『在野研究ビギナーズ』特設ページ

紀伊国屋じんぶん大賞2020 「紀伊國屋じんぶん大賞2020──読者と選ぶ人文書ベスト30」がスタートしました。ぜひ『在野研究ビギナーズ』への投票をお願いします。
 じんぶん大賞への読者投票は問い合わせフォームからおこないますが、投票には100~150字程度のコメントが必要です(コメントがない投票は無効)。事前に下記情報をテキストエディタで用意してから入力欄に進むことを推奨します。一人三冊までの投票が可能です。
  1. 名前(ペンネーム)
  2. メールアドレス
  3. 書名
  4. 著者名
  5. 推薦コメント(100~150字程度)
募集締切は2019年12月10日(火)です。

このページには、2019年9月に明石書店から刊行された論集 『在野研究ビギナーズ』 に関連する情報を掲載しています。書籍に直接関係する情報のほか、執筆陣が登壇するイベントや執筆物、書評情報などについてもご紹介します。執筆者・インタビュイーは下記の通り。

  • 酒井大輔
  • 工藤郁子
  • 伊藤未明
  • 小林昌樹
  • 熊澤辰徳
  • 内田 明
  • 山本貴光
  • 吉川浩満
  • 朝里 樹
  • 内田真木
  • 星野健一
  • 荒木優太
  • 山本哲士
  • 酒井泰斗
  • 逆卷しとね
  • 石井雅巳
  • 大久保ゆう
  • 朱喜哲
更新情報
2019.11.13
「催し」欄を更新しました。ただいま、下記日程で本書関連書店イベントを準備中です。
  • 2月7日 東京 19:30~21:00
  • 3月4日 東京 20:00~22:00
2019.11.05
12月7日に代官山蔦屋書店にて鼎談イベントが開催されます。 「催し」欄に催事情報を記載しました。
2019.11.03
『AERA』11月11日号(No.51)の「アエラ読書部」(p.66)のコーナーに、石飛伽能さんの書評が載りました。「書評」欄にリストしました。
2019.11.01
今年も「紀伊國屋じんぶん大賞2020──読者と選ぶ人文書ベスト30」の読者投票が始まりました。ぜひ『在野研究ビギナーズ』への投票をお願いします。
2019.11.01
10月30日発売の 週刊新潮2019年11月7日号 「十行本棚」にて『在野研究ビギナーズ』を取り上げていただきました。「ご紹介」欄にリストしました。
2019.10.31
2019.10.23
株式会社ABEJAのWEB誌「Torus(トーラス)」に荒木優太インタビューが掲載されました。 「執筆物」欄にリストしておきました。
2019.10.21
ただいま発売中の「週刊ポスト」11/1号(10月21日発売))で 井上章一さんに『在野研究ビギナーズ』をご紹介いただきました。
  • 井上章一「『大学制度』の外で小さな輝きを放つ現役学者による寄稿集」
「ご紹介」欄にリストしておきました。
2019.10.17
来週10月25日(金)に、『在野研究ビギナーズ』執筆陣のうち二人(工藤・朱)が登壇するイベント「ロケーションベースドマーケティングカンファレンス Japan2019」が開催されるとのことです。
2019.10.16
9月に八重洲ブックセンター本店で行なわれたイベントの模様が明石書店のWEBサイトにアップされました。 「催し>終了した催し物」欄からもリンクを張っておきました。
2019.09.29
「書評、ご紹介」欄に 日本経済新聞 朝刊(2019/9/28)での紹介記事を掲載しました。
2019.09.26
おかげさまで発売後数日で増刷が決まった『在野研究ビギナーズ』ですが、そろそろ一部書店に第二刷が並び始めたようです。
2019.09.25
「執筆陣からの応答」欄を作成し、 を掲載しました。
2019.09.17
現代ビジネス、工藤寄稿記事への反応まとめへのリンクを「執筆物」掲載しました。
『在野研究ビギナーズ』、一週間たっても勢いが落ちません。昨日くらいから Amazonの「哲学」分野売れ筋ランキングで2位にランクアップしていました。記念にキャプチャをとっておきました。
2019.09.16
講談社「現代ビジネス」に掲載された
  • 工藤郁子「「推し研究者」「推し学者」をつくったら、人生がときめいた話」
「執筆物」に掲載しました。
2019.09.13
2019.09.11
なんと、発売数日で重版が決まりました。おそろしい...
2019.09.11
『在野研究ビギナーズ』、おかげさまで昨日より Amazonの「日本の思想」ランキングで一位 (「哲学」 で3位、 「思想」 で7位)になっています。 瞬間的なものかとは思いますが、記念にキャプチャしておきました。

2019.09.10
「版元ドットコム」のページで荒木優太さんによる序文「あさっての方へ」の一部が読めるようになっていました。
2019.09.09
講談社「現代ビジネス」に掲載された
  • 荒木優太「「在野研究」はいまなぜブームなのか? 大学の外から学問する面白さ」
「執筆物」に掲載しました。
あわせて、内容的に関連する学会報告へのリンクを掲載しました。
  • 荒木優太「在野研究はサークルイズムか?」(日本近代文学会2019年度春季大会報告)
2019.09.07
書籍紹介ページを公開しました。
2019.09.06
発売日となりました。情報の掲載を開始しました。
『在野研究ビギナーズ』、Kindle版も発売されました。
2019.08.30
ジュンク堂書店池袋本店一階に『在野研究ビギナーズ』ウォールが登場したようです。
2019.08.29
ページ制作を開始しました。
 - はてなブックマーク数

目次

在野研究ビギナーズ
    • 序 あさっての方へ/荒木優太
  • 第一部 働きながら論文を書く
    • 第一章 職業としない学問/酒井大輔
    • 第二章 趣味の研究/工藤郁子
    • 第三章 四〇歳から「週末学者」になる/伊藤未明
    • インタビュー1 図書館の不真面目な使い方 小林昌樹に聞く
    • 第四章 エメラルド色のハエを追って/熊澤辰徳
    • 第五章 点をつなごうとする話/内田明
  • 第二部 学問的なものの周辺
    • 第六章 新たな方法序説へ向けて/山本貴光+吉川浩満
    • 第七章 好きなものに取り憑かれて/朝里樹
    • 第八章 市井の人物の聞き取り調査/内田真木
    • 第九章 センセーは、独りでガクモンする/星野健一
    • 第一〇章 貧しい出版私史/荒木優太
    • インタビュー2 学校化批判の過去と現在 山本哲士に聞く
  • 第三部 新しいコミュニティと大学の再利用
    • 第一一章 〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援/酒井泰斗
    • 第一二章 彷徨うコレクティヴ/逆卷しとね
    • 第一三章 地域おこしと人文学研究/石井雅巳
    • インタビュー3 ゼロから始める翻訳術 大久保ゆうに聞く
    • 第一四章 アカデミアと地続きにあるビジネス/朱喜哲
  • 在野のための推薦本

執筆陣からの応答

工藤郁子「「推し研究者」記事(2019年9月16日)について」

(工藤)が執筆した「『推し研究者』『推し学者』をつくったら、人生がときめいた話」(現代ビジネス)に数多くのご意見ご質問を頂戴しました。まとめてという形ではありますが、応答したいと思います。
なお、まとめの方針については、末尾「まとめの方針について」をご参照ください。(公開 20190925/最終更新 20190925) 開/閉

  • 研究者を推すということは、盲信や思考停止につながり、批判精神がなくなって、研究活動を阻害してしまうのでは?
  • 推しは、科学を楽しむアイディアとして悪くはないと思うが、研究者同士の不断の相互批判や反証を妨げやしないか
  • 「推す」ことと「正しさを批判的に検討する」ことは矛盾せず両立するというのが私見です
  • 例えば、熱心なカンティアン(カント主義者/カント研究者)が、しばしばもっとも先鋭的なカント批判を繰り広げるようなものです
  • 法(哲)学界隈では、上記のような姿勢が通常で、自明の前提となっていたため、寄稿では説明不足だったかもしれません
  • なお、共著『在野研究ビギナーズ』の拙稿(p.36)には、以下のような記載があります
    ところで、法哲学では、師匠の学説を超える「親殺し」をしないと、一人前とみなされないそうである。今をときめく某憲法学者も「常に『お前ら全員殺す』と思いながら、研究をしている」旨の供述をしていた。完全にサツバツだ。しかし同時に、健全でもある。吟味と批判と淘汰によって、学問の品質や正当性が、分野全体として担保されている。
  • ここでも、師として仰ぐほど尊敬し目標としてその議論を追うことと、その学説を批判することの両立が前提にされています
  • ちなみに、酒井泰斗さんが担当した第11章では、研究を「闘争」「競争」のアナロジーで捉えることに対して分析がされています(p.206)
  • 論文や研究を批判的に見ることとそれを書いた研究者を推すことってのは両立できることじゃないの?
  • いつも見てるからこそ「今日の大鵬の取り口はおかしい、大鵬らしくない」と苦言を呈するのが贔屓
  • 同意します
  • 研究会の場では厳しい論争をしつつ、終わった後の懇親会では和気藹々と交流するといったモードの切分けなどを体験してきました
  • 他の事例として、指定討論者を任されたシニア研究者が、初対面のジュニア研究者の報告に対して非常に辛辣な批判を展開したものの、その後、自分が編者になっている共著の企画に当該報告者を招き盛り立てていくケースなども該当するでしょう
  • なお、これは後で応えるように「推し」「ファン」という語から喚起されるイメージの違いに起因して、賛否が分かれた可能性があると思います
  • 「推し研究者」の話、元になった本では、「推し」を屠りたいという隠さない野心が一番面白いのにその話がウェブにないのは残念
  • 共著までご覧いただきありがとうございます
  • 共著の拙稿は、研究者であることを諦めそうになっている人たちが主たるターゲットなので「野心」の話もしました
  • 他方、ウェブ記事のターゲット層は、(自分で研究するつもりはないが)研究に触れていたい人たちでした。そのため、「研究成果の享受だけでも社会的意義がある」と主張し、〈専門性 vs 民主性〉の緊張関係を背景に、お金と共同体の話をしました
  • なお、共著で登場した先生方には、プライバシーなどに配慮して事前に原稿チェックをしてもらいましたが、「興味深い」「工藤さんの稼業がわかった」くらいのぬるい反応しか返ってこなかったので、殺気を真剣に受け止めてもらえるくらいの研究力を身に付けるべく精進したいです
  • 研究対象を批判できないから、オタクは学問には向かない
  • オタクもさまざまで、研究対象を批判できるタイプのオタクもいます
  • 「対象を批判できない人」を「オタク」と定義しているのだとすると、それは私の用語法とは違うので、イメージを確認しておきたいです
  • 著書でしか知らない先生に国際学会で会ったりすると、テンションがあがってしまう
  • 何これすごいって思えた瞬間やその対象になった研究や研究者のことは、心折れそうになった時に思い返すと気力が湧く
  • とても共感します
  • 共著でも書きましたが、私にとって論文執筆は苦痛なため、心の支えになる存在がいることで曲がりなりにも何とかなっています
  • もっとも、心の支えとする研究者であっても批判の対象となることは前述のとおりです
  • つい先日も、敬慕する先生と議論した際に「自分が全く理解できていなかったことがわかった」「もはや逃避はできないと納得させられた」等のコメントをいただき、私の専門領域だったとはいえ、さすがにやりすぎたと反省しています
  • 研究に、ときめきなどいらない
  • 必要ない人と、あった方が研究が捗る人がいます
  • 後者は、規範的にただちに否定されるわけではないと考えます
  • 「推し」などのファンダム語彙、文脈依存性が高いだけに個々人の語感の問題が大きい気がします
  • 仰るとおりですね
  • 私は「推し」に盲信するイメージを持っていませんでした。そのため、寄稿では、多義的な言葉であることへの配慮が不足していたかもしれません
  • 「推し研究者」について、アイドルとファンの比喩で捉えるのではなく、二次創作の作家と読者の比喩で捉えたら、しっくりくる
  • たしかに、そちらの方がメタファーとしてより適切だったかもしれません
  • 情報法や法哲学が専門なら、ファン文化というより闘技系のノリのはず。「プロレス」や「格闘技」に喩えた方がよかったのでは?
  • そうですね。しかし残念ながら、私はプロレスや格闘技に不案内なので、書けませんでした
  • そもそもどうしてこのアナロジー/類比を使ったのですか?
  • ウェブ記事のターゲット層は、(自分で研究するつもりはないが)研究に触れていたい人たちと設定しており、その人たちに類似する存在がファンではないかと考えたからです
  • また、〈特権性 vs 平等性〉の緊張関係や、お金と共同体の話などもテーマですが、それらとも接合しやすいイメージではないかと思いました
  • 推しとかファンになるほど研究者そのものを好きになれるのか、ピンとこなかった
  • 「推し論文」があるだけで、研究者がどんなライフスタイルを送っているかには、まったく興味がない
  • 興味がないことを否定はしません
  • 論文ではなく研究者に興味を持つのは、例えば以下のようなケースです:
    • ある論文が面白いと、その論文を執筆した研究者の別の論文を連鎖的に読み進め、「この人ならこの問題にどういうアプローチをするだろう」と想像したりすることがあります
    • こうして特定の研究者の論文を追いかけていくと、論文間の見解の相違、主張の変遷、関心の移行などに気づくことがありますが(有名な例では、哲学者ウィトゲンシュタインの論考について前期と後期に大別するなど)、なぜそのような変化が起きたのか、論文だけを読んでいるとわからないこともあります
    • こうした変化は、研究者間の交流・論争、就職・異動・留学・亡命、家庭環境の変化、健康状態の移り変わり、政局や世論の動向、政治活動へのコミットメントなどを補助線に引くと理解しやすくなるときがあり、(論文本体に書かれていない)論文の前提や背景がわかって、批判や評価の手がかりになる場合があります
    • なお、研究者を対象とした人物史・個人史もまた研究となりえます
  • 享受した作品から作者自身に関心を抱いても、知的に興味があるだけで自分を相手に認知させたいとは思わないし、だから会いに行かない
  • 私も認知されたいとは思わないです
  • 会いに行かなくても応援は可能ですし、それも意味のあることです
  • ただ、私が研究者と会って話すのは、学部生の頃に以下のような経験をしたことが影響していると思います
    • 刑法の講義中、担当教員の説明に違和感を覚えました。ある事件の事実認定に係る情報技術の理解が間違っていると感じました。その先生は、常に明晰な法解釈を展開していたこともあり、「玉に瑕」で惜しいという気持ちになりました
    • そこで、その情報技術を概説するレポート(A4で7枚くらい)を作成し、匿名で先生のポストに投函しました
    • 翌週、講義の冒頭で先生からレポートの紹介があり「指摘されたことが正しいとしても、結論に影響しないと私は考えるが、意見を聞きたいので名乗り出てほしい」と呼びかけられました
    • 100人以上いる大教室で目立ちたくなく、気後れして名乗り出ませんでしたが、その後、失礼で不誠実な態度だったと反省しました
  • 研究者というヒトに着目したのは、研究(モノ)だと既存のものしか存在しないから?
  • はい、そういう面があります
  • 最終成果物としての論文でなく、それを作り出す人や過程に着目した方が、将来に向けて「これからの学術環境をどうしたいのか」との構想を論じやすいです
  • 研究成果を属人的に判断するのは良いことではない
  • 「論文執筆者名だけをみて、盲信したり、全否定したりするのは、規範的によろしくない」というご意見であるなら、上記ですでに回答したとおりです
  • ところで、論文の査読では匿名性を担保しつつ、掲載時には著者名が公表されます。これはどうしてだと思いますか?
  • 研究者の属人的評価について、「業績」というコンセプトがあります。これは、研究で得られた成果は公のものだ、または、研究内容のみを見て判断すべき、という建前と、しかし研究者個人を評価しなければならない場合があるとの要請が働くために生じたものではないでしょうか
  • つまり、研究成果を属人的に判断して良いかどうかは、場合によると思います
  • 研究者というより、「推し研究テーマ」「推し分野」なら納得
  • 共著(p.35)では、以下のように「箱推し」のアナロジーを用いて、推し分野の話もしていました
    一般に、イチオシのアイドル個人を応援することを「単推し」、アイドルグループ全体を応援することを「箱推し」と呼ぶそうだが、「憲法学推し」など学術分野に対する応援もありえよう。
  • 「推しのいる人生は楽しい」には同意しかないけど「他人から推される人生は楽しい」とは思わない
  • とりわけ女性の研究者にとって、迷惑のほうが多いのでは?
  • アウトリーチを行うほど距離感のおかしい聴衆からの被害にさらされる可能性は増えるので、無責任に「推し活」を勧めないでほしい
  • ご指摘ありがとうございます。たしかに私の示した構想ですと、研究のオープンさに伴う弊害を助長しかねないおそれがあるかと思います
  • また、被害は現に発生していますから、(私の構想の賛否/採否は別としても)対策は必須と考えます
  • 対策案としては、以下などが考えられるでしょう
    • 迷惑の掛からない推し方や節度ある行動という推す側のマナーの探求
    • 組織的な取組みの検討と実施
      • 司会や指定討論者をおく
      • 質問票形式にする
      • 1対1を避け、第三者を介入させる仕組みを作る
    • ベスト・プラクティスの共有
      • 困っていそうな報告者の見つけ方
      • 困った人への声のかけ方
  • ただ、(クローズドな方がよい場面もあるのは前提として)学術研究のオープンさとトレードオフの関係に立っており、悩ましいところです
  • また、アイドルの場合は、このような危険性が広く認知されており、それを回避する仕組みも整備されていますが、研究機関や学会・研究会などに同じレベルを求めるのは難しいとの直観もあります
  • クローズドにすべき場合もあるが、基本的にオープンな場では出来るだけ多くの人に触れて貰いたい気持ちはある。ただし、セキュリティ意識が必要
  • 同意します
  • リスクを重くみて小規模なコミュニティを選び、公共性・公開性を捨てる選択をする分野もいずれ増えそう
  • 私の構想とは異なりますが、そのような構想もありうると思います(場合によってはその選択が適切なこともあるでしょう)
  • ただ、知の探究よりも社交・交際を重視するという意味でのディレッタンティズムに陥らないように、様々な工夫が必要になってくると思います
  • また、研究費をどうやって(安定的に)調達するかという課題も生じるでしょう
  • さらに、小規模でクローズドだからこそ生じやすくなるハラスメントの類型もあり、その対策も必要だと思います
  • それらを含めて検討した構想を、ぜひ読んでみたいです
  • 裾野を広げることで生じる弊害があるからと、活動自体を否定する議論をしてしまうのは、「自動車事故が起こる以上は自動車の運転自体を全て止めるべきである」と同じくらい変ではないか
  • 概ね同意します
  • 制度論としては、施策全体としての利害得失を考えるべきなので、仰る通りです
  • 他方、弊害への対策や個別事案への救済が必要なことも、ご賛同いただけると思います
  • そうすると、「弊害」に接してしまった個人の体験や気持ちを尊重することも意味はあると考えます
  • ファン文化に迎合すると、自分が研究したいものではなく、他者が望むものを研究することになるのではないか
  • 推してくる人の要求や意図が、研究に及ぼす影響について、やや無邪気では
  • 現在、研究者が、他者の(ひいては社会の)望むものとは独立に、自分が本当に研究したいことに専念できているようには見えません
  • それはゆえのないことではなく、多くの研究に公的資金が投入されており、納税者に対するアカウンタビリティが発生しているからではないでしょうか
  • 熱心な読者による応援やクラウド・ファンディングはよくないが、国の研究助成はよい、という主張をどう正当化できるかを考えていた
  • 私もその点を考えてみましたが、よくわかりませんでした
  • コメントをされた方たちから、さらなる応答があることを期待したいと思います
  • 学術的にはダメな研究者なんだけど、特定思想の資産家や権力者に「推された」結果、メディア露出してアカデミアや社会全体に害悪をもたらす「推され研究者」を生み出しかねない
  • 外部のアクターが、思惑や意図をもって、研究や研究者を利用するのは、(善い悪いは別として)いまも常に起こっていることではないでしょうか
  • 私見では、研究者倫理/研究倫理や研究者自身のためのロビーイングなどとして捉える方が、課題設定として適切ではないかと思います
  • アカデミアにふさわしくない人物が影響力を持つことに対する対処法は、妥当な人物が影響力を持つことだ
  • 同意します
  • 推し研究者に批判的な人が多いようだが、研究者以外にも学会誌を読んだり発表聞くだけのファン層も増やさないと資金的に厳しいのではと思う
  • 推し研究者の記事を読んだ一部学者の反応を見ると暗澹たる気持ちになる。危機感がなさすぎ。学問をすることの自明性自体が問われて、もう一度合意を形成しなくちゃいけない時なのに
  • 同じ問題意識を持っています
  • そのため、寄稿では「良い観客」「良い消費者」「良い納税者」を増やすことを処方箋のひとつとして提案しました
  • 「なぜ研究費を税金で賄うのか」という疑問に答える話は、興味がある。もっとも、記事のようにポジティブなトーンではなく、かなりネガティブ寄りだが
  • 日本の学術環境はかなり厳しい状況におかれているという現状認識なので、ネガティブだと思います
  • 寄稿では、「これからの学術環境をどうしたいのか」という構想を展開したので、ポジティブに見えた可能性があります
  • つまり「縮小均衡の施策に終始するのではない道」を無理矢理にでも考えたことによる違いです
  • 記事で紹介されていた、各国の大学設立の経緯が面白かった。特に、アメリカの有名大学は民間団体のような雰囲気があるが、そこには歴史的背景があることがわかった
  • 本文4頁目までご高覧いただきありがとうございます。寄稿中の以下の部分ですね
    封建制・身分制から距離をとったアメリカでは、民間有志が法人を設立する形で大学ができ、経営陣としての理事会と教授団が並立する大学組織が発展した
  • なお、字数の関係で最終的に削除しましたが、ホーフスタッターのいうアメリカの反知性主義(anti-intellectualism)への言及も草稿には含まれていました(リチャード・ホーフスタッター著、田村哲夫訳『アメリカの反知性主義』みすず書房、2013年)
  • 反知性主義は、高慢で軟弱な高等教育機関などで余計な知識など身につけない方が、本質的な知恵を体得できるという立場です。言い換えれば、大学にこもる経済学者よりも新進気鋭の起業家の発言を重視するような姿勢や、机上の空論より実践を通じた実学や技術が重要という発想です
  • 科学の普及、発展という目的を考えた場合、マネージメント系の人に経営権がある大学よりは、教授陣による自治の方が本来は望ましい形だと思う
  • 記事中でイギリス型やドイツ型として紹介した類型ですね
    封建的な社会構造を温存したイギリスでは、大学は社団の一種として扱われ、教師と学生の共同体になった。
    フランスとイギリスの中間的な姿になったのがドイツであり、国家によって大学が設立・維持・管理されるものの、一定の自治を享受し、教授会が大学の諸権限の中心的担い手となった
  • ただ、記事でも指摘した通り、研究者による自治・自律は、オープンでないとかエリートの既得権益として批判されており、民主性や平等性と緊張関係に立っています
  • また、学問の自由を保障する必要性から大学という制度ができたのではなく、大学という組織を母体として学問の自由が意識化されたという歴史的経緯にも注意を払う必要があるように思われます
  • 寄稿ではうまく伝えきれなかった面がありますが、構想としては以下のとおりです
    • 意思と能力がある人が、一般に訴求する形でマネタイズできるようになるのは、資金調達の選択肢が増えるという意味で望ましい
    • 他方で、一般訴求に適さない分野や研究者にも研究費が必要であり、現状では税金で賄われていることが多い
    • しかし、それが特権や既得権益ではないかとの批判・疑念は、古くからある
    • また、公費である以上は何らかのアカウンタビリティは必要と考える
    • 現在は数値的な評価指標によってアカウンタビリティを担保しようとしているが、うまくいっていない部分も多い
    • そこで、(数値ではなく)研究内容を適切に評価できる「良い観客」「良い消費者」「良い納税者」を増やすことを提案した
  • なお、制度的な改善も必要だと考えていますが、それは山口裕之『「大学改革」という病』明石書店(2017年)、福井憲彦編著『対立する国家と学問』勉誠出版(2018年)などですでに分析・検討されています
  • 人文社会科学系はもともとある種のスターシステムのようなところがあって、当然その功罪も、スター研究者なりの大変さもあるのだろう
  • 同意します
  • 共著の執筆過程において、酒井泰斗さんからも「「スターシステム」は、制度としての学問に組み込まれた一つの側面として捉えることが重要」との指摘がありました
  • 素人が接近するとろくな結果にならない
  • アカデミアがポピュリズムに陥る危険
  • ごもっともです
  • 寄稿でも〈専門性 vs 民主性〉や〈特権 vs 平等〉の緊張関係について論じていました
  • (在野)研究推しは、学術の市場化を進めることにならないかと多少の不安もあったが、まさにその点も記事で指摘されていた
  • 問題意識を読み取っていただき、ありがとうございます
  • 共著では「『在野研究』の隆盛を、研究助成などを増やさない正当化事由にしないでほしいと思う」と一行だけ記載するに止まりましたが、寄稿ではもう少し論じることができました
  • 自分が行っている研究の「ファン」や「サポーター」をつくることは研究者にとってとても重要
  • 推していただけるように日々の教育・研究・学内貢献・社会貢献に取り組んでいきたいと思います
  • 応援します
  • 「推し」は、国家が捨てた役割を国民自ら補っていく試みか?
  • そういう面もありますが、民主制をとる国家は、国民が政治の最終決定権限を有するというのが建前です
  • 「科学史学者のポーターは、計量評価への傾倒を、専門家の判断への信頼に代わって数値への信頼が台頭したものと分析した。そして、数値の追求は、ほとんど権威を持たない官僚に、権威を貸し与える結果をもたらす」という部分が面白い
  • ありがとうございます。ぜひもとの文献も読んでみてください(セオドア・M・ポーター著、藤垣裕子訳『数値と客観性――科学と社会における信頼の獲得』みすず書房(2013年))
  • なお、ポーターが分析した事例は、数理会計士や税理士などで、研究者については別の文脈(自然科学の頂点と言われる物理学では、特定の実験者の判断や特定の装置への信頼が高く、恣意性の排除にはあまり頓着していないこと)であることにご注意いただければ幸いです
  • 大学の事例は『測りすぎ』7章の方をご参照ください
  • 「推し研究者」などの言葉が使われているが、内容自体は「探求の共同体」をどうやって維持していくかというごく一般的な話しだった
  • おっしゃるとおりです
  • 現場を知らない聞きかじりの知識でアイドル論を展開しないでほしい
  • cultural appropriation(文化の盗用)に類する問題が生じるのではないか
  • ご指摘ありがとうございます
  • 当事者論やアイデンティティ論にも関係するので(私はファン文化に属する人なのか、そうだとすると許容されるのか、許容されるとすればそれはなぜか等)、今後の課題として受け止め、回答は保留したいと思います
  • 言い方が寒い
  • 大げさな装飾過多でエモーショナルな単語が乱用されている文体がキツい
  • 時流に乗ろうとしただけの軽薄極まりない記事だ
  • 「こんなお堅い誰も興味持たない対象でもアイドル文化とのアナロジーで語ればみんな親しみわくでしょう、面白そうだと思うでしょう」みたいな押し付けがましさを感じる
  • 限界オタなんですね
  • お目汚し失礼いたしました
  • 我々、大学職員/学芸員/博物館職員/美術館職員も研究者と伴走しているのだが、認識されてなくてかなしい
  • ごめんなさい。もちろんあなたも含まれます
  • 寄稿は、例示列挙とご理解ください
  • タイトル見て読むか迷ったけれど中身はバランス感覚優れた割とコアな記事だった
  • タイトルだけでなく本文もお読みいただき、ありがとうございました
  • 私の推し研究者は、XXXです
  • 「探究の共同体」に貢献する手段として、愛やときめきを形で示すことを提案したので、こうした反応は嬉しいです
  • 記事へのコメントでそれぞれの研究者のスタンスや巻き込まれてるものが可視化されていく感すごい
  • 同意します
  • 推し研究者、大抵亡くなってる
  • わかります
  • ところで、「推しの尊さはわれわれの前に現れて同じ時間を生きてくださっているという受肉の神秘に基づいていると思う」というコメントもいただきました
  • 推し研究者がトンデモに傾倒していく地獄を味わった
  • かつて「推し」だった人が年を重ねて衰えるのを見ることほど辛いことはない
  • わかります……
  • そういうときは「介錯」してあげるのですが、「斬られた」ことすら認識してもらえないこともあります。地獄です。
  • なお、友人知人の研究者たちに、私がそういう状態になったら息の根を止めてほしい旨をお願いしています

まとめの方針について

意見のみを取り上げ発言主体を明示しない(参照リンクをつけなかった)という構成を採用した理由について
  • 「発言主体は関係なく意見だけ対象にすればよい」という人が散見されたので、その立場を尊重しました
  • 発言者特定は応答責務の帰属先明確化という機能がありますが、多くの人は研究活動として本件について発言したわけではないでしょうから言いっ放しでもよいですし、また、今回私はその責務を求めていません(自ら進んで応答いただくことは歓迎です)
  • 研究者等に対する過剰な/的外れな/目的外のコミュニケーションを迫ることがハラスメントになりうるとの問題提起がなされていたことも考慮しました
    • Twitter等で個別リプライをつけるという方式を採用しなかったのも、同じ理由です
    • もっとも、これだけ長文を用意することの方が気持ち悪いとか受け入れがたいという人もいるかもしれませんが、そこは言論の自由として、ご海容を願いたいです
  • 「掲載された意見が本当に存在したか」「取り上げ方が恣意的ではないか」などの検証可能性は、SNS検索等である程度担保されていると思います
    • なお、掲載した意見は、もとの表現/表記を整理したり、要約したり、区分したりしています
『在野研究ビギナーズ』の派生ページに、この応答を掲載してもらった理由について
  • 第一義的には、現代ビジネスさんの寄稿は、在野研究ビギナーズがきっかけだったからです
  • 加えて、いただいたコメントを拝見するなかで、その前提にある研究観、研究者像、科学観、学問のイメージなどを興味深く感じました
    • 「推し」という言葉が多義的で曖昧であるのと同じくらい、「研究」「学問」も多義的で曖昧であるようです
    • ときとして研究者自身ですら「自分たちが実際にはどのように仕事を進めているのか」を認識していない、または、関心がないように見受けられました(SNS上の発言だからかもしれませんが)
  • そして共著『在野研究ビギナーズ』の執筆過程でわかったことは、まさにこの点に関することでした。つまり、「研究や学問をどういう営みとして捉えているか(または、何が死角に入っているか)」という研究者等の認識が、成果物(論文や討議)にかなり影響を与えていることがわかりました
    • 例えば、朱さんの担当された第14章が典型例です
  • 上記を考察する意味で、共著とウェブ記事をつなげて捉えるとよりよいと考えました

執筆物、催しなど

名前の肩に*が付いているのが本書共著者です。

執筆物

2019年10月23日(水)

2019年09月16日(月)

2019年09月09日(月)

これからやる催し物

2020年03月04日(水) 20:00~22:00

2020年02月07日(金) 19:30~21:00

2020年01月dd日(w)

2019年12月07日(土)

終了した催し物

2019年10月29日(火)

2019年10月6日(日)

2019年09月13日(金)


書評、ご紹介など

書評

2019年11月02日

ご紹介

2019年11月01日

2019年10月21日

2019年09月28日

2019年09月07日


共著者紹介

酒井大輔(さかい・だいすけ)
第一章

1984 年生まれ。政治学。名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程修了。 業績
  • 論文に「多元主義からイデオロギー対立へ─大嶽秀夫の政治学とその変容」(『年報政治学』2016-I)、「日本政治学史の二つの転換─政治学教科書の引用分析の試み」(同2017-II)などがある。学術誌の査読制度を分析した “Who is Peer Reviewed?” を近く海外誌に掲載予定。

工藤郁子(くどう・ふみこ)
第二章

1985 年生まれ。PHP 総研主任研究員。専門は情報法政策。上智大学大学院法学研究科修了(J.D.)。現在、東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、一般社団法人日本ディープラーニング協会有識者会員等も務める。 業績

伊藤未明(いとう・みめい)
第三章

1964 年生まれ、会社員。専門は批評理論、視覚文化論。英国ノッティンガム大学修士。 業績

熊澤辰徳(くまざわ・たつのり)
第四章

1988 年生まれ。神戸大学大学院理学研究科生物学専攻修了(理学修士)。大阪市立自然史博物館外来研究員。『ニッチェ・ライフ』編集委員。2児の父。学生時代は植物生態学を研究、現在の専門は昆虫学。会社員として仕事をしながら、余暇を使って研究活動を行っている。主にアシナガバエ科(双翅目)の分類研究に取り組む他、ハエやアブといった双翅目の認知度やイメージを向上させるべく、ウェブサイト「知られざる双翅目のために」などで情報発信を行っている。Twitter: 業績

内田明(うちだ・あきら)
第五章

1966 年生まれ。近代日本語活字史研究。 業績

山本貴光(やまもと・たかみつ)
第六章

1971 年生まれ。文筆家・ゲーム作家。専門は学術史。Twitter: 業績

吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
第六章

1972 年生まれ。文筆業。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、現職。関心領域は哲学・科学・芸術、犬・猫・鳥、卓球、単車、デジタルガジェットなど。Twitter: 業績

朝里 樹(あさざと・いつき)
第七章

怪異妖怪愛好家・作家。1990 年、北海道に生まれる。2014 年、法政大学文学部卒業。日本文学専攻。現在公務員として働く傍ら、在野で怪異・妖怪の収集・研究を行う。 業績

内田真木(うちだ・まさき)
第八章

高校教員(比較文学、近代文学)。茨城大学教育学部卒業、放送大学大学院文化科学研究科修了。 業績

星野健一(ほしの・けんいち)
第九章

1982 年生まれ。研究者、プロ家庭教師。創価大学大学院文学研究科人文学専攻博士前期課程修了。法華仏教研究会発起人。主な関心は、近現代における日蓮観。研究誌『法華仏教研究』で、書評コラムを中心に執筆している。 業績

荒木優太(あらき・ゆうた)
第一〇章 ※編者

1987 年東京生まれ。在野研究者(専門は有島武郎)。明治大学文学部文学科日本文学専攻博士前期課程修了。2015 年、第59 回群像新人評論優秀賞を受賞。 業績

酒井泰斗(さかい・たいと)
第一一章

大阪大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程中退。音楽制作会社を経て現在は金融系企業のシステム部に所属。 ルーマン・フォーラム管理人(socio-logic.jp)。関心事は道徳科学、社会科学、行動科学の歴史。Twitter: 業績

逆卷しとね(さかまき・しとね)
第一二章

1978 年生まれ。福岡県在住。学術運動家(「文芸共和国の会」主宰)/野良研究者(専門はダナ・ハラウェイ)。 業績
  • 論稿に「喰らって喰らわれて消化不良のままの『わたしたち』」(『たぐい vol.1』所収、亜紀書房、2019 年)他、『現代思想』『ユリイカ』『アーギュメンツ#3』に寄稿・参加。翻訳にダナ・ハラウェイのインタヴュー(HAGAZINE)。

石井雅巳(いしい・まさみ)
第一三章

1990 年生まれ。島根県津和野町役場町長付(地域おこし協力隊)を経て、慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程在籍。NPO 法人bootopia 副代表理事。専門は哲学(レヴィナス、西周)。 業績

朱喜哲(ちゅ・ひちょる)
第一四章

1985 年大阪生まれ。大阪大学大学院文学研究科招へい研究員、広告代理店主任研究員。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門はネオプラグマティズムおよび言語哲学。 Twitter: 業績

写真集

2019年8月-11月