| 小野耕二 | 2006 | 論文 | シリーズ ルーマンの政治理論2 ルーマンにおける「信頼」論の位置 | 061117 |
| 名古屋大学法政論集214号(2006年9号)、p.1-49 |
| 毛利康俊 | [→「フォーラム・メンバー」に移動しました] | 060627 |
| 毛利透 | 2006 | 論文 | 官僚制の位置と機能 | 060914 |
| 『ジュリスト』、2006.5.1-15号(No.1311)【特集】議会制民主主義の行方 |
| 福井康太 | 2002 | 単著 | 『法理論のルーマン』、勁草書房 | 020301 |
| 1996 | 論文 | リスクの社会理論と法──ニクラス・ルーマンの "Soziologie des Risikos" を手がかりとして | ||
| 九大法学、72号 |
| 青山治城 | 2002 | 論文 | 憲法はまだか:個人・国民・人間 | 030804 |
| 神田外語大学紀要14,2002 | ||||
| 2001 | 論文 | 法と政治の現象学:現象学的他者問題から | ||
| 現象学年報17、2001 | ||||
| 1992 | 論文 | 現象学と法哲学ー相互主観性と法的共同体 | ||
| 『現代所有論』法哲学年報1991、1992 | ||||
| 1992 | 論文 | 『法の現象学』とは何か | ||
| 『情況』1992、9 | ||||
| 1990 | 論文 | 社会と人間──ルーマンの正義論をめぐって── | ||
| 土方透編『ルーマン/来るべき知』、勁草書房、1990 | ||||
| 1988 | 論文 | 意味と実在ールーマンの社会理論と現象学 | ||
| 『現象学と解釈学』下、世界書院、1988 | ||||
| 1987 | 論文 | 実存哲学と自然法論 | ||
| ホセ・ヨンパルト他編『自然法ー反省と展望』創文社、1987 | ||||
| 1984 | 論文 | 社会・システム・理論 | ||
| 静岡大学哲学会紀要『文化と哲学』3、1984 | ||||
| 1982 | 論文 | 現象学的法哲学の道──ルーマンのシステム理論に寄せて── | ||
| 『法哲学年報』1981、有斐閣、1982 |
| 仲正昌樹 | 2001 | 単著 | 『法と法外なもの:ベンヤミン、アーレント、デリダをつなぐポスト・モダンの正義論へ』 |
| お茶の水書房 | |||
| 1999 | 論文 | ルーマンの法社会学における〈法〉と〈正義〉 | |
| 金沢法学、第42巻1号 |
| 村上淳一 | 2000 | 論文 | 『システムと自己観察 フィクションとしての<法>』、東京大学出版 |
| 中山竜一 | 2000 | 論文 | 『20世紀の法思想』、岩波書店 |
| 福井康太 | 2000 | 論文 | システムの法理論の現代的射程(一)(二) |
| 山形大学法政論叢18号,pp.99-151 | |||
| 1999 | 紛争処理と法の一般性は両立するか? | ||
| 法の科学28(有斐閣) | |||
| 『手続を通しての正統化』論再考 | |||
| 法社会学、第51号:構造変容と法社会学(2)(有斐閣) | |||
| 1996 | リスクの社会理論と法:ニクラス・ルーマンの "Soziologie des Risikos" を手がかりとして | ||
| 九大法学、第72号 | |||
| 1995 | 論説 | ニクラス・ルーマンの法理論と裁判 : 現代社会における「裁判」のリアリテイー考 | |
| 九大法学(70) |
| 都築廣巳 | 1999 | 論文 | 個人のオートポイエーシスとシンボルシステムとしての法カテゴリー |
| 法の理論18 |
| 『法の理論17』、1998年 | |||
| 服部高宏 | 1998 | 論文 | 『私』という存在とシステム理論 |
| 毛利康俊 | 人間主体性の動態化と法システムの責任 | ||
| 青山治城 | 人間と社会の相互浸透 | ||
| 橋本正博 | 刑法における意思自由論と責任論 | ||
| ルーマン理論の社会理論的位置づけと法解釈学 | |||
| 濱野 亮 | 1998 | 論文 | 日本の経済社会の法化 |
| 立教法学、第48号 |
| 江口厚仁 | 1996 | 論文 | 法システムの境界と変動 |
| 宮澤節生・神長百合子編 『法社会学コロキウム』 日本評論社(189−207頁) | |||
| 1995 | 『市場の法哲学』(54−70頁) | ||
| 1994 | 法システムと市場の論理−−システム制御の問題を中心に−− | ||
| 法哲学年報 | |||
| 1994 | 法化社会における合意の社会的機能 | ||
| 佐藤康邦・中岡成文・中野敏男編 『システムと共同性』(168−187頁)、 昭和堂 | |||
| 1993 | 法・自己言及・オートポイエシス | ||
| 法政研究59巻3・4号(389−432頁) | |||
| 1992 | 法的思考様式のアイデンティティをめぐって(一) | ||
| 法政研究58巻4号(255−294頁) | |||
| 1990 | 「法システムの自己組織性」 | ||
| 九大法学60号(1−104頁) |
| 馬場靖雄* | 1992 | 論文 | 多様体としての法 − ニクラス・ルーマンの法システム理論 |
| 法社会学第44号「法の社会理論と法社会学」 |
| 長尾龍一編著(絶版) 『現代の法哲学者たち』 日本評論社、1987 | |||
| 青山治城 | 1986 | 論文 | N・ルーマン ─ ポスト・モダニズムの法理論家(初出:『法学セミナー』1986年05月) |
| 岩倉正博 | J・ハーバーマス ─ 新たな包括的社会理論をめざして(初出: 『法学セミナー』1986年04月 ) | ||
| 樫沢秀木訳 | 1984 | 論文 | 'Verrechtlichung -Begriffe, Merkmale, Grenzen, Auswege' |
| 法化 − 概念、特徴、限界、回避策 | |||
| 『九大法学』59号、1990 | |||
| 土方透 野崎和義訳 |
1989 | 単著 | "Recht als autopoietisches System" |
| 『オートポイエシス・システムとしての法』、未来社、1994 | |||
| 村上淳一訳 | 1995/6 | 論文 | 法のアウトポイエーゼは如何に経験的か? |
| 『思想』No.852 | |||
| 野崎和義訳 | 1995 | 講演 | ホモ・ユリディクスとホモ・エコノミクス:コミュニ ケーション維持のための擬制 |
| 『聖学院大学総合研究所紀要』第6号 | |||
| 楜澤能生 | 1991 | 論文 | オートポイエシスと法理論 − 西ドイツにおける「ポスト福祉国家の法理 論 の一潮流 |
| 早稲田法学66巻2号 | |||
| 毛利康俊 | 論文 | 福祉国家における法現象の分析枠組み − ドイツ法化論の批判的継承に向けて(一)(二) | |
| 法学論叢137巻4号、139巻1号 | |||
| 山口 聡 | 1992 | 論文 | 社会発展と現代法の自律性 − トイプナーの「法化」論の法理論的可能性 について |
| 法社会学第44号「法の社会理論と法社会学」 | |||
| 論文 | 現代法の自己産出と自律性 − ハーバーマスとトイプナーの「法化」論を 手がかりとして | ||
| 阪大法学40巻1号 | |||
| 論文 | 「法化」論における法思考枠組の転換 − G・トイプナーの一般条項論を 手がかりとして | ||
| 阪大法学41巻4号 | |||
| 論文 | 多様な法的問題としての『法化』から社会理論としての「法化」論へ(一) (二) | ||
| 阪大法学43巻4号、44巻4号 | |||
| 佐藤岩夫 | 論文 | 法の現実適合性と一般条項 − トイプナーのシステム論的アプローチの検 討 | |
| 法学(東北大学)53巻6号 | |||
| 論文 | 信義則分析の基礎視角 − トイプナーとアレクシーの比較を中心に | ||
| 鈴木祿彌教授古希記念論文集『民事法学の新展開 』 | |||
| 田中茂樹 | 論文 | 近代法の変容の三段階 − 自省的法の構想について | |
| 阪大法学40巻3=4号 |