ビジネスの倫理的課題』【084】は最初に刊行された第2巻から16年後の待望の刊行である。信頼が築きにくい国際ビジネスの倫理的課題が論じられている。
最後に、金融と関連する本を挙げたい。水口 『責任ある投資』【085】では、信頼できるビジネスに投資する投資家の責任が論じられている。今日の投資家に課せられた責任の大きさに気づくだろう。齊藤『信頼・信認・信用の構造 第3版』【086】では、金融機関でよく耳にする信用やトラストと信頼のつながりが論じられている。(杉本俊介)
6年も前の本が信頼できるかって?
生き馬の目を抜くビジネス界にだって、変わらず通すべき筋はある。
ビジネス倫理にだって、変わらず踏まえるべき議論構造がある。
刊行から時を経てもなお色褪せないビジネス倫理学必読の一冊。
奥田太郎(倫理学)
カント主義を掲げるならば利益につなげてはダメだろう!と思わずツッコミたくなるタイトル。
侮るなかれ。
守るつもりのない契約を行わない、消費者を欺かない、従業員をたんなる道具として利用しない。
カント主義の道徳観をもってビジネスパーソンを納得させられるか?
本書はひとりの哲学者によるビジネスへの挑戦である。
そこで著者が注目するのは信頼概念と日本的経営!?
杉本俊介(倫理学)
誰かと何かをするとき、互いを信頼し合うことが重要となる。 組織のなかでも、信頼のある職場は仕事の質が高まり組織変革を容易にする。 組織どうしでも、信頼関係の構築が取引関係の長期化や提携関係の形成に結びつく。
はたして本当だろうか? 中国、日本、インド、アメリカ、ヨーロッパ、各国の実証研究を集めた論文集。
杉本俊介(倫理学)
オックスフォード経営学読本シリーズの1つ。信頼に値する経営者の行動とは何か、受発注関係における信頼構築はパフォーマンスを改善し取引コストを減らすか、HIV陽性の従業員が組織に不信を募らせないよう雇用主はどのような対応をすべきか。経営学はこうした問いに答えてきた。組織の信頼について知るうえでの必携の書。
杉本俊介(倫理学)087 | Designing for People: An Introduction to Human Factors Engineering, 3rd Edition | John D. Lee, Christopher D. Wickens, Yili Liu, and Linda Ng Boyle | ― | CreateSpace Publishing |
088 | SF映画で学ぶインタフェースデザイン | Nathan Shedroff, Christopher Nossel著安藤幸央監訳 | ¥3,200 | 丸善出版 |
089 | 信頼はなぜ裏切られるのか | デイヴィッド・デステノ著寺町朋子訳 | ¥2,400 | 白揚社 |
090 | ロボットと共生する社会脳 | 苧阪直行編 | ¥4,600 | 新曜社 |
091 | ザ・セカンド・マシン・エイジ | エリック・ブリニョルフソン アンドリュー・マカフィー著村井章子訳 | ¥2,200 | 日経BP社 |
092 | ロボット 職を奪うか、相棒か? | ジョン・ジョーダン著 久村典子訳 | ¥2,200 | 日本評論社 |
093 | ロボット・AIと法 | 弥永真生 宍戸常寿編 | ¥2,600 | 有斐閣 |
094 | Robot Ethics 2.0 | Patrick Lin, Ryan Jenkins, and Keith Abney (eds.) | ― | Oxford University Press |
095 | Beyond Human 超人類の時代へ | イブ・ヘロルド著佐藤やえ訳 | ¥2,500 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
096 | ロボットの悲しみ | 岡田美智男・松本光太郎編著 麻生武・小嶋秀樹・浜田寿美男著 |
¥1,900 | 新曜社 |
097 | ロボットの歴史を作ったロボット100 | アナ・マトロニック著片山美佳子訳 | ¥2,800 | 日経ナショナルジオグラフィック社 |
098 | He, She and It | Marge Piercy | ― | Fawcett |
099 | 猿と女とサイボーグ 新装版 | ダナ・ハラウェイ著 高橋さきの訳 | ¥3,600 | 青土社 |
100 | ロボットは友だちになれるか <ビーアール> 増補版 | フレデリック・カプラン著西垣通監修 西兼志訳 | ¥2,800 | NTT出版 |
参考 | サイボーグ・フェミニズム 増補版 | 巽孝之編巽孝之・小谷真理訳ダナ・ハラウェイ サミュエル・ディレイニー ジェシカ・アマンダ・サーモンスン著 | ¥3,000 | 水声社 |
信頼研究はしばしば、どのようにしてよく知らない相手に依拠したり、交渉したりすることができるのかを問題にする。現代社会では、我々人間の生活が大きく依拠している対象は、人間だけではない。機械やロボットなしに多くの製品はすでに製造することができず、移動、通信にも機械・ロボットが不可欠なまでになっている。したがって、人間に対する信頼と同様に、機械・ロボットに対する信頼も研究対象になる。>>解説文を開く/閉じる
機械・ロボットに対する信頼研究は、人体工学、認知工学、あるいはヒューマンマシーン・インタラクションといった分野で行われている。心理学や認知科学の観点から、使用しやすい機械やロボットを設計することが、これらの分野の目標である。これらの分野を概観するのに、Designing for People: An Introduction to Human Factors Engineering, 3rd Edition【087】が便利である。SF映画に登場する機械やインターフェースを題材に設計論を解説するというユニークな試みとして、『SF映画で学ぶインタフェースデザイン』【088】も非常に面白い。『信頼はなぜ裏切られるのか』【089】は、動作や姿勢を通じて無意識に人間が人間に対して抱く信頼を、ロボットの動作や姿勢で再現できるのかを調査した研究を紹介している。より一般的に、心理学や認知科学とロボット工学の共同研究の現状を知りたい場合、『ロボットと共生する社会脳』【090】が、最新の研究成果を多数紹介してくれる。
ロボット技術、人工知能技術の急速な進歩によって、人間と機械・ロボットの関係はすでに、大きな変化が始まっている。例えば、人工知能を搭載した機械による人間の労働の代替は徐々に進められている。今後どの程度この労働の交替が進行するのか、そのときに人間と機械の関係はどのようなものとなるのかは、様々な予測が展開されている。 『ザ・セカンド・マシン・エイジ』【091】、『ロボット 職を奪うか、相棒か?』【092】が異なる予測を語っているため、ぜひ読み比べてもらいたい。同時に、技術の大きな変化に対応し、法制度も新たに整備、改定されつつある。『ロボット・AIと法』【093】がロボット・人工知能にかかわる法的問題、将来の法整備について考慮すべき点を論じている。また、法的問題だけでなく、新しい倫理的問題も生じつつある。「ロボット倫理」についての論文集の2巻目である Robot Ethics 2.0【094】では、「信頼」に関する章も設け、関連論文を収録している。ロボット技術の進展は、ロボットだけでなく、人間についての考え方にも影響を及ぼす可能性を含んでいる。人工の臓器を生身の臓器と入れ替えることは現実に行われており、将来的には老化さえ防ぐナノロボットが開発されるかもしれない。そんな医療技術の未来と、それに伴う人間観の変化を論じたのが、『Beyond Human 超人類の時代へ』【095】である。このように、ロボット技術、人工知能技術の革新はしばしば喧伝されるにもかかわらず、現状のソーシャル・ロボットの動きは人間と比べてぎこちなく、コミュニケーション機能も十分ではない。『ロボットの悲しみ』【096】では、こうしたロボットに対して人間が感じる弱々しさ、痛々しさという観点から、人間とロボットの関係が論じられる。
ロボット技術が現在のように発展するはるか以前から、人間は想像力を駆使して、様々な人工の生物を神話、小説や漫画の形で語ってきた。フィクションに登場したロボットも含む、多数のロボットを写真やイラストともに紹介している 『ロボットの歴史を作ったロボット100』【097】は、見ているだけで楽しい。未訳だが、ロボットと人間の関係の将来を、古代のゴーレムの挿話をはさみつつ描いた傑作ロボットSFが、He, She and It【098】である。この小説に影響を与えたのは、ロボット技術が性別、人間、自然についての考え方を変容させるとする「サイボーグ・フェミニズム」である。その提唱者による「サイボーグ宣言」を収録する論文集『猿と女とサイボーグ』【099】は難解だが、刺激的な思考を展開する。20世紀、日本ではロボットを使ったフィクションが多数現れ、国際的にも影響を与えた。日本のロボット文化を、日本でロボット開発に従事した外国人の目から分析する試みが、『ロボットは友だちになれるか』【100】である。(笠木雅史)
「我々は、自らがサイボーグ、混成物、モザイク、キメラであると思う」
サル、サイボーグ、女性。これらの対象は、20世紀までの科学において、どのように「人=男性」と「人ならざるもの」の境界線上に位置付けられてきたのか。あえて「我々」をその境界線上に位置付ける著者の戦略とは。
今、改めて、真摯に人間と人間ならざるものの「境界」について問いかけるための一冊。
隠岐さや香(科学史)
ロボット倫理の最新論文集。信頼をテーマとする章も加わり、ロボット技術の発展とその技術の使用がもたらす倫理的問題を幅広く扱っています。ロボット倫理という新しい分野の広大さを体験するのに最適な1冊です。 笠木雅史(分析哲学)
古代にゴーレムを作り出したユダヤ人の末裔は、今「何」を作り出したのか?
「それ」はどう人間を変容させるのか?
サイバーパンクとサイボーグフェミニズムを融合した、海外SFの傑作!
101 | 母よ!殺すな | 横塚晃一著 立岩真也解説 |
¥2,500 | 生活書院 |
102 | 生の技法 第3版 | 安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也 | ¥1,200 | 生活書院 |
103 | 障害とは何か | 星加良司 | ¥3,000 | 生活書院 |
104 | 障害学への招待 | 石川准・長瀬修編著 | ¥2,800 | 明石書店 |
105 | 障害学研究3 | 障害学研究編集委員会編 | ¥2,200 | 明石書店 |
106 | 障害学研究9 | 障害学研究編集委員会編 | ¥2,600 | 明石書店 |
107 | 現代思想 第45巻第8号 特集=障害者 ―思想と実践― |
― | ¥1,400 | 青土社 |
108 | ソーシャルアート | たんぽぽの家編 | ¥2,400 | 学芸出版社 |
参考 | われらは愛と正義を否定する | 横田弘・立岩真也・ 臼井正樹著 |
¥2,200 | 生活書院 |
参考 | 私的所有論 第2版 | 立岩真也 | ¥1,800 | 生活書院 |
参考 | 障害学 | 杉野昭博 | ¥3,800 | 東京大学出版会 |
参考 | 障害学研究7 | 障害学研究編集委員会編 | ¥3,000 | 明石書店 |
参考 | 障害学研究12 | 障害学研究編集委員会編 | ¥2,400 | 明石書店 |
参考 | 障害学研究13 | 障害学研究編集委員会編 | ¥2,800 | 明石書店 |
参考 | 現代思想 第44巻第19号 緊急特集=相模原障害者殺傷事件 |
― | ¥1,300 | 青土社 |
近年の障害者福祉施設における痛ましい虐待事件、殺傷事件を背景に、反差別、反ヘイトのラディカルな思想としてふたたび「青い芝の会」に代表される障害者運動の創成期に光があてられている。日本の障害者運動に決定的な影響を与えた「青い芝の会」の思想が、いま、障害者と介助者の関係を考える上でも大きな意義を持っていることは疑いない。ただしその意義は、しばしばこの運動の思想に帰せられてきた闘争的な対立の構図ではなく、むしろ相互理解をもとめる手探りの試行にこそあるように思われる。>>解説文を開く/閉じる
たとえば初期の障害者運動のドキュメント『母よ!殺すな』【101】には、「健全者」との率直ではあるが、どこか穏やかな「私とあなたの関係」に言及する横塚晃一の言葉が記録されている。それは障害者とともに「一杯やるか」という関係、両者の醸成する信頼の関係を指し示す。
信頼はそれを結ぶことそのものに価値があるとみなされる一方、それを通じて何かを達成しようとするものでもある。この点、障害者運動の歴史において目指されてきたのは「自立」という理念だった。まず、自立の理念を先導した自立生活運動に関しては、それが日本の障害者運動において独自に培われ、展開されてきたことを明らかにする 『生の技法』【102】の諸論考が参照されるべきだろう。障害者福祉においては、はじめから「信頼」によって自立が目指されてきたわけではない。星加良司の『障害とは何か:ディスアビリティの社会理論に向けて』【103】は、障害者の自立のビジョンが介助者を「手足」とみなす排他的な関係から、やがて介助者の介入を許容する肯定的な関係を含むようになったことを丁寧に跡づけている。自立の捉えなおしと、それに伴う介助関係の変化については、石川准・長瀬修編『障害学への招待』【104】におさめられた立岩真也の論考も手がかりとしたい。
このような介助関係の変化に伴って、介助者と知的障害者の関係に強い関心が寄せられることにもなった。 『信頼を考える』【001】の第11章で言及したように、介助者との肯定的な信頼関係が「自己決定」のような意志の表現によって実現されるならば、一見すると、そうした表現そのものにディスアビリティを経験する障害者が排除されてしまうように思われる。この問題は、従来の障害学が知的障害を周辺化する傾向にあったとする反省にも促されて、近年の障害者運動、また障害学の焦点の一つになっている。これらの論点に関心のある読者には、『障害学研究』第3巻【105】におさめられた田中耕一郎の論文「社会モデルは〈知的障害〉を包摂し得たか」、そして同書第9巻【106】の特集「個人的な経験と障害の社会モデル」に目を通すことをすすめたい。知的障害者の経験する「痛み」とともに、その豊かな「語り」に接近しようとする知的努力の足跡が見出されるはずである。
さて、これまではもっぱら障害者の側にそくして文献を紹介してきたが、介助者もまた、しばしばその「痛み」が気づかれないまま、置き去りにされてきたと言えるのかもしれない。現在では、冒頭にも言及したようなネグレクトや虐待の事例を一つのきっかけとして、介助という行為そのものに照明をあて、その心身のリアリティをすくい上げようとする試みもさまざまになされている。さしあたっては『現代思想』の特集 「障害者:思想と実践」【107】を手引きとして介助者をとりまく論点をつかみ、「03 エスノメソドロジー」項目でも紹介した前田拓也、細馬宏通らの著作に進みたい。具体的な実践としては「ケアする人のケア」の市民運動を展開してきた「たんぽぽの家」の活動も刺激的であり、楽しい。『ソーシャルアート』【108】では、障害者とのものづくりを通じて醸成される(ときには揺らぐ)信頼関係のありようが生き生きと報告されている。(永守伸年)
家出せよ、自立のために。社会の中へ。
かつて、日本社会で重度全身性障害者が生きる空間が、施設と家族同居にしかなかった時代。障害当事者運動は、ケアの規範と伝統的規範から「家出」し、新しいケアの構築を模索し始めた。1970年代以降、青い芝の会、CIL、自立生活運動、多彩な当事者組織が日本で花開き、今日の福祉制度改革へ繋がっていく。知られざるが知られるべき歴史を、障害当事者と社会学者が共に記述した、不朽の名著。
大野更紗(医療社会学)
109 | ヘイト・スピーチという危害 | ジェレミー・ウォルドロン著 谷澤正嗣・川岸令和訳 | ¥4,000 | みすず書房 |
110 | 正義論 改訂版 | ジョン・ロールズ著 川本隆史・福間聡・神島裕子訳 | ¥7,500 | 紀伊國屋書店 |
111 | ヘイトスピーチ | エリック・ブライシュ著 明戸隆浩・池田和弘・河村賢・小宮友根・鶴見太郎・山本武秀訳 | ¥2,800 | 明石書店 |
112 | Words That Wound | Mari J. Matsuda, Charles R. Lawrence III, Richard Delgado and Kimberle Williams Crenshaw |
― | Westview Press |
113 | ヘイト・スピーチ規制の憲法学的考察 | 桧垣伸次 | ¥4,800 | 法律文化社 |
114 | ヘイト・スピーチの法的研究 | 金尚均編 | ¥2,800 | 法律文化社 |
115 | フレーゲ著作集4 哲学論集 | フレーゲ著 黒田亘・野本和幸編 | ¥4,600 | 勁草書房 |
116 | 推論主義序説 | ロバート・ブランダム著斎藤浩文訳 | ¥3,800 | 春秋社 |
117 | Speech and Harm | Ishani Maitra and Mary Kate McGowan (eds.) | ― | Oxford University Press |
118 | How Propaganda Works | Jason Stanley | ― | Princeton University Press |
119 | 哲学 第69号 〈特別企画〉ハラスメントとは何か? |
日本哲学会編 | ¥1,800 | 知泉書館 |
120 | マイナス待遇表現行動 | 西尾純二 | ¥3,700 | くろしお出版 |
121 | ヘイト・スピーチとは何か | 師岡康子 | ¥780 | 岩波書店 |
122 | レイシズムを解剖する | 高史明 | ¥2,300 | 勁草書房 |
参考 | 差別はいつ悪質になるのか | デボラ・ヘルマン著 池田 喬・堀田義太郎訳 |
¥3,400 | 法政大学出版局 |
参考 | 偏見や差別はなぜ起こる? | 北村英哉・唐沢穣編 | ¥2,500 | ちとせプレス |
参考 | フィルカル vol.2 no.2 | ― | ¥1,000 | ミュー |
参考 | フィルカル vol.3 no.1 | ― | ¥1,500 | ミュー |
今日私たちが生きる社会において、信頼にかかわるアクチュアルな問題のひとつに「ヘイト・スピーチ」がある。ヘイト・スピーチおよびその延長線上にある差別行為やヘイトクライム、最悪の場合にはジェノサイドといった事象が広い意味で信頼の破壊あるいはその欠如にかかわる問題であることはさほど異論のないものだろうが、そこで破壊される「信頼」とはいかなるものだろうか。>>解説文を開く/閉じる
こうした関心に重要な視座を提供してくれるのが法哲学者ウォルドロンの『ヘイト・スピーチという危害』【109】であり、その特色は、ロールズの『正義論 改訂版』【110】を下敷きに、リベラリズムの観点から「公共財としての安心」を損なうものとしてのヘイト・スピーチの危害が論じられている点である。
『ヘイトスピーチ』【111】が紹介するように、ヘイト・スピーチ研究における最大のトピックは、この語が体現する「スピーチ」すなわち言説としての側面をめぐる、表現の自由とヘイト・スピーチ規制との緊張にある。この議論は多民族国家であるとともに憲法で表現の自由を保障するアメリカでさかんに展開されており、特にヘイト・スピーチ規制論の嚆矢となった記念碑的な論集が Words That Wound 【112】である。同論集は、ポストコロニアリズムやフェミニズムといったアイデンティティと当事者性に根差した批判的人種理論の研究成果であり、ヘイト・スピーチ規制をめぐる論争の機軸をなしている。こうした経緯をフォローしつつ、表現の自由と法規制を論じたわが国での法学的研究として『ヘイト・スピーチ規制の憲法学的考察』【113】や『ヘイト・スピーチの法的研究』【114】がある。両者はいずれもヘイト・スピーチ規制を説くが、前者が標的となる人びとの表現の自由を保証するための規制という理路を採る一方、後者は標的となる人びとの尊厳や生存への脅威と危害に規制の論拠を求める議論が展開されている。こうしたアプローチの差異に着目することで、表現の自由と規制をめぐる課題をより立体的に理解することができる。
ヘイト・スピーチやハラスメントといった事象は、言説が「ただのことば」にとどまらず、私たち自身や私たちの社会と何らかのかかわりを持つことを強烈に示唆する事例である。こうした言説はどのような言語的機能を持っているのだろうか。言語哲学はその黎明期から言語のダークサイド――人間的な側面――に着目してきた。それは始祖のひとりフレーゲが『フレーゲ著作集4 哲学論集』【115】に含まれる論文「論理学Ⅱ」において侮蔑的表現の事例を取り上げて以来のことである。差別語の意味とはなにか、嘘をついたり人を騙すとはどのような言語行為か、ことばによるハラスメントはいかに成立するか、プロパガンダのメカニズムとはどのようなものか。現代の言語哲学者の多くはこのような問いに取り組んでおり、プラグマティズムを牽引するブランダムの『推論主義序説』【116】、Words That Wound 【112】の洞察を基盤にしつつヘイト・スピーチに関する様々な言語哲学的アプローチを収めた論集 Speech and Harm 【117】、プロパガンダの本性を言語哲学や認識論を用いて暴き出したスタンリーの How Propaganda Works 【118】、『哲学』第69号【119】に収録されているハラスメントの言語哲学的研究「ただの言葉がなぜ傷つけるのか:ハラスメント発言の言語行為論的探究」や「総称文とセクシャルハラスメント」などを通してその一端をうかがい知ることができる。もちろん、言語現象を解き明かすことにかけては言語学者も負けてはいない。日本語学・社会言語学においての差別語や卑語研究を紹介するのが『マイナス待遇表現行動』【120】である.
最後に、日本社会におけるヘイト・スピーチの問題に目を向けよう。『ヘイト・スピーチとは何か』【121】では、とりわけ2000年代以降に加速した在日コリアンを標的としたヘイト・スピーチの動向を紹介している。『ヘイト・スピーチの法的研究』【114】第一部も日本の状況についてのルポルタージュを含んでいる。また、この動向の特色のひとつといえるインターネット上の言説については『レイシズムを解剖する』【122】が社会心理学的ツールを用い,実証的・量的な分析からその特徴を浮き彫りにしている。(和泉 悠・朱 喜哲・仲宗根勝仁)
「表現の自由」が強く前提され、ヨーロッパなどと異なりヘイトスピーチ規制が原則存在しないアメリカで、ジョン・ロールズの「秩序ある社会」の概念をベースにヘイトスピーチ規制の可能性を真っ向から論じる異色の政治哲学書。ヘイトスピーチにかかわる法的・倫理的な正当性について踏み込んで考えたい人はもちろん、ロールズ以降の政治哲学の流れの中にヘイトスピーチの問題を位置づけたいという人にも、ぜひ一読を勧めたい。
明戸隆浩(社会学)「論理実証主義」「クワイン」「正当化された真なる信念」「クリプキ」・・・?
えっと、今すぐあなたの「分析哲学」観をアップデートして下さい!
ナチスドイツ、黒人排斥、「不正受給問題」などの裏にひそむプロパガンダを、言語哲学・現代認識論の道具を使って暴き出す。
「女性は哲学研究に向いていない」「男性は稼ぎ頭である」…
ただの言葉がハラスメントになるのは一体なぜ?
言語と差別の共犯関係に哲学が迫る!
ヘイトスピーチ、ポルノグラフィ、ホロコースト否定、そして虐殺の言語ゲーム。
哲学の最前線が明らかにする「たかがことば」のもたらす危害。表現の自由と規制論のあいだで、哲学はこれだけの仕事ができる。
123 | 学習者中心の教育 | メルリン・ワイマー著 関田一彦・山﨑めぐみ監訳 | ¥4,000 | 勁草書房 |
124 | 新編 教えるということ | 大村はま | ¥800 | 筑摩書房 |
125 | ここからはじまる倫理 | アンソニー・ウエストン著 野矢茂樹・高村夏輝・法野谷俊哉訳 | ¥1,600 | 春秋社 |
126 | 被抑圧者の教育学 50周年記念版 | パウロ・フレイレ著 三砂ちづる訳 | ¥2,600 | 亜紀書房 |
127 | 状況に埋め込まれた学習 | ジーン・レイヴ エティエンヌ・ウェンガー著 佐伯胖訳 福島真人解説 | ¥2,400 | 産業図書 |
128 | 心をあやつる男たち | 福本博文 | ¥571 | 文藝春秋 |
高等教育はこのところ話題に欠くことがない。大学ランキング、高等教育の無償化、新たな大学入試制度など挙げればきりがない。そうした中、現場でもっともホットなトピックといえば、『信頼を考える』【001】第13章でも取り上げた「アクティブラーニング」である。かつての大学の授業は、教員が一方的に講義をするだけで、学生はそれを聞くだけだった。そうした授業を受けられた世代は、現在の大学の授業を見られると非常に驚かれることだろう。多くの授業でグループワークやプレゼンテーションなどの学生による活動が取り入れられているのである。>>解説文を開く/閉じる
「アクティブラーニング」はその名の通り「主体的な学習」のことであり、学生の状態の問題である。一方で、授業は基本的に教員によって取り仕切られる。教員は「アクティブラーニング」を生み出すように授業を工夫するが、もし、そうした授業内の学生の活動が教員による「指示」によって生み出されたのならば、果たしてそれは主体的であると言えるのか、というのが『信頼を考える』第13章での問題設定である。
授業設計に関してはどのような活動を取り入れるかという手法の問題に行き着きがちであるが、教員と学生との人間関係の問題、特に信頼の問題として考えるべきではないかというのが 『信頼を考える』第13章での議論である。特に、信頼チャートを用いて、行為に関する信頼だけでなく動機に関する信頼こそが学生の主体性を引き出すにあたって重要な要素であるということをその中で論じた。
まさにそうした授業設計については 『学習者中心の教育』【123】が参考になる。豊富なエビデンスと実践事例をベースに教員がどのように学生に向き合うべきかについて具体的に示されている。学び手との向き合い方については日本でも大村はまによって以前から指摘されていた。『新編 教えるということ』【124】にはそのエッセンスがまとめられており、教育の実践に携わっていない人にもぜひ読んでもらいたい。
学生の動機を期待するという観点から授業を設計すべきではないかという観点から見ると 『ここからはじまる倫理』【125】は興味深い。この本は倫理学のテキストではあるが、倫理学上の学説を単に紹介するのではなく、倫理的な問題に対していかにして創造性を発揮するかが重要である、という点に力点が置かれているからである。学生の動機を期待した授業設計の一つの具体的な事例であると言えよう。
知識伝達型の教育は、知識という預金を非人格化された学習者に詰め込む「銀行型教育」であるとするフレイレの指摘は現代の教育にも当てはまる。教育を受ける機会のなかった貧しい人たちに対しても常にあきらめず対話を続けていたフレイレの姿は、まさに学習者を人間として扱い、そうした人たちを信頼していたことの表れであると言えるだろう。 『被抑圧者の教育学 50周年記念版』【126】を締めくくる「3つの信頼」に関するフレイレからのメッセージをぜひ受け止めてもらいたい。
視点を学習者に移し、学習とは何かと考えるなら 『状況に埋め込まれた学習』【127】が1つの回答を与えてくれる。「学習とは共同体への参入である」とする状況学習論の見解は、主体的な学習が何であるかについての明確な答えになっていると同時に、いわゆるアクティブラーニングで想像される学生の活動とは一線を画している。学習は共同体への参入を抜きには語れず、また共同体への参入は信頼を抜きには語れないのだ。
教育を人間関係の問題とし、信頼関係を重視することは非常に重要である。しかし、教える側と学び手との関係は対等ではないため、常に注意が必要である。教育の中に含まれる権力構造について自覚的になるためにも 『心をあやつる男たち』【128】をぜひ押さえておきたい。本書は人材開発の手法として1960年代にアメリカから取り入れられたST(センシティビティ・トレーニング)を巡る様々な出来事を丹念に追ったノンフィクションである。自己啓発セミナーに関するルポタージュとしての面白さ、現在にもつながる人材開発教育の歴史を垣間見る面白さに加え、教育と信頼について『信頼を考える』とはまったく異なる側面から描き出しているので、入手が困難ではあるがぜひ一読を勧める。(成瀬尚志)
深さの追求よりも、学生のやる気を引き出すのが先!?
アクティブラーニングの先にある、主体的な学習者を育てるための学習者中心の教育について、その目的や意義、教師の役割、科目内容、評価方法、開発ノウハウの変化を、実践例を踏まえ解説する良書。
「質問があれば尋ねよ。質問がなければ汝自身で生み出したまえ!」
129 | 人はなぜコンピューターを人間として扱うか:「メディアの等式」の心理学 | バイロン・リーブス クリフォード・ナス著 細馬宏通訳 | ¥2,400 | 翔泳社 |
130 | 自動人形(オートマトン)の城 | 川添愛 | ¥2,200 | 東京大学出版会 |
131 | ツールからエージェントへ。 弱いAIのデザイン | クリストファー・ノーセル著 武舎広幸・武舎るみ訳 | ¥2,600 | ビー・エヌ・エヌ新社 |
132 | 強いAI・弱いAI | 鳥海不二夫 | ¥1,800 | 丸善出版 |
133 | 意識はいつ生まれるのか | マルチェッロ・マッスィミーニ ジュリオ・トノーニ著 花本知子訳 |
¥2,200 | 亜紀書房 |
134 | 安心社会から信頼社会へ | 山岸俊男 | ¥760 | 中央公論新社 |
135 | 情報倫理 | 大谷卓史 | ¥5,500 | みすず書房 |
136 | 時間学の構築Ⅰ 防災と時間 | 山口大学時間学研究所監修 | ¥2,700 | 恒星社厚生閣 |
137 | 哲学者は何を考えているのか | ジュリアン・バジーニ ジェレミー・スタンルーム編 松本俊吉訳 |
¥3,200 | 春秋社 |
参考 | 社会的認知研究 | S.T.フィスク S.E.テイラー著宮本聡介・唐沢穣・小林知博・原奈津子編訳 | ¥5,800 | 北大路書房 |
参考 | 倫理とは何か | 永井均 | ¥1,100 | 筑摩書房 |
参考 | AIは「心」を持てるのか | ジョージ・ザルカダキス著 長尾高弘訳 | ¥2,200 | 日経BP社 |
参考 | Candida Albicans Yeast-Free Cookbook | Pat Connolly | ― | McGraw-Hill Education |
参考 | 食のリスク学 | 中西準子 | ¥2,000 | 日本評論社 |
参考 | 緊急事態のための情報システム | バーテル・バンドワール編 村山優子監訳 | ¥8,000 | 近代科学社 |
参考 | Trust | Diego Gambetta (ed.) | ― | Blackwell Pub |
人工物は信頼を得られるか。信頼とは、本来は人間同士にのみ成立するものに思えるが、私達の社会は既に自動化された情報処理機械、人工的な知能を「信頼」し、生活が成り立っているように見える。その現場では何が起きているのか、そして、世の中はどう変わるのか。>>解説文を開く/閉じる
少なくともいくつかの簡単なトリックにより、私達人間は人工物に心を許し、やすやすと「信頼」してしまうことがわかっている。人間の騙されやすさを実験的に示したHCI研究の古典が『人はなぜコンピューターを人間として扱うか―「メディアの等式」の心理学』【129】である。著者は本来はコンテンツの媒介でしかないメディアに、コンテンツと等価な価値を感じてしまうとした「メディアの等式」を提案している。人間は人工物である計算機と同じ作業を行い、同じものを着けることにより、親近感や仲間意識のようなものを自動的に感じて行動を変化させる。社会的な動物である私達は、環境中に仲間を発見し、それと協力するプログラムを埋め込まれている。また、本書で提案されたの近年の研究動向を知りたければ、『お世辞を言う機械はお好き?コンピューターから学ぶ対人関係の心理学』【22】を勧めたい。
私達に信頼されてしまうような人工物を作ること自体は容易い。だが、自身が人間を信頼させている、ということを自分自身で自覚できるような、人間レベルの人工知能は極めて難しく、この世界にはまだ全く存在しない。単に「信頼されること」と「信頼を理解すること」の違い、現在の人工知能の限界と人間との違いを自分の頭に叩き込んでおきたければ、 『自動人形の城 人工知能の意図理解をめぐる物語』【130】を読んでおこう。本書は正統派のビルドゥングスロマンであると同時に、言語の振る舞いに焦点を当てた小説でもある。一見何気なく使っている人間同士の会話が、非常に多くの前提を経た複雑な知能同士の対話であることが示される。そしてそれを理解することが、人間の価値を理解することでもある。巻末には現在の技術動向に対する誠実な解説も書かれており、人工知能ブームの幻想を覚ますために重要である。
ただし、冷静な工学の観点からより注目すべき点は、私達に狭い範囲の信頼感を与えるだけの知能 (弱いAI)であっても、私達の生活を有用な形で変えうる、という事実である。「メディアの等式」のような人間の幻想には幻想の効用があり、知能(らしきもの)を備えた人工物が社会に徐々に入り込むことによって、我々の生活の形はより利便性の高い形に変化しうる。現在の技術を踏まえた実現可能な人工知能、対話型の知能の浸透をインタフェースの観点から述べたのが『ツールからエージェントへ。弱いAIのデザイン』【131】である。同書は極めて現実的であり実用的であると同時に、自動機械と共存する社会の将来像を指針として示す本である。
こうした浅薄な自動機械達が、やがて人間と同じ内面を持ち、自らの信頼を議論できるほどの存在に成長するかどうか知りたければ 『強いAI・弱いAI 研究者に聞く人工知能の実像』【132】を読むのが良いだろう。トップ研究者やプロ棋士(羽生名人)へのインタビュー形式で構成されたこの本は、幻想ではないリアルな人工知能(弱いAI)の現実と、それでも目指すべき将来の夢(強いAI)への憧憬が赤裸々に綴られている。また、そもそも人間の意識がどのように処理されているか、意識の科学の最前線をたどりたければ、人間の情報処理の得意さを数学の力でモデル化しようとする『意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論』【133】を勧めたい。
人工知能を人間の知能に近づける試みや、統合情報理論のように人間の情報処理を論理に落とし込む試みが、成功するかどうかはわからない。ただし知能が人間に限定される合理的な理由はなく、信頼もまた人間に限定される理由はない。したがって「人工物は信頼を得られるか」を事実として捉えれば、私の答えはYesである。
だが私達人類が本質的に解決すべき問いは「人工物を信頼したいか/そのような社会を作りたいかどうか」ではないだろうか。以上の本を読んだ上で、私はこの問いにも堂々とYesと答えたい。が、この判断の是非については、上記の本を読まれた皆様方にお任せしたい。(大澤博隆)
人工物に対する信頼と切り離せないのが、人工物に対する安心・安全である。安心は、 06「社会心理学と行動科学」項目でも紹介した山岸『信頼の構造』【59】や『安心社会から信頼社会へ』【134】でも信頼と比較されるかたちで登場していたが、人工物に関して言うならば、むしろ安全(セキュリティ)にフォーカスが当てられることが多いように思われる。大谷『情報倫理』【135】は、情報社会に生きる私たちの安心・安全の危うさを、豊富な題材を通じて考えるのに役立つ好著である。
信頼とは異なり、安全に関しては人工物以外に目が向けられることが一般的である。わかりやすい例は自然災害だろう。 『時間学の構築Ⅰ 防災と時間』【136】では、「防災」がテーマとなることで、学術分野以外も含む多彩な執筆者の手による時間についての考察が並んでおり、自然災害に対する安心・安全を学際的な観点から考えることを助けてくれる。だれしも不安や不信からまったくの無縁ではいることは難しいが、こうした多角的な視点が組み合わさった本を読めば、自然と自分が持つ不安について改めて考えることだろう。「正当にこわがる」とは、このように自分の持つ漠然とした不安に向き合うことで初めて生まれるのではないかと思う。
そして、そうした多角的な視点で考えることこそ哲学にほかならない、というのが 『信頼を考える』【1】の編者の信念である。バジーニとスタンルームの『哲学者は何を考えているのか』【137】は、現代の哲学が関わる様々なトピックについてのインタビュー集であるが、そこでインタビューされているのはプロの哲学者だけでなく、哲学以外の分野の専門家も含まれる(多角的な視点という点ではまったく正当である)。インタビュー集ということもあり、通常の哲学書では滅多に見えることない哲学者の本音が垣間見える点も興味深い。(小山 虎)
巨大地震や土砂災害――
忘れた頃に来るものを、なぜ、どのように、忘れずにいるべきか。
研究分野の壁を越えて、この問いを直視する一冊。
青山拓央(哲学)
はじめに、04・06 選書解説 |
会社員。ルーマン・フォーラム管理人(socio-logic.jp)。
社会科学の前史としての道徳哲学・道徳科学の歴史を関心の中心に置きつつ日々書棚を散策しています。ここ15年ほどは、自分が読みたい本を ひとさまに書いていただく簡単なお仕事などもしています。 >>業績
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01 選書解説 |
神戸大学大学院人文学研究科研究員。神戸大学、関西大学など非常勤講師。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。
専門はヨーロッパ初期近代の哲学(主にライプニッツの数理哲学)、数学の哲学、ポピュラーカルチャーの哲学。 >>業績
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02・09 選書解説 |
京都市立芸術大学美術学部講師。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は、カント哲学、現代倫理学。 >>業績
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03 選書解説 |
山口大学国際総合科学部講師。埼玉大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。専門は社会学、エスノメソドロジー。>>業績
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05・06 選書解説 |
名古屋大学男女共同参画センター研究員。名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。博士(法学)。専門は、政治学、政治理論、エスノメソドロジー、ジェンダー論。>>業績
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06 解説 |
神奈川大学 非常勤講師。東京大学大学院情報学環 特任講師。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(心理学)。専門は、社会心理学。>>業績
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07 選書解説 |
大阪経済大学経営学部講師。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は、現代倫理学、ビジネス倫理学。>>業績
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08 選書解説 |
名古屋大学教養教育院特任准教授。University of Calgary哲学科博士課程修了。PhD (Philosophy)。専門は、分析哲学、実験哲学。>>業績
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10 選書解説 |
南山大学人文学部人類文化学科准教授。University of Maryland, College Park 哲学科博士課程修了。Ph.D (Philosophy)。専門は言語哲学、意味論。>>業績
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10 選書解説 |
会社員。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在籍。専門はネオプラグマティズム、言語哲学。>>業績
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10 選書解説 |
大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在籍。専門は言語哲学、意味論。>>業績
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11 選書解説 |
長崎大学大学教育イノベーションセンター准教授。専門は哲学、高等教育。神戸大学大学院文化学研究科単位取得退学。博士(学術)。>>業績
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12 選書解説 |
2009年慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程修了。博士(工学)。2009年慶應義塾大学訪問研究員および米国マサチューセッツ工科大学AgeLab特別研究員。2010年日本学術振興会特別研究員PDとして国立情報学研究所へ出向。同年から2011年にかけて、JSTさきがけ専任研究員に従事。2011年より2013年まで、慶應義塾大学理工学部情報工学科助教。2013年より現在まで、筑波大学システム情報系助教。2017年より現在まで、筑波大学人工知能科学センター人工知能基盤研究部門 ヒューマンテクノロジー分野研究員。ヒューマンエージェントインタラクション、人工知能の研究に従事。>>業績
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12 選書解説 |
山口大学時間学研究所講師。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員PD(慶應義塾大学文学部)、米国ニュージャージー州立ラトガース大学哲学科客員研究員、大阪大学基礎工学研究科特任助教などを経て、2018年4月より現職。専門は分析哲学、形而上学、応用哲学、ロボット哲学。>>業績
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12 選書 |
名古屋大学未来社会創造機構 特任准教授。博士(人間科学)。>>業績
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紀伊國屋書店 新宿本店
三階 F26棚(人文・社会ジャンル付近)
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2018年8月10日(月)から一ヶ月間程度
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勁草書房 営業部 03-3814-6861
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告知にご協力いただいた学会・研究会。
誤 | 正 | ||
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05 政治学 | |||
解説 | 野澤慎司 | → | 野沢慎司 |
06 社会心理学と行動科学 | |||
北田推薦文 | 日常的的 | → | 日常的 |
10 ヘイト/スピーチ | |||
112 | Mari J Matsuda | → | Mari J. Matsuda |
解説 | 『ヘイト・スピーチ』【111】 | → | 『ヘイトスピーチ』【111】 |
写真を取るときには店員さんにひと声かけて。お客さんや他の棚が写り込まないようにしましょう(お客さんが写り込んだ写真は SNSなどにアップしないでください)。