酒井泰斗プロデュース

日本政治学史からはじめる書棚散策

紀伊國屋書店新宿本店ブックフェア

2025年12月27日(土)~2026年1月31日(土)

企画協力:中央公論新社

 このWEBページは、酒井大輔 著『日本政治学史』 の刊行一周年を機に開催するブックフェア 「日本政治学史からはじめる書棚散策」 をご紹介するために、WEBサイト socio-logic.jp の中に開設するものです。

 本ブックフェアは、2025年12月~2026年1月に、紀伊國屋書店 新宿本店三階にて開催されます。フェア開催中、店舗では 選書者たちによる解説を掲載した24頁のブックレットを配布しますが、このWEBページには その内容を収録していきます。

 なお、過去にも本フェアと同趣旨のブックフェアを開催しています。そちらの紹介ページもご覧いただければ幸いです:

更新情報
2026.02.06
『戦後「社会科学」の思想』に対して趙星銀さんにいただいた推薦文を掲載しました。
2026.02.02
『日本近代大学史』に対する佐々木研一朗さんの推薦文を掲載しました。
2026.01.31
本日、ブックフェア最終日でした。たくさんの方にご来場いただき まことにありがとうございました。「2 行動科学運動」(酒井泰斗 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.30
『陰謀論』に対する山田真裕さんの推薦文を掲載しました。
2026.01.29
『サイエンス・オブ・サイエンス』に対する酒井大輔さんの推薦文を掲載しました。
2026.01.28
『現代日本の新聞と政治』に対して佐藤 信さんにいただいた推薦文を掲載しました。
2026.01.25
「3 大学史」(佐々木研一朗 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.23
『ジョン・ロールズ』に対して山本圭さんにいただいた推薦文を掲載しました。
2026.01.20
「4 ジェンダーと政治」(田村哲樹 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.14
「5 経験的政治理論」(西山真司 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.10
「7 政治過程1:有権者、メディア、市民社会」(山田真裕 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.06
「8 政治過程2:国家」(渡部 純 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2026.01.02
『自民党政権』に対して河野有理さんにいただいた推薦文を掲載しました。
2026.01.01
書店店頭にPOPが並び始めました。WEBページでは、本日は『日本政治学史』に対する趙星銀さんと竹中英俊さんからの推薦文を掲載します。
「6 行政改革と政治改革」(野口侑太郎 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2025.12.26
フェア紹介ページ、公開しました。フェアは 12/27 からです。
2025.12.25
「1 研究する人」(酒井大輔 選書)の選書リストと解説文を掲載しました。
2025.12.25
ページ制作を開始しました。ブックフェアの開始は 12月27日(土)夕方 です。
日本政治学史からはじめる書棚散策 - はてなブックマーク数
YouTubeチャンネル #哲学の劇場 「人文的、あまりに人文的」#216 酒井大輔『日本政治学史』(中公新書)刊行記念特集

はじめに

 私たちの社会生活において政治とまったく無縁なものはありません。そうであるがゆえに、政治学は難しい学問です。政治学的関心は政治的関心とまったく無縁には成立しませんし、政治学の成果物は 多かれ少なかれ政治的な関心のもとで読まれます。そもそも政治的自由がなければ、政治学研究という営みそのものが不可能です。こうした事情は、およそどんな学問にも言えることではありますが、政治学には特にそれが強くあてはまります。本書『日本政治学史』は、学問が成立するための前提条件である「状況からの距離」を確保するのが難しいという基本的事情のもとで、しかし政治学を科学にしようと苦闘してきた日本の戦後政治学の歴史を描いたものであり、歴史を振り返ることで、社会に対する反省への手がかりを読者に与えようとするものです。
 今回のブックフェアは、日本政治学史という この大きな広がりを持つテーマを書籍遊猟者たちにも利用していただこうという趣旨で企画したものです。この趣旨に沿って、「日米政治学史茶話会」 有志の皆さんを中心に、『日本政治学史』の中心的なテーマ8つから出発して、分野を超えない名著を中核とする選書を行なっていただきました(会については同書「あとがき」参照)。
 小冊子を片手に、いつも立ち寄る書棚を違った眼で眺めたり、いつもは立ち寄らない棚に寄り道してみたりするために、このブックリストを利用していただけたら幸いです。(酒井泰斗)

日本政治学史
日本政治学史
酒井大輔著
中央公論新社 2024年
  • まえがき――科学としての政治学の百年
  • 序 章 本書の方法
  • 第1章 民主化を調べる――占領から逆コースまで
  • 第2章 英雄時代――講和独立から高度成長期へ
  • 第3章 近代政治学の低迷と挑戦者――豊かな社会の到来
  • 第4章 新しい流れ――一九八〇年代の断絶と連続
  • 第5章 制度の改革――平成の時代へ
  • 第6章 細分化の向かう先――二一世紀を迎えて
  • 終 章 何のための科学
  • あとがき 
  • 参考文献 
  • 主要人名索引
酒井大輔 著『日本政治学史』

日本の政治学はいかなる問題意識を抱え、いかにして制度化されてきたのか。政治思想史から行動論、実験政治学に至るまでの多様な研究潮流を俯瞰しつつ、新たなバランス感覚のもとで日本政治学の歴史的展開を捉え直す一冊。
趙星銀(明治学院大学)

酒井大輔 著『日本政治学史』

今日に至る日本政治研究を対象として〈科学としての政治学〉の軌跡を追い、「何のための政治学か」を問う書。
竹中英俊(編集者)

書籍リストの構成と担当者

推薦文(POP)一覧

書籍リストと解説

1 研究する人(酒井大輔)

政治の世界 他十篇
丸山眞男(松本礼二編注) 2014
岩波文庫
高畠通敏集5(政治学のフィールド・ワーク) 高畠通敏 著 2009 岩波書店
戦後政治と政治学 大嶽秀夫 著 1994 東京大学出版会
現代日本政治研究と丸山眞男 渡部純 著 2010 勁草書房
アメリカ政治学研究 山川雄巳 著 1977 世界思想社
民主主義へのオデッセイ 山口二郎 著 2023 岩波書店
日本政治研究事始め 大嶽秀夫 著 2021 ナカニシヤ出版
戦後日本の学知と想像力 前田亮介 編 2022 吉田書店
戦後日本と政治学史 熊谷英人 編 2025 白水社
日本政治学出版の舞台裏 岩下明裕・竹中英俊 編 2025 花伝社
科学ジャーナルの成立 A. シザール 著 2024 名古屋大学出版会
サイエンス・オブ・サイエンス D. Wang, A. Barabási 著 2025 森北出版
科学を計る 窪田輝蔵 著 1996 インターメディカル

 学史は、学説の歴史であると同時に、研究にかかわる人間と社会の歴史である。とりわけ政治の学問である政治学は、政治への立ち位置において微妙な関係をはらむ。政治との関わり方如何はこの学問を動かし、その軌道を方向づけてきた。このことは、学史の読者に「研究する人」と社会への関心を要求する。>>解説文を開く/閉じる

 「政治学の独立宣言」とも呼ばれる丸山眞男「科学としての政治学」(『政治の世界 他十篇』収録、初出1947年)は、科学的な政治認識の可能性や、学者の持つべき規範について語る戦後初期の檄文だ。そのインパクトの深さ・広さ・長さにおいて他に並ぶものがなく、現在に至るまで最重要文献の一つである。高畠通敏「職業としての政治学者」(『高畠通敏集5』収録、初出1970年)は「人はなぜ政治学者になるのか」を考える上で示唆に富む。半世紀経った現在との差を比べてみてもよいだろう。
 日本政治学史の初期の古典として、大嶽秀夫『戦後政治と政治学』を省くことはできない。先行業績に対する切れ味の鋭さは随一であり、いま読んでも発見がある。渡部純『現代日本政治研究と丸山眞男』は、政治学史の構造や時期区分について理論的に捉えた、薮野祐三の『先進社会=日本の政治(1)』以来の著作であり、学史の全体像を提供する大きな役割を果たした。戦後政治学の栄養源であったアメリカについては、学説、学術運動、研究プログラムに至るまで、目配りの行き届いた山川雄巳『アメリカ政治学研究 増補版』の意義がいまでも薄れていない。
 従来、研究者の自伝は必ずしも豊富ではなかった。「学者の生活記録が乏しく、またそういう形の資料をのこすことへの関心が低い」と丸山が書いたのは1968年である(「『一哲学徒の苦難の道』対談を終えて」)。ところが近年、政治学者の記録への意識が変わりつつあり、回顧録が続々公にされている。ここでは山口二郎『民主主義へのオデッセイ』と大嶽秀夫(酒井大輔・宗前清貞編)『日本政治研究事始め』のみ挙げておく。新たな時代を切り開こうとする研究者の息遣いを、ひしと感じることができるはずである。東京女子大学の丸山眞男文庫をはじめ、研究者の資料保存も少しずつ拡大しており、こうした記録への意識は今後も強まっていくだろう。
 こうした中、政治史や思想史のトレーニングを受けた若手によって、学史の新たな語りが生まれている。例えば前田亮介編『戦後日本の学知と想像力』や熊谷英人編『戦後日本と政治学史』は、公刊物の外にも資料を求め、政治学者の新たな側面を語り直す意欲作である。これらはいわゆる記念論集(Festschrift)であり、昨今この主の書籍は意義が問われる傾向にあるが、学史研究にとって依然欠くことができない。
 さらに、東京大学出版会に長年務めた編集者への聞き取りが、岩下明裕・竹中英俊編『日本政治学出版の舞台裏』である。「学問史ないし出版史において、未刊企画の記録もそれなりに意味を持つ」という考えから、ついに日の目を見なかった出版企画について多くが語られる。完成した刊行物のみで学史を理解することの危うさを教えてくれる。
 学術メディアとしての本や雑誌への理解は、「研究する人」の行動を理解する上で有用である。アレックス・シザール(柴田和宏訳・伊藤憲二解説)『科学ジャーナルの誕生』は、科学ジャーナルのもつ矛盾的性格──「永続的なアーカイブであると同時にニュース速報でもあり、公共の知識保管庫であると同時に専門家だけのための領域でもある」──を歴史的に描き出す。私たちのよって立つ科学/学問の理念が、いかに脆い物質的基礎の上にあるか、そして現在も研究規範として生きているのかを考えさせられる。
 最後に研究行動の定量分析。デジタル人文学といえば近年計量テキスト分析が伸長しているが、似て非なる分野として計量書誌学(Bibliometrics)がある。最近は科学の科学(Science of Science)とも呼ばれるが、その最近の話題書がDashun Wang, Albert-László Barabási(SciSci翻訳委員会訳)『サイエンス・オブ・サイエンス』として訳出された。書誌情報、著者情報などの指標を用いて研究行動のパターンや因果関係を探求するものであり、学史研究への応用可能性が大きい。古い本だが、窪田輝蔵『科学を計る』は引用分析の発展に貢献したユージン・ガーフィールドの歩みを辿るものであり、この手法のもつ意義と限界を知るために勧めたい。

(酒井大輔)

圧巻。
学問を記述する新たな方法の可能性に満ちている。
床屋談義の学問論から抜け出すために。

酒井大輔(国家公務員)

2 行動科学運動(酒井泰斗)

信頼の政治理論
西山真司 2019
名古屋大学出版会
権力と社会──政治研究の枠組み H. ラスウェル、A. カプラン(堀江湛ほか訳) 2013 芦書房
現代のエスプリ33:行動の科学 南博・犬田充編 1970 至文堂
西太平洋の遠洋航海者 B. マリノフスキ(増田義郎 訳) 2010 講談社
行動科学入門 The Voice of America, B. ベレルソン 編(佐々木徹郎 訳) 1962 誠信書房
行動科学入門―社会科学の新しい核心 関寛治・犬田充・吉村融 1970 講談社
アメリカ政治学史序説 中谷義和 2005 ミネルヴァ書房
行動論政治学 坂野亘 編 1976 世界思想社教学社
現代政治学入門 篠原一・永井陽之助 1965/1985 有斐閣
行動科学と国際政治 武者小路公秀 1972 東京大学出版会
政治体系理論 山川雄巳 1968 有信堂
社会科学の論理によせて J. ハーバーマス(清水多吉ほか訳) 1991 国文社
現代市民の政治文化──五カ国における政治的態度と民主主義 G. アーモンド、S. ヴァーバ 1974 勁草書房
権力 N. ルーマン(長岡克行 訳) 1986 勁草書房
社会科学のリサーチ・デザイン―定性的研究における科学的推論 G. キング、R. コヘイン、S. ヴァーバ(真淵勝ほか訳) 2004 勁草書房

 「政治学の科学化」は『日本政治学史』の主要テーマであるが、ここにいう「科学化」の内実は行動科学化である。では行動科学とは何なのか。>>解説文を開く/閉じる

 第一次大戦ごろまでにアメリカ合衆国はイギリスの一人当たり工業生産高を抜き、世界一の工業国となる。このあたりの時期に、学問の分野でも合衆国ならではの学問的な動きが目立ったかたちで勃興してくるが、特にそれが第二次大戦中の学際的な研究協力という形で成功すると、この潮流に名前を与えようとする動きを生じさせた(学際研究の例として政治学者と哲学者の共同研究であるラスウェル&カプラン『権力と社会』を挙げておく)。「行動科学」とは、そうした潮流を、1940年代末から振り返って指示するために作られた言葉である。
 回顧的造語を促した直接のきっかけは、第二次大戦直後にアナウンスされた国立科学財団(NSF)の設立に関して、予告された自然科学と経済学以外の分野にも予算を割り当てるよう要求する心理学者・社会科学者たちによるロビイング活動だった。ここで「行動」という語は、生物学と社会科学の垣根を超えた学際的な協力の確立という野心と、「社会主義」と紛らわしい「社会科学」という語を避けたいという打算によって選択されたものである。最終的に NSFは「行動科学」という語を採用しなかったが、すぐあとでフォード財団がこの名前をつけたプログラムによって幅広い学問分野に対して莫大な研究費支援を(1951年から1957年にかけて)おこなった*ため、行動科学は「広く知られた非公式な語」という不思議な性格を持つことになった(フォード財団による支援の成果物のうちもっとも著名なものの一つとして、1954年に設立された行動科学高等研究センター(CASB)を挙げておこう。この時期の行動科学史については山川雄巳『アメリカ政治学研究』に詳しい)

 フォード財団のプログラム終了時期──そしてまたスプートニク・ショック──の雰囲気を伝える文書として、1958年に提出された声明文「行動科学への国家的援助」(邦訳は『現代のエスプリ』33 に所収)がある。これには「行動科学」という語をつくったシカゴ大学の研究者たちと、その周辺にいたロバート・マートンを始めとする錚々たるメンツが名を連ねており、そうした初期メンバーたちがこの語のもとで具体的にはどんな研究を考えていたかがわかる。今では想像するのも少し難しいが、当時の行動科学諸分野の関係に関するパブリックイメージは、〈先進的な分野である心理学と人類学が先頭にたち、新興分野である社会学を発展に導いていく〉というものだったのである。その際、心理学については「実験をしている」ことが、人類学については「実地でものを見ている」ことが、「科学的である」理由として重視されていた(模範例として挙がっているのはマリノフスキー(『西太平洋の遠洋航海者』)やラドクリフ=ブラウンの名前である。同時期の VOAのラジオ講座を書籍化したベレルソン編『行動科学入門』でも、当時の学問的布置がうかがえる)
 こうした行動科学の歴史において、政治学は特異な位置を占めている。まず上述のパブリックイメージの中に政治学の位置はなかった。話題に上がらないほど政治学の威信は低かったのであり、まさに、自らを行動科学化する必死の努力によって、政治学は学問的威信を上昇させたのである(対照的に、人類学と社会学は、政治学と入れ替わるように、1960年代末までには こうした学問地図から外れ、社会的威信も低下していく)
 行動科学の影響下で発展した政治学の潮流は「行動論的政治学」と呼ばれる。当時、自らを行動科学化するにあたって政治学が使えるオプションは幾つかあった。主題の面においては、旧来の国家学的・統治制度論的な政治学が手を出さなかった領域を開拓する、というやり方があった。具体的には、各国クオリティ・ペーパーの比較研究、選挙行動論、国際関係論、地域研究といった領域である。方法・方針の面では、社会学的な一般システム理論、社会心理学的な計量研究、数理経済学的なゲーム理論といった選択肢があった。これらのどれもが試されたあとで、一般システム論路線は早期に放棄され、ゲーム理論は部分的には取り入れられたが、主流となったのは計量的な研究である。
 一時期アメリカ政治学の主流派となった行動論的政治学については量が多すぎてここでは紹介できないので(アメリカ政治学史について中谷義和『アメリカ政治学史序説』を、日本への導入期の著作として篠原 一・永井陽之助編『現代政治学入門』、阪野 亘 編『行動論政治学』、山川雄巳『政治体系理論』、武者小路公秀『行動科学と国際政治』をリストしておく)、ここでは代わりに二つの象徴的な例を挙げておこう。
 一つは、アーモンド&ヴァーバ『政治文化論』(邦題は『現代市民の政治文化』)である。これは〈計量的な調査研究-の設計のために-一般システム論を使う〉という組み合わせの模範例であるだけでなく、のちにこれを批判するかたちでパットナムらのソーシャル・キャピタル研究が台頭してきたという点でも重要である(西山真司『信頼の政治理論』ではこの流れが詳しく跡付けられている。本書では、「文化」がパーソンズの社会システム理論において背骨にあたる重要な役割を持つ概念であり、しかしアーモンドはその含意を汲まずに語を引き継いだことも指摘されている)。そのヴァーバが後年刊行した『社会科学のリサーチ・デザイン』が、20世紀後半における社会科学方法論争におけるもっとも著名な著作となったのは、まさに政治学こそが、もっとも大きな行動科学化のコストを払い、実際に大変貌を遂げたという事情があったからなのである。
 もう一つは1970年にブルーバックスの一冊として刊行された関寛治・犬田充・吉村融『行動科学入門』である。著者のうち、吉村は哲学者、犬田は心理学者、関が政治学者であるが、本書では書籍の半分を超える分量が政治学の紹介に費やされ、紹介のための研究事例としてはゲーム理論を使った国際関係論が選ばれている。1950年と1970年の間に、政治学がプレゼンスの確保にも成功したことがうかがえるだろう。
 第二次大戦後の合衆国の巨大な影響力に面して、他国の研究者たちも多かれ少なかれ行動科学への対応を迫られることになる。たとえばドイツではハーバーマスやルーマンなど1920年代後半生まれの世代がその直撃を受けた(ハーバーマス『社会科学の論理に寄せて』)。規範的な学問と経験的な学問、精神科学と行動科学をどのように調停するかといった(ドイツ ローカルな)課題を共有していたからこそ、ハーバーマスとルーマンの間に論争が勃発し得たのである。たとえばルーマンの『権力』は、「生活世界と技術の関係の検討」という現象学的課題に 行動科学的研究の知見を使って取り組んだものである。そこでは、行動論的政治学における経験的・計量的な権力研究の成果を参照した上で、そのバックボーンである心理学的影響力論まで遡り、権力を影響力の一分岐として──貨幣・所有・真理・愛・信仰などと並べて比較するかたちで──扱ったうえで、さらにそれを現象学的に反省する、という仕方での調停がおこなわれている。

(酒井泰斗)

キング、コヘイン&ヴァーバ 著
『社会科学のリサーチ・デザイン』

苦労したひとは他人にアドバイスし始めるのが世の常。
苦労して計量化に励んだ政治学者たちもまた、
他人に「科学的推論」を勧め始めるのです。

酒井泰斗(会社員)

3 大学史(佐々木研一朗)

帝国大学の誕生
中山茂 2024
講談社学術文庫
フンボルト理念の終焉?現代大学の新次元 潮木守一 2008 東信堂
大学の誕生 上──帝国大学の時代 天野郁夫 2009 中公新書
大学の誕生 下──大学への挑戦 天野郁夫 2009 中公新書
ドイツ国家学と明治国制―シュタイン国家学の軌跡 瀧井一博 1999 ミネルヴァ書房
戦間期日本の高等教育 伊藤彰浩 1999 玉川大学出版部
大学という病──東大紛擾と教授群像 竹内洋 2007 中公文庫
戦時下学問の統制と動員──日本諸学振興委員会の研究 駒込武・川村肇・奈須恵子編 2011 東京大学出版会
新制大学の誕生 上──大衆高等教育への道 天野郁夫 2016 名古屋大学出版会
新制大学の誕生 下──大衆高等教育への道 天野郁夫 2016 名古屋大学出版会
戦後日本の高等教育改革政策──「教養教育」の構築 土持ゲーリー法一 2006 玉川大学出版部
大学とは何か 吉見俊哉 2011 岩波新書
戦後大学改革 羽田貴史 1999 玉川大学出版部
日本近代大学史 寺崎昌男 2020 東京大学出版会
増補版 日本における大学自治制度の成立 寺崎昌男 2000 評論社

 政治学史を語る際、なぜ大学は重要なのか。
 なるほど、プラトンやアリストテレスはもとより、ホッブズ、ロック、ルソーなどの政治学の古典の著者たちは、いずれも大学の教員ではなかった。中国の孔孟老荘や朱熹、日本の荻生徂徠や本居宣長、福沢諭吉や中江兆民もそうである。一見すると、大学という存在を抜きにして政治学史を語ることはできそうである。>>解説文を開く/閉じる

 だが、ヨーロッパにおける科学革命を経て、科学研究や技術開発は次第に大学と結びついていく。転機とされるのが1810年のベルリン大学の創設だ。その構想をつくったヴィルヘルム・フォン・フンボルトは、新大学の理念に教育と研究の結合を掲げた。潮木守一『フンボルト理念の終焉?』が紹介するところでは、この新しいスタイルは時代や地域によって変化しながらも周囲に浸透していった。日本も例外ではない。
 このように指摘をすることができる一方、日本の 大学における(・・・・・・) 政治学史を把握することはなかなか難しい。大学史や科学史では個別の学問史はオミットされがちであり、逆に政治学を含む学問史においては、大学や研究機関についての言及は少ない。ここでは、この間隙を埋めるための手がかりとなる文献を紹介する。なお、選書者の専攻が政治学であることから生じる制約があることを、あらかじめご承知おき願いたい。
 日本の大学史において画期とされるのが、1886年の帝国大学の創設だ。私たち日本人の考える「大学」という組織のあり方やイメージが、この帝国大学の創設とその後の発展により形づくられているからであり、日本の科学研究のスタイルにも影響を及ぼしているからである。天野郁夫『大学の誕生』(上)と中山茂『帝国大学の誕生』は、この画期性を理解する導入となるだろう。
 帝国大学では政治学科が法科大学へと移管され、そこが政治学の研究と教育の主たる場となる。この時期の政治学の実情に迫っているのが、瀧井一博『ドイツ国家学と明治国制』だ。1887年に法科大学政治学科の教授や学生、卒業生らを中心に新しく国家学会がつくられ、その機関誌である『国家学会雑誌』の刊行が始まる。初期の国家学会は学術論文の発表の場としてだけでなく、伊藤博文ら現職の政治家や官僚を招いた講演会を盛んに開催するなど、実務との距離も近かった。
 このような帝大とその学問への挑戦を試みたのが、私立学校であった。1918年公布の大学令により私立大学が認められ、早稲田大学や慶應義塾大学、明治大学などが正式な大学へと昇格していく様を、天野郁夫『大学の誕生』(下)は活写する。この時期は日本の資本主義が発達していくなかで高等教育への需要が増大し、その量的拡大が原敬内閣で実施される。伊藤彰浩『戦間期日本の高等教育』は、その政治過程を立憲政友会の「積極政策」の一環として位置付けている。東大法科では経済学者の高野岩三郎が主導して経済学部独立に向けた動きが本格化し、彼の親友で同じく東大法科の政治学講座において初めて専任の教授となった小野塚喜平次もこれを後押しする。竹内洋『大学という病』は、この独立が経済学部内の派閥対立を惹起し、法学部にも戦後にまで及ぶ影を落としたことを描き出す。
 1935年の天皇機関説事件を機に、大学に対する政府の圧力が強まっていく。駒込武・川村肇・奈須恵子編『戦時下学問の統制と動員』は、事件の翌年に組織された日本諸学振興委員会が、法学や経済学を含む人文社会科学者の研究や教育活動への統制を進めるとともに、学会再編成の契機にもなっていたという。
 戦後教育改革において、GHQ からも文部省からも独立して教育改革を議論したのが教育専門家から成る教育刷新委員会だ。委員会における各種の議論については、天野郁夫『新制大学の誕生』(上・下)が詳しく論じている。このとき、委員会における議論をリードしたのが、政治哲学者で東京大学総長の南原繁であった。土持ゲーリー法一『戦後日本の高等教育改革政策』は、南原が改革の基本構想をつくった米国教育使節団にいち早く接触し、6・3・3・4制の単線型教育という戦後の新学制の骨格に影響を与えたことなどを明らかにしている。吉見俊哉『大学とは何か』は、南原のねらいが旧制高等学校を廃止し、高度に専門的な知識や技術を文化や社会の全体構造のなかで総合する力としての「一般教養」の獲得を目的とする新制大学を創設することにあるとみる。この「一般教養」を提供する場としての新制国立大学が、戦前の師範学校や専門学校を再編するかたちで整備されていく。そのプロセスについては、羽田貴史『戦後大学改革』が詳しい。
 最後に政治学史と大学との関係において、「学問の自由」は欠かせないテーマの一つであろう。かつて丸山眞男は、「一般に、市民的自由の地盤を欠いたところに真の社会科学の生長する道理はないのであるが、このことはとくに政治学においていちじるしい」(「科学としての政治学」)と述べたことがある。大日本帝国憲法では「学問の自由」が明文で保障されず、「大学自治」という慣行によって保たれていた。
 その形成過程を明らかにしたのが、寺崎昌男『増補版 日本における大学自治制度の成立』である。増補版で追加された講座制の歴史的研究は、日本の大学における学問史の前提として欠かせない。同じく寺崎昌男『日本近代大学史』は、日本の大学史研究を牽引してきた著者による通史であり、先行きの不透明な日本の大学と学問の未来についての見通しを与えてくれるだろう。

(佐々木研一朗)

文部科学省や財務省の悪口をSNSに書き込む前に
本気で自分たちの足元の歴史を学ぼう。
未来への手がかりはそこにある。

佐々木研一朗(明治大学政治経済学部兼任講師)

4 ジェンダーと政治(田村哲樹)

政治学の批判的構想――ジェンダーからの接近 衛藤幹子 2017 法政大学出版局
フェミニズムの政治思想――ケアの倫理をグローバル社会へ 岡野八代 2012 みすず書房
日常生活と政治――国家中心的政治像の再検討 田村哲樹(編) 2019 岩波書店
家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治 辻 由希 2012 ミネルヴァ書房
中断された正義──「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察 N. フレイザー(仲正昌樹監訳) 2003 御茶の水書房
秩序を乱す女たち?──政治理論とフェミニズム C. ペイトマン(山田竜作訳) 2014 法政大学出版局
女性のいない民主主義 前田健太郎 2019 岩波新書
女性と政治 御巫由美子 1999 新評論
女性解放思想の歩み 水田珠枝 1973 岩波新書
正義と差異の政治 I. M. ヤング(飯田文雄・茢田真司・田村哲樹監訳、河村真実・山田祥子訳) 2020 法政大学出版局
現代政治と女性政策 堀江孝司 2005 勁草書房
ジェンダー・クオータがもたらす新しい政治 三浦まり編 2024 法律文化社
戦後日本の女性政策 横山文野 2002 勁草書房
民主主義の革命――ヘゲモニーとポスト・マルクス主義 E. ラクラウ、C. ムフ(西永亮・千葉眞訳) 2012 ちくま学芸文庫

 「ジェンダーと政治」というテーマの下でまず思い浮かぶのは、女性政治家あるいはその「不在」である。第二次世界大戦後に女性にも参政権が認められた。しかし、その参政権の行使によって選ばれる側の政治家については、長らく女性はごく少数であり、政治的意思決定におけるその影響力も極めて限定的であった。岩本美砂子『百合子とたか子』は、そのような中で、現在(2025年12月)の首相以前に最も首相に近いところまで上り詰めた土井たか子と小池百合子という二人の政治家に焦点を合わせた著作である。女性有権者数に比べて過少な女性議員を増やすための施策として、「クオータ」(議席ないし候補者の割当制)がある。三浦まり編『ジェンダー・クオータがもたらす新しい政治』は、女性議員増加という課題に実践的にも取り組んできた研究者が編集した、その最新の研究成果である。>>解説文を開く/閉じる

 「政治」という「公的領域」における女性の少なさは、「家族」を典型とする「私的領域」における女性の役割と表裏一体である。この男性=公的領域、女性=私的領域という公私二元論は、政策形成のあり方にも影響を及ぼす。堀江孝司『現代政治と女性政策』は、このようなジェンダーの視点を政治学の政治過程分析と結びつけ、男性中心的な政治過程において、「女性政策」はマイナーな位置に置かれざるを得なかったことを明らかにしている。横山文野『戦後日本の女性政策』は、イェスタ・エスピンーアンデルセンの福祉レジーム論に対するジェンダー論的な批判を踏まえて書かれた、日本の政治学で恐らく初めての単著書籍である。その後、辻由希『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』も、やはり福祉レジーム論を踏まえた上で、介護政策や育児政策の分析を行っている。
 公私二元論は、長らく政治学の前提であった。それゆえに、その問い直しは政治学そのものの問い直しに繋がる。この点で、水田珠枝『女性解放思想の歩み』は、世界的に見ても先駆的な著作である。同書では、近代の政治思想がいかに、公的領域における「男性」としての人間の平等を説きつつも、私的領域においては男性による女性の支配を認めていたかが明らかにされている。より最近になって、前田健太郎『女性のいない民主主義』は、20世紀後半以降の「ポリアーキー」などの政治学の代表的な諸学説を取り上げて、そこでの「女性の不在」を明らかにすることで、政治学がいかに公私二元論を前提にしていたかを明らかにしている。
 問い直された政治学の課題は、何だろうか。その根本にあるのは、「政治」そのものの問い直しである。1999年刊行の御巫由美子『女性と政治』は、冒頭で政治学と女性学・ジェンダー研究の提起した「政治」「政治的なるもの」との関係について論じている。同書では、女性学・ジェンダー研究による「政治」「政治的なるもの」概念の拡張に対して慎重な姿勢が採られている。政治学は、まずは通常の意味での「政治」を分析対象として、そこでのジェンダー論的な視点からの分析を発展させるべきとされた。これに対して、「フェミニスト政治学」を自認する衛藤幹子『政治学の批判的構想』は、「家族」、「私的」「市民的」「政治的」の三種類の結社の連続と重なりとして把握される「市民社会」、そして国家を「重なり合う、切れ目のない世界」として捉える構想を提示する。この構想は、公私二元論を超えた「政治」の提案に向かっているように見える。しかし、衛藤は最終的には、「議会外代表」に対する「議会代表」の擁護によって、狭義の「政治」を擁護する。
 政治学の研究でありながら、ジェンダー研究・フェミニズムのインパクトを受け止めて、狭義の「政治」を超えた「政治」について語ることは、どのようにして可能なのか。このような問題関心は、参加民主主義論で有名なキャロル・ペイトマンの『秩序を乱す女たち?』(原著1989年)に見られる。ただし、ユルゲン・ハーバーマスの公共圏論やシェルドン・ウォーリンの議論に言及しつつも、同書の著述は、なお端緒的な問題提起にとどまっている。その公共圏論の批判的考察を含むナンシー・フレイザー『中断された正義』と、「差異の政治」の代表的な著作の一つであるアイリス・マリオン・ヤング『正義と差異の政治』は、共に多様な内容を含みつつ、1980年代から1990年代にかけての、フェミニズム的かつ政治学的な立場から「政治」を再構想しようとした著作として読むことができる。そして、彼女たちの著作の「政治(理論)的」側面は、マルクス主義の再検討を通じて「政治」の重要性を論じた、エルネスト・ラクラウ/シャンタル・ムフ『民主主義の革命』と併せて読むことで、より理解することができるだろう。
 より最近では、岡野八代『フェミニズムの政治学』は、ケアの倫理に基づき、西洋政治思想の「自立的な個人」批判から始めて、依存関係に基づく国家を超える社会の構想にまで至る。それは、自立した個人と国家を中心に置いた政治像を問い直す試みである。田村哲樹編『日常生活と政治』は、「日常生活」という場にこだわることを通じて、国家中心的な政治像を再検討しようとする。そこでは、「家族」や「社会運動」などの小規模な場も、それ自体として一つの「政治」――この場合は、その構成員に関わる問題についての拘束的かつ正統な意思決定という意味での「政治」――の場であることなどが論じられている。「政治」の問い直しは、現在も「ジェンダーと政治」研究の基礎をなしているのである。

(田村哲樹)

5 経験的政治理論(西山真司)

新版 自民党政権
R.A. ダール(高畠通敏 訳) 2012
岩波現代文庫
現代政治学の名著 佐々木 毅 編 1989 中公新書
ファシズム 山口 定 2006 岩波現代文庫
制度 河野 勝 2002 東京大学出版会
ジョン・ロールズ──社会正義の探究者 齋藤純一・田中将人 2021 中公新書
概説 現代政治の理論 阿部 斉 1991 東京大学出版会
現代政治学入門 B. クリック(添谷育志・金田耕一 訳) 2003 講談社学術文庫
内山秀夫──いのちの民主主義を求めて 内山秀夫遺稿集刊行委員会 編 2015 影書房
比較政治 小野耕二 2001 東京大学出版会
現代の政治理論家たち 田口富久治・中谷義和 編 1997 法律文化社

『日本政治学史』のあとがきにおいて、政治理論の発展について十分な目配りができなかったと述べている。経験的な政治理論に関してその不足を補うことがこの項に課せられた目的であるが、日本の政治学史において経験的な政治理論がどのように発展したのかを示すことは難しい。よって、この項では日本の政治学に経験的な政治理論がどのように受容されてきたかを素描するに留めたい。>>解説文を開く/閉じる

 前提として、現在の政治学において分野としての「政治理論(Political Theory)」とは、規範的な政治哲学・政治思想を指すと解するのが普通である。とりわけ、J・ロールズの正義論がこの分野の中心となってからはなおさらである。浩瀚なロールズ自身の著作に触れる前に齋藤純一・田中将人『ジョン・ロールズ』を読んでおくと、ロールズの生い立ちや思想背景まで知ることができる。
 ロールズ以降の「政治理論」が普及する以前、日本の政治学における経験的な政治理論のイメージの端緒は、丸山眞男(松本礼二編注)『政治の世界 他十篇』所収の「科学としての政治学」(初出1947年)や「政治の世界」(初出1952年)に帰着するだろう。ここで丸山はブルンチュリやイェリネックといったドイツ語圏の思想に依りつつ、メリアムやラスウェルといったアメリカ政治学のエッセンスを取り入れている。長らく日本の政治学者にとっての共通基盤であり続けたのはドイツの学問であったが、これ以降次第に、理論的なアメリカ現代政治学の比重が増えていくことになる。当時のアメリカ政治学の典型例としてはR.A.ダール『現代政治分析』を挙げるべきだろう。
 ちなみに、戦後政治学者にとっての共通基盤とその概要を知りたい人には、昭和最後の年に編纂された佐々木毅編『現代政治学の名著』が参考になる。また、田口富久治・中谷義和編『現代の政治理論家たち』では、著作ではなく人物としての政治理論家15名に焦点を合わせて紹介がされている。同書ではマルクス主義の政治理論家が取り上げられている点も見逃せない。さらに、トピックごとに政治理論を紹介するものとして阿部斉『概説 現代政治の理論』がある。
 ところで、「横のものを縦にする(ヨコタテ)」という言葉は、かつて日本の政治学に対する揶揄としても使われることがあった。つまり、外国(主としてアメリカ)の著作を翻訳したり紹介したりするだけで、独自の理論を生み出していないのではないかとの意である。特に70~80年代において、日本の政治学はアメリカの政治学をさかんに輸入し、それが経験的な政治理論のイメージを固定化していった。ただ、その際に翻訳された著書のほとんどは現在絶版になっており、図書館以外での入手が難しい。たとえば内山秀夫が中心となった勁草書房の現代政治理論叢書シリーズ1~16(1970~82年刊行)や、J.C.チャールスワース編(田中靖政・武者小路公秀編訳)『現代政治分析Ⅰ~Ⅲ』などは、経験的な政治理論(この文脈では行動論政治学)を網羅的に紹介している。今ではほとんど忘れられているこうした翻訳と紹介という仕事こそが、日本の戦後政治学の重要な一つの顔であった。ちなみに内山秀夫は1930年生まれ。丸山に多大に影響を受けつつも丸山とは一定の距離を保ち続けたその生涯は、内山秀夫遺稿集刊行委員会編『内山秀夫 いのちの民主主義を求めて』に垣間見える。
 90年代以降の経験的な政治学は新制度論に席巻されていく。これによって、行動論とマルクス主義という従来の経験的政治理論の二大勢力は影をひそめるようになる。制度についての政治学者の見解はさまざまだが、重要な著作としては河野勝『制度』がある。同書がロールズやサールの制度論の検討から始まっていることも見逃すべきではない。そして、行動論政治学時代から経験的な政治理論の発展を要請してきた比較政治学分野における新制度論としては、小野耕二『比較政治』が詳しい。
 他方で、日本の政治学においては、経験的なものと規範的なものを峻別するアメリカ政治学に回収されない政治理論の伝統も根強いことには注意したい。たとえばイギリスの教科書の定番であったバーナード・クリック(添谷育志・金田耕一訳)『現代政治学入門』は、思想と歴史と理論を混ぜ合わせた内容となっており、日本における講義科目としての「政治学」の実情には、これが一番近いのではないだろうか。さらにまた、戦後すぐの政治学者にとって大きな共通関心はファシズムとは何か、民主主義とは何かを解明することであった。こうした問いに取り組む際に、政治理論は経験的であると同時に規範的なものとして現れる。山口定『ファシズム』は、経験的な歴史研究において理論がどのように登場するかを示す一つの好例である。

(西山真司)

齋藤純一・田中将人 著『ジョン・ロールズ』

『正義論』を読んだフリはもうやめたい。
でもアレを読み通す時間はない。
そんなあなたにぴったりの一冊が
ここにあります!

山本 圭(立命館大学)

6 行政改革と政治改革(野口侑太郎)

新版 自民党政権
佐藤誠三郎・松崎哲久 2025
中央公論新社
民営化の政治過程──臨調型改革の成果と限界 飯尾 潤 1993 東京大学出版会
日本の統治構造──官僚内閣制から議院内閣制へ 飯尾 潤 2007 中公新書
新しい政治改革へ──国会を市民の手に取り戻す 岡﨑晴輝 2024 法政大学出版局
日本改造計画 小沢一郎 1993 講談社
和魂洋才のすすめ──平成維新のリーダー学 亀井正夫 1991 致知出版社
いま政治になにが可能か──政治的意味空間の再生のために 佐々木 毅 1987 中公新書
自公政権とは何か──「連立」にみる強さの正体 中北浩爾 2019 ちくま新書
「公労協」労働運動の終焉──労働組合をめぐる政治過程 早川純貴 2022 御茶の水書房
新版 戦後史のなかの日本社会党──その理想主義とは何であったのか 原彬久 2025 中央公論新社
政治改革再考──変貌を遂げた国家の軌跡 待鳥聡史 2020 新潮選書
〈やわらかい近代〉の日本──リベラル・モダニストたちの肖像 待鳥聡史・宇野重規 編 2025 弘文堂
戦後「社会科学」の思想──丸山眞男から新保守主義まで 森 政稔 2020 NHKブックス
政治改革 山口二郎 1993 岩波新書
「連立政権時代」を斬る 山岸 章 1995 読売新聞社

 本ブックフェアの開催年である2025年は、戦後日本政治を指し示す「五五年体制」が成立して70周年にあたる。この成立については、『日本政治学史』に収録された、第二章「英雄時代──講和独立から高度成長期へ」において取り上げられている。他方、終焉については、第四章「新しい流れ──1980年代の断絶と連続」と第五章「制度の改革──平成の時代」において言及されている。
 以下では、「五五年体制」が終焉する契機となった1990年代の「政治改革」── 既存の選挙制度である中選挙区制を廃止して、新たに小選挙区比例代表並立制を導入する選挙制度改革──に注目して、政界・経済界・労働界・政治学界が辿った軌跡を知ることができる関連書籍を紹介してみたい。>>解説文を開く/閉じる

 「政治改革」の起源は、近視眼的には、1989年のリクルート事件という政治汚職事件に求めることができる。ただ、大局的には、1980年代の行政改革にも求めることができる。1970年代までの日本政治は、高度経済成長を背景に歳出の拡大を行ってきたものの、オイルショックを契機に高度経済成長が終焉し、財政赤字が顕在化した。そこで、1980年代の日本政治は経団連名誉会長・土光敏夫を先頭に、「増税なき財政再建」を目的とする行政改革に着手した。しかしながら、この改革に反対したのが、政治家に他ならなかった。政治家は当選のために地元選挙区の有権者の要求に応えようとし、結果として財政赤字の削減は進まなかった。そこで、政治家と有権者との密接な関係を断ち切るために、選挙制度改革が浮上したのである。
 行政改革が「政治改革」へと発展する過程において、政界・経済界・労働界・政治学界は、どのように日本政治を改革しようとしたのか。ここでは、行政改革の全体像を確認した上で、政・労・使・学の構想を知ることができる関連書籍を取り上げる。
 行政改革の全体像については、飯尾潤『民営化の政治過程』が参考になる。この著作では、自民党と経済界そして労働界(民間労組)が能動的であった一方で、社会党と労働界(官公労組)が受動的であったことが描かれる。その上で、1980年代の日本政治が「各勢力の均衡と前例」を重視した結果、「新しく起こってきた政治課題の処理」に対応できないことが顕在化したという。
 また、当時の自民党と社会党の個別具体的な状況に関しては、佐藤誠三郎・松崎哲久『新版 自民党政権』と原彬久『新版 戦後史のなかの日本社会党』が詳しい。『自民党政権』によれば、自民党は個人後援会や派閥を通じて多様な民意を吸収し、ゆるやかな政党組織を構築した。佐藤と松崎は、1980年代の日本政治のシステムを「仕切られた多元主義」と称し、中選挙区制を基軸とする政治システムを高く擁護した。他方、『新版 戦後史のなかの日本社会党』では、社会党内の路線対立・派閥抗争が取り上げられ、社会党が硬直化していく経緯が明らかにされる。さらに、社会党の主要な支持団体であった国労(国鉄労働組合)と全電通(全国電気通信労働組合)が、行政改革において対照的な対応を取ったことは、早川純貴『「公労協」労働運動の終焉』において記述されている。
 それでは、政界・経済界・労働界・政治学界は日本政治をどのように改革しようとしていたのか。政界では、自民党の政治家であった小沢一郎が『日本改造計画』を出版し、1980年代までの政治システムの全面的な刷新を断行するために中選挙区制の廃止を強調した。また経済界と労働界からは、住友電工の経営者であり国鉄改革の旗手であった亀井正夫が(『和魂洋才のすすめ』)、全電通の委員長で連合の初代会長を務めた山岸章が(『「連立政権時代」を斬る』)、中選挙区制の廃止に同調した。さらに政治学界では、佐々木毅と山口二郎が代表的であろう。佐々木は『いま政治になにが可能か』という著作を上梓し、上述した佐藤と松崎が訴えた「仕切られた多元主義」論への批判を通じて、中選挙区制の廃止を訴えた。また、佐藤と松崎を念頭に置いた批判は、山口の『政治改革』にも滲み出ている。
 政界・経済界・労働界・政治学界が関わった「政治改革」からは、既に30年が経過した。今日では、戦後政治システムの変化と各界隈の交錯に、関心が集まっている。
 まず、政治システムの変化は、飯尾潤『日本の統治構造』と待鳥聡史『政治改革再考』、そして岡﨑晴輝『新しい政治改革へ』が手掛かりになるだろう。『日本の統治構造』は、議院内閣制という制度に対する分析を通じて、1980年代までの政治システムが抱えていた問題点を整理している。これに対して、『政治改革再考』は、2020年代における政治システムの現状を考察した上で、「政治改革」の成果と残された課題をまとめている。さらに、『新しい政治改革へ』は、「政治改革」以後の日本政治の状況を踏まえた上で、「抽選制議会」の設置という「選挙制度改革にとどまること」のない新しい政治システムの改革案を提示している。
 次に、政・労・使・学の交錯に関しては、中北浩爾『自公政権とは何か』、森政稔『戦後「社会科学」の思想』、待鳥聡史・宇野重規編『〈やわらかい近代〉の日本』を挙げたい。『自公政権とは何か』では、自民党が「政治改革」以後の政治状況を乗り切るために、事前の予想に反した連立政権という選択を行っている経緯が描かれる。これに対して、『戦後「社会科学」の思想』『〈やわらかい近代〉の日本』では行政改革や「政治改革」に関わった知識人の動向が検討されている。この推薦文で取り上げた関連書籍に目を通すことによって、「五五年体制」を終焉させた「政治改革」の熱気とその後の日本政治の変化を知ることができるのではないだろうか。

(野口侑太郎)

佐藤誠三郎・松崎哲久 著『新版 自民党政権』

かつて自民党が憎たらしいほど強い時代があった。そんな時代の自民党の強さの秘密を徹底解剖した名著。多元主義的なシステムとして描き出される自民党政治はいまやノスタルジーの対象か、それとも……
河野有理(法政大学)

現代の社会科学は、過去の議論が切り拓いた知的可能性を十分に生かしているだろうか。戦後日本の社会科学の歩みを批判的に検証する。
趙 星銀(明治学院大学)

7 政治過程1:有権者、メディア、市民社会(山田真裕)

陰謀論-民主主義を揺るがすメカニズム 秦正樹 2022 中央公論新社
民度―分極化時代の日本の民主主義 善教将大 2025 中央公論新社
「政治の話」とデモクラシー:規範的効果の実証分析 横山智哉 2023 有斐閣
マスメディアとは何か─「影響力」の正体 稲増一憲 2022 中央公論新社
メディア変革期の政治コミュニケーション──ネット時代は何を変えるのか 大森翔子 2023 勁草書房
NHK vs 日本政治 E. クラウス(村松岐夫監訳・後藤潤平訳) 2006 東洋経済新報社
現代社会集団の政治機能──利益団体と市民社会 辻中豊・森裕城 2010 木鐸社
社会集団の政治機能 田口富久治 1969 未來社
日本における市民社会の二重構造──政策提言なきメンバー達 R. ペッカネン(佐々田博教訳) 2008 木鐸社
現代日本の市民社会──サードセクター調査による実証分析 後房雄・坂本治也編 2018 法律文化社
哲学する民主主義──伝統と改革の市民的構造 R. パットナム(河田潤一訳) 2001 NTT出版
誰が負を引きうけるのか──原発・ダム・空港立地をめぐる紛争と市民社会 D. アルドリッチ(湯浅洋一監訳) 2012 世界思想社
災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か──地域再建とレジリエンスの構築 D. アルドリッチ(石田 祐・藤澤由和訳) 2015 ミネルヴァ書房
東日本大震災の教訓──復興におけるネットワークとガバナンスの意義 D. オルドリッチ(飯塚明子・石田 祐 訳) 2021 ミネルヴァ書房

 政治過程というテーマを与えられたが、これは広すぎる概念である。政治過程をラフに腑分けすると、政府に対して国民から要求や支持・不支持を伝える入力過程(「デマンド・サイド」)と、政府内で政策を作成・決定・執行していく出力過程(「サプライ・サイド」)に大別できよう。ここでは紙幅と評者の専門という制約から前者に集中し、かついくつかのポイントに絞ったうえで、実証的な知見に基づく著作を紹介する。 >>解説文を開く/閉じる

 入力過程の始まりは有権者である。有権者がどのような政治的要求を持っているかなどについての分析は、世論調査や選挙調査によって蓄積されてきた。近年、世論調査形式の実験手法(「サーベイ実験」と呼ばれる)が急速に普及し、ここからも多くの知見が積み上がっている。その代表的なものとして秦(2022)と善教(2025)をここでは紹介する。秦正樹『陰謀論』強い思考に裏付けられた「動機付けられた推論motivated reasoning(いわば「先に結論があっての推論」)により、党派性が強く、政治的関心が高い層ほど陰謀論に傾倒しやすくなるという傾向を示している。つまり党派性が高いほど「右も左も陰謀論」という帰結を呼びやすくなるわけである。一方、善教将大『民度』のメタメッセージを一言でいえば、「他人の民度を云々するとき、お前の民度もまた問われているのだ」となろう。2024年兵庫県知事選挙における兵庫県民を分析している本書第7章は、日本ではこれまで見られなかった感情的分極化という現象が兵庫県において発生したこと、そのことにより陰謀論が受容されやすい状況が兵庫県において発生したことが示されている。
 われわれの日常生活における政治的会話の重要性については横山智哉『「政治の話」とデモクラシー』の分析が示すところである。政治的会話の効果として横山は、政治関心の低い人々が政治的会話によって効率的に政治知識を獲得していること、またそれにより日常的な政治参加が促されることをあげている。また政治的会話は政治に対する心理的距離を縮め、地域の問題解決のために他者との共同や、公職者との接触を促すことも指摘している。加えて本書では家族や友人などの親密圏における政治的会話に異質な情報や争点立場が含まれることにより、政治的寛容性が醸成されるメカニズムも示されている。
 有権者を取り巻くメディア環境とその影響については昨今注目の集まるところである。この分野に関するスタンダードな知識を得るうえで稲増一憲『マスメディアとは何か』は必読である。ネットでニュースを見るのが当たり前になった現在の政治コミュニケーションの分析として大森翔子『メディア変革期の政治コミュニケーション』がある。
 大変残念ながら日本の政治学には特定のメディアを対象とした分析はまだまだ多くない。NHKという日本のマスメディアを語る上で不可欠にして、政府からの影響を受けやすい組織に関しての政治学者による貴重なモノグラフとしてエリス・クラウス(村松岐夫,後藤潤平訳)『NHK vs 日本政治』をあげておく。また地方政治についての報道は多くを地方紙に負っている。その地方紙の影響についての貴重な分析として金子智樹『現代日本の新聞と政治』がある。
 人類史において民主主義は無条件に称揚されてきたわけではなく、政治や科学について無知で理性的判断力に乏しい大衆の政治参加を危険視する知的潮流はいまだ根強い。われわれが現在暮らしている社会はどのような社会であるか。そしてそのことが民主政治に対して持つ意味はどのようなものであるか。そのような問題意識で政治学者たちは市民社会の分析に従事してきた。その知見の一部をここでは紹介する。
 辻中豊は1980年代から日本における利益団体の分析を牽引し、多くの研究者を育て、彼らと多くの著作を残している。そのうちのどれを代表作として取り上げるかは大変悩ましい問題だが、ここでは辻中豊・森裕城『現代社会集団の政治機能』を紹介しておこう。本書をとり上げる理由の一つは、そのタイトル『現代社会集団の政治機能』にある。これはあきらかに田口富久治『社会集団の政治機能』へのオマージュである。本書はフランク・シュワルツによる市民社会の定義「家族と政府の中間的な領域であり、そこでは社会的アクターが市場の中で(経済的)利益を追求するのではなく、また政府の中で権力を追求するのでもない領域」を採用し、その上で実施した複数回の大規模な調査から日本の市民社会にアプローチしている。そこで現れた日本社会の特徴として、(1)生産者セクターの団体が多いこと、(2)ローカル・レベルの団体が多いこと、をあげている。ローカル・レベルの団体が多い一方で、専門家を雇用できるような全国規模の団体が少なく、政策提言を行なう力が弱いことについてはロバート・ペッカネン(佐々田博教訳)『日本における市民社会の二重構造』が指摘するところである。
 また近年は日本人の組織離れも指摘されるところであり、後房雄・坂本治也編『現代日本の市民社会』第13章の善教将大による分析がそれを裏付けている。
 市民社会における紐帯を表現する際にしばしば用いられる言葉がソーシャル・キャピタルsocial capitalである。この概念が政治学において隆盛するきっかけとなったのは、ロバート・パットナム(河田潤一訳)『哲学する民主主義』である。この著作に刺激され多くの国でソーシャル・キャピタル論の視点から分析がなされたが、日本もその対象に含まれる。
 その代表作としてダニエル・アルドリッチ(湯浅洋一訳)『誰が負を引きうけるのか』をあげておこう。本書は原発、ダム、空港といった、多くの人が恩恵を受けるがしかし近所にあると迷惑な施設(いわゆる NIMBY〔Not In My Backyard〕施設)の立地を分析し、これらの施設がソーシャル・キャピタルの弱い地域に作られることを示した。またアルドリッチはソーシャル・キャピタルが災害復興のありかたに影響を及ぼすことを示す研究も発表している(『災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か』『東日本大震災の教訓』)。

(山田真裕)

産経新聞も東京新聞も中道なのに朝日新聞は左?
地方紙の役割は?
実証研究が明らかにする新聞の現在。

佐藤 信(東京都立大学)

秦 正樹 著『陰謀論』

「陰謀論にハマるのは無知な人とは限らない」。
政治に関心があり、知識もある人ほど、自分の正しさに固執し、陰謀論の罠にハマりやすいことを実験政治学の知見により示した、刺激的で示唆に富む一冊。

山田真裕(関西学院大学法学部教授)

8 政治過程2:国家(渡部 純)

超国家主義の論理と心理 他八篇
丸山眞男 2015
岩波文庫
Bringing the State Back In Evans, Rueschemeyer & Skocpol eds. 1985 Cambridge University Press
通産省と日本の奇跡 C. ジョンソン(佐々田博教 訳) 2018 勁草書房
日本型労使関係の成功──戦後和解の政治経済学 久米郁男 1998 有斐閣
原因を推論する──政治分析方法論のすゝめ 量的方法と質的方法(新版) 久米郁男 2025 有斐閣
戦後日本の市場と政治 樋渡展洋 1991 東京大学出版会
新中間大衆の時代──戦後日本の解剖学 村上泰亮 1984 中央公論社
Politics against Markets G. Esping-Andersen 1985 Princeton University Press
Liberalism, Fascism, or Social Democracy: Social Classes and the Political Origins of Regimes in Interwar Europe G. Luebbert 1991 Oxford University Press
日本型福祉レジームの発展と変容 新川敏光 2005 ミネルヴァ書房
比較政治経済学 新川敏光・井戸正伸・宮本太郎・眞柄秀子 2004 有斐閣
官僚制支配の日常構造──善意による支配とは何か 畠山弘文 1989 三一書房
1940年体制 増補版──さらば戦時経済 野口悠紀雄 2006 東洋経済新報社
近代・戦争・国家──動員史観序説 畠山弘文 2006 文眞堂
政治学──概念・理論・歴史 新川敏光 2022 ミネルヴァ書房

 日本政治学では、丸山眞男による戦後の出発宣言と言うべき「超国家主義の論理と心理」の時点で国家への関心が強く示され、1950年代の初頭には全3部(9冊)に及ぶ『近代國家論』講座が刊行されるなどした(計画では全10冊。丸山に予定されていた『近代国家と精神的自由』が病気のため未公刊に終わる)が、その後は、(藤田省三の独自の仕事や田口富久治によるネオマルクス主義国家論紹介などを除くと)、国家それ自体の研究には大きな進展は見られなかったと言えよう。日本政治学界において、国家という主題が研究の焦点に浮上してくるのは、1980年代以降である。>>解説文を開く/閉じる

 社会科学の中では、オイルショック後に、国ごとの経済パフォーマンスに大きな違いが顕在化したことへの関心が重要な契機となって、1970年代後半から実証的な比較政治経済研究が発展を始める。その中で、市場組織と政府組織の編成とその相互関係の特質を解明しようとする研究が進み、国家が政治学的に(再び)語られるようになる(Evans, Rueschemeyer & Skocpol eds., Bringing the State Back In)。
 日本については、第二次世界大戦後の「高度経済成長」に着目し、民間と政府の組織的連関の果たした役割を解き明かした先駆的業績として、チャルマーズ・ジョンソン『通産省と日本の奇跡』(原著1982年)が重要である。本書はタイトルからして、国家官僚制が強権的に経済成長を主導したものと誤解されがちであったが、そうではないことは改めて強調したい。本書を端緒にして、市場の組織と国家の産業政策の効果という研究分野でいくつも業績が現れる。
 政治学における労働者組織という論点は、コーポラティズム論(当時は、ファシズム期の議論と区別するために、ネオ・コーポラティズムと呼ばれた)として蓄積され、シュミッターとレームブルッフの編著『現代コーポラティズム1・2』がよく読まれた。労働政治の業績としては、ここでは、あえて、久米郁男『日本型労使関係の成功』を挙げる。アクロバティックと呼ぶ人もいるほどの鮮やかな論理展開がある。久米が政治学方法論の教材として執筆した『原因を推論する』(新版2025年)も啓発的である。労働組織と企業間組織の形態については、労働経済学や産業組織論において蓄積が進んでいたが、それを踏まえて、自民党の長期政権の構造をマクロ的に基礎づけ、日本政治学に新地平を切り開いた業績が、樋渡展洋『戦後日本の国家と市場』である。これは、Esping-Andersen, Politics against MarketsLuebbert, Liberalism, Fascism, or Social Democracy(同書は、没後の1991年に公刊された)などを用いながら、日本については、村上泰亮の理論モデル(『新中間大衆の時代』)をつなげて、なぜ日本では北欧に典型的な社会民主主義勢力の優位が起こらなかったのか、と逆説的に問うてみせることで、自民党長期政権の成立理由を論じるものになっている。
Esping-Andersen を嚆矢とする比較福祉国家研究という分野では、新川敏光『日本型福祉の政治経済学』(のち『日本型福祉レジームの形成と変容』)が生まれた。この本の最初の章は、「国家と社会」という大時代的にも見えるタイトルの論文として公表されていたが、そのマクロ的な考察は、彼自身によるミクロの手堅い実証に支えられている。新川は、その後に共著で教科書『比較政治経済学』を出版し、日本における政治経済学研究の土台を確かなものとした。
 樋渡は1955年生まれ、新川は1956年生まれ、久米は1957年生まれとほぼ同年で、樋渡はカリフォルニア大学バークレー校、新川はトロント大学、久米はコーネル大学に、1980年代の半ばに長期留学して学位を取得しており、彼らの世代が、日本政治研究を国家間比較の展望の下で位置づけることに大きく貢献したと言える。日本政治研究は、80年代後半からの過剰なほどの経済繁栄もあって、1990年代には政治経済学一辺倒という趣になる。そのような潮流の中ではひっそりと、しかし、貴重な政治社会学的な国家研究が現れていた。畠山弘文『官僚制支配の日常構造』である。「支配」という用語は、マックス・ウェーバー『支配の社会学』を想起させる(創文社の世良晃志郎訳での詳細な訳注は、今日でも極めて有益)が、畠山は、原論文執筆時にはフーコーは意識していたものの、ウェーバーについては十分知識がなかったとのことである。ただし、彼の師、日本におけるアメリカ政治経済学的研究の先駆者の一人大嶽秀夫は、最初の『現代日本の政治権力経済権力』で、既に、ウェーバーの英訳に言及しながら支配というタームを用いている(訳で利用しているのは、清水幾太郎と浜島朗のもの)
 畠山の本は、マイケル・リプスキーの社会学的なストリートレヴェル官僚制研究(原著1980年)などを踏まえつつも、現代国家における「善意による支配」を政治社会学的に論じ、現在でも、知る人ぞ知る金字塔的存在である。ちなみに、畠山も1956年生まれであるが、彼の留学先はLSEだった。
 畠山は90年代以降、戦争という契機に着目して国家研究を進める。日本においては、戦争がその後の政治経済体制の起源になったことを指摘してよく知られているものに、野口悠紀雄『1940年体制』があるが、畠山は、Christopher Dandeker, Surveillance, Power and Modernity やアンソニー・ギデンズ『国民国家と暴力』(原著1985年)、マイケル・マン『ソーシャルパワー』(翻訳刊行中。原著1986 ~ 2013年)なども吸収しながら、『動員史観へのご招待』(のち『近代・戦争・国家』)を公刊して、戦争と国家という観点から近代という枠組み自体を問い直そうとした。中でもウェーバー音楽社会学読解の深さは特筆に値する。
 畠山は、東北大学での大嶽門下としては新川の一年上になる。新川も、京大退職後、単独で『政治学』という大作を著し、壮大な政治学の構図を提示して注目を集めた。

(渡部 純)

選書者プロフィール

酒井大輔さかい だいすけ

1 研究する人
1984年愛知県生まれ。名古屋大学法学部卒業。同大学院法学研究科修士課程修了。現在は国家公務員。専門は日本政治学史。。>>業績
  • 著書:『日本政治学史』(中公新書、2024年)
  • 共編著:『日本政治研究事始め』(ナカニシヤ出版、2021年)
  • 論文「戦後政治学の諸潮流」(『政治思想研究』21号、2021年。政治思想学会研究奨励賞)、「日本政治学史の二つの転換」(『年報政治学』2017-Ⅱ号)、「職業としない学問」(荒木優太編『在野研究ビギナーズ』明石書店、2019)ほか

酒井泰斗さかい たいと

2 行動科学運動、プロデュース
会社員。大阪大学大学院理学研究科(物性物理学専攻)修士課程中退。関心領域は道徳科学史、社会科学方法論争史、行動科学史。>>業績
  • 共編著:『ワードマップ ベルクソン』(新曜社、2026年)など
  • 論文:「行動科学とその余波」(高史明との共著、小山虎編著『信頼を考える』 勁草書房、2018年)、「〈法と科学〉の日米比較行政法政策論」(『科学・技術・社会』26 、吉良貴之・定松淳・寺田麻佑・佐野亘との共著、2017年)など

佐々木研一朗ささき けんいちろう

3 大学史
明治大学政治経済学部兼任講師・聖学院大学政治経済学部政治経済学科非常勤講師。1986年生まれ。明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士後期課程修了(博士(政治学)2018年)。>>業績
  • 論文:「新制大学における一般教養科目「政治学」の誕生―大学基準協会における議論の検討―」『政経論叢』91巻1/2号(2023年)、「戦前期日本における政治学の制度化に関する研究―東京帝国大学法学部及び国家学会を事例として―」博士学位論文(明治大学、2018年)。

田村哲樹たむら てつき

4 ジェンダーと政治
広島市出身。名古屋大学大学院法学研究科教授。専門は政治学・政治理論。名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。>>業績
  • 著書:『政治理論とフェミニズムの間――国家・社会・家族』(昭和堂、2009年)、『熟議民主主義の困難――その乗り越え方の政治理論的考察』(ナカニシヤ出版、2017年)、『現代民主主義理論ハンドブック』(共編)(ナカニシヤ出版、2026年1月刊行予定)など

西山真司にしやま しんじ

5 経験的政治理論
1983年生まれ。関西大学政策創造学部教授。名古屋大学法学研究科博士後期課程満期退学。博士(法学)。名古屋大学男女共同参画センター研究員などを経て現職。>>業績
  • 著書:『信頼の政治理論』(名古屋大学出版会、2019年)など

野口侑太郎のぐち ゆうたろう

6 行政改革と政治改革
名古屋大学大学院法学研究科大学院研究生。名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。修士(法学)。専門は政治学(戦後日本政治史、戦後日本政治学史)。>>業績
  • 論文:「経済構造調整問題から「政治改革」へ――「財界」における亀井正夫の二つの顔1974-1988」『名古屋大学法政論集』300号(2023年)、「行政改革から2つの「政治改革」へ――亀井正夫と佐藤誠三郎の関係を中心に1974-1989(1~5・完)」『名古屋大学法政論集』304/305/306/307/ 308号(2024年-2025年)など

山田真裕やまだ まさひろ

7 政治過程1:有権者、メディア、市民社会
関西学院大学法学部教授(政治過程論、現代政治分析担当)。1965年生まれ。筑波大学博士課程社会科学研究科学位取得修了(博士(法学)1993年)。>>業績
  • 著書:『政治参加と民主政治』(東京大学出版会、2016年)、『一党優位制の崩壊と政権担当能力評価』(木鐸社、2017年)

渡部 純わたなべ じゅん

8 政治過程2:国家
明治学院大学法学部政治学科教授(日本政治論担当)。1962年生まれ。東北大学法学部卒、京都大学博士(法学)。弘前大学人文学部公共政策講座専任講師、助教授(当時)、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員などを経て現職。。>>業績
  • 著書:『企業家の論理と体制の構図』(木鐸社、2000年)、『現代日本政治研究と丸山眞男』(勁草書房、2010年)、『戦いの物語の政治学』(風行社、2022年)

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紀伊國屋書店 新宿本店
会場 紀伊國屋書店 新宿本店 三階 G04棚(三階カウンタ前フェア棚)
  • 営業時間:10:00~21:00
  • 税込10,000円以上の購入で配送料無料。
    税込10,000円未満の場合は900円(税抜)。
会期 2025年12月27日から2026年1月末まで

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はじめに
02 中核的なテーマ 中心的なテーマ
2. 行動科学運動
07 たとえばルーマンの『権力』では たとえばルーマンの『権力』
5 経験的政治理論
14, 15 B. クリック(添育志・金田耕一 訳) B. クリック(添育志・金田耕一 訳)
8 政治過程1:有権者、メディア、市民社会
18 「右も左も陰謀論」帰結 「右も左も陰謀論」という帰結
20 東日本大震災の教訓 D. アルドリッチ(飯塚明子・石田佑訳) 東日本大震災の教訓 D. P. アルドリッチ(飯塚明子・石田 祐訳)