socio-logic.jp - ルーマン・フォーラム / エスノメソドロジー番外地

Luhmann Forum / Ethnomethodology: on the edge of nowhere
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訳稿更新:030206
検討更新:030202

ニクラス・ルーマン「脱構築という二次の観察」05

Niklas Luhmann "Deconstruction as Second-Order Observing".

[0501]
Ever since history became a narrative, and certainly since the invention of the novel and of historicism reflecting upon itself -- that is, since the eighteenth century -- describing history has been a semantical device presenting the unity of the past as a guarantee of the unity of the present. One could almost say the unity of the past had to compensate for the lost unity of the present. The unity of the past had to be presented as a coherent sequence of events, as a unity of diversity, a unity of some agency, such as the hero of the novel or the world spirit who is using history as a movement with the preordained end of self-realization. The German Historische Schule (historical school) did compensate for the lost Reich and for the not-yet-achieved national unity. Ever since, national and regional education programs have been focusing on the past to create unity within a present, glossing over different historical roots and cultural diversity.
歴史[記述]が物語のようなものになって以来、そして勿論小説と自らについて反省する歴史主義の発明以来──つまり18世紀以来──、歴史を記述することは、現在の統一性=単一性を保証するものとしての過去の統一性=単一性を呈示するゼマンティク的装置だった。
角田:
ところで、ここでルーマンのいっている「小説」というのは、 教養小説というかビルドゥングス・ロマンのように思えるのですが、 果たして小説というのは最初からそういうものだったのでしょうか。 また、小説の起源ということでルーマンが念頭に置いているのは どのあたりなのでしょうか。
過去の統一性=単一性は現在の失われた統一性=単一性を補償せねばならなかったのだと あやうく言えてしまうところだった。 過去の統一性=単一性は、出来事の首尾一貫した継起として、多様性の統一として、小説の主人公や、歴史を自己実現という予定された結末を持った運動として使用する世界精神のような或るエージェンシーの単一性として呈示されなければならなかった。 ドイツの Historische Schule(歴史学派)は失われた Reich[帝国]および 未だ-達成されざる-国民的統一をまさに[歴史によって]補償した。 爾来、全国的・地域的な教育プログラムは、さまざまな歴史的起源や文化的多様性をもっともらしく誤魔化しながら、[その時々の]現在における統一を作り出すために、過去に焦点を当ててきたのである。(030122)
[0502]
But how did historical societies observe their world and themselves within their world? Raising this question dissolves the unquestioned value of history in forming identities. To return to history, then, means to return to diversity. The common heritage, the canonical texts, the "classics" all require a new reading. The deconstruction of our metaphysical tradition pursued by Nietzsche, Heidegger, and Derrida can be seen as a part of a much larger movement that loosens the binding force of tradition and replaces unity with diversity. The deconstruction of the ontological presuppositions of metaphysics uproots our historical semantics in a most radical way. This seems to correspond to what I have called the catstrophe of modernity, the transition from one form of stability to another.
しかし、歴史的な諸社会は自らの世界と自らを、自らの世界の内で如何に観察したのだろうか。 この問いを提起することは、[これまで]疑問視もされなかった、アイデンティティを形成する際の歴史の価値を、解明することである。 歴史への還帰は、したがって、多様性への還帰を意味する。 共通の遺産、正典的テクスト、「古典」は、すべて新たな読みを要請している。 ニーチェ、ハイデガー、そしてデリダによって追求された我々の形而上学的伝統の脱構築は、伝統の拘束力を緩め、単一性=統一性を多様性で置き換える よりおおきな運動の一部として理解することができる。 形而上学の存在論的前提の脱構築は、とてもラディカルな仕方で、我々の歴史的ゼマンティクを引っこ抜いてしまう。 このことは、私が近代のカタストロフ[=近代というカタストロフ]と呼んだ、或る安定的な形式から別の[安定的な形式]への移行に対応するように思われる。(030123)
酒井:
「the catstrophe of modernity」を、「近代のカタストロフ」と訳すか、「近代というカタストロフ」と訳すかで、意味が正反対になりますね。 どっちなのか。
0407段落での記述からすれば、
  ■近代=カタストロフの帰結
  ■カタストロフ=「階層分化優位→機能分化優位」という移行
ということのようなので、「近代というカタストロフ」のほうが整合的かもです。あるいは「近代へのカタストロフ」とか。この見方によれば我々は、そのカタストロフ以後の世界に住まってゐる、ということになるわけですが。
角田:
そうすると、ルーマンにおけるポストモダンということの位置づけが問題になりますよね。或いは脱構築の位置づけというか。
ニーチェ、ハイデガー、そしてデリダによって追求された我々の形而上学的伝統の脱構築は、伝統の拘束力を緩め、単一性=統一性を多様性で置き換えるより大きな運動の一部として理解することができる。
として一括されている訳なのですが、ここでいわれている「より大きな運動」とはカタストロフそれ自体を構成するものなのか、或いはこの前段落で言及された「歴史主義」がカタストロフへの応答であったのと同様に、しかしながら別様の応答であったのか。
酒井:
後者じゃないすかねー。9段落目に、もう一度postmodernityという言葉が出てきますが、そちらでは、
It can and has been said that the semantics of modernity has been a transitional semantics. But the concept of postmodernity does not provide us with further information; it simply repeats this insight.
とか言ってますし。
[0503]
Sociologists, then, have to look for the structural conditions and limitations that frame the frames within which observations and descriptions can operate. In other words, a sociological theory would have to formulate correlations between social structures and semantics. It is well known that Marx used the concept of class structures for this purpose and constructed a typology of changing modes of production that generated historical ideologies. We could enlarge this framework by substituting forms of differentiation for class. This opens the classical sociology of knowledge for more structural complexity and gives us the possibility of using the sophisticated framework of systems theory to elaborate on forms of diffentiation. Differentiation becomes system differentiation; system differentiation becomes a reentry of system-building within systems, new boundaries within already bounded systems, forms within forms, observers within observers.
社会学者はしたがって、その内側において観察と記述が可能になる枠組[フレーム]を枠付ける構造的条件や制約を探さなければならない。 換言すれば、社会学理論は、社会構造とゼマンティク間の相関性を定式化しなければならないだろう。 マルクスがこの目的のために階級構造という概念をもちいて、歴史的な諸イデオロギーを生成させる生産様式の変化の類型論を構築したことはよく知られている。 [そのマルクスの]階級分化の形式に置き換えることによって、我々は この枠組を拡張できるだろう。 この拡張*は、古典的な知識社会学を、さらなる構造的な複雑性[複合性]へと開き、分化の諸形式をさらに詳しく叙述するために、システム理論の精緻な枠組を使用する可能性を与えるのである。
角田:
* thisは「拡張」なのか「置き換え」なのか。どちらでもあまり変わらないような気がしますが。
[この拡張において]分化はシステム分化となり、システム分化は、諸システム内でのシステム形成という再参入となる。 つまり、すでに境界づけられた[=囲われた]システム内部の新たな境界[=囲い]、形式内部の形式、観察者内部の観察者という 再参入になるのである。(030124)
[0504]
Developed societies of the past were differentiated according to social strata (nobility/commoners) or center/periphery (city/country) distinctions. Families (and therefore individuals) had to live on the one or the other side of this internal boundary. They found themselves placed by the social structure. This had the advantage that society provided privileged positions for observing and describing itself and the surrounding world. The highest strata or the center, the polis, had undisputed authority for observing and describing, for producing ontology. Critique could focus on bad moral behavior. Ethics and virtue were prominent devices to cope with the negative, in China, in the Greek city, in Rome, and in the Middle Ages. The moral worked as a protest-absorbing mechanism. There was no lack of authority for stating the truth. The world -- be it the universitas rerum (world of things) or hic mundus (this world) in its religious, rather negative sense -- contained the society of heroes and sinners, of exemplary modes of living. It framed and supported its structures. Words such as environment, environnement, and Umwelt are neologisms of the nineteenth century.
過去の[高度に]発展した諸社会*は、 社会階層(貴族/平民**)若しくは中心/周縁(都市/田舎)という区別に従って、 分化されていた。
角田:
*このような使い方もあったのですね。
 developed country 先進国
 developing country 途上国
という使い方だけでなくて。
**一応「常民」という訳語も考えてはみました。
諸家族は(従って諸個人は)、 この[上記の][社会]内的境界のどちらかの側で 生きなければならなかった。 その人たち*は自らが社会構造によって[どちらかの側に] 配置されていることを悟っていた。 これ[階層的分化]には、社会が社会自身とその周囲世界*を観察・記述 するための特権的な位置を調達する**という利点があった。 [社会の]最高層或いは中心、ポリスは、 観察すること及び記述することに関して、存在論を産出することについて、 異論なき=明白な権威を有していた。
角田:
何故、いきなり「存在論」が出てくるのか。
酒井
この言葉遣いはまるでわかりませんが、次段落には「二値論理的-存在論的-形而上学」という字句が。
角田:
The highest strata or the center, the polis, had undisputed authority for observing and describing, for producing ontology.
という言明はどこまで一般化できるかちょっと疑問です。
 例えば、イスラームについては、アーネスト・ゲルナー*を参照すれば、常に中心-周縁は構造的に逆転可能だったわけですし、ウェーバーの 古代ユダヤ教論においても、祭司/預言者という対立は都市/荒野という対立とパラレルであるわけで。
* A Pendulum swing theory of Islam", reprinted in Roland Robertson (ed.), Sociology of Religion, Penguin Books, 1969
それから、前近代的な天皇制を見ると、中心から積極的に御稜威を放射するのではなく、中心(端的にいって天皇の身体)はヴァルネラブルなもので、放っておけば、否定的なもの(eg.大江山の鬼)に汚染され・崩壊してしまう存在とされ、それらの侵入から防御するための幾重もの宗教的・呪術的ブロックに守られ息を潜めているという存在だったわけですが。
悪しき道徳的振る舞いを批判の焦点にすることができた。
角田:
これは中華思想ということなのでしょうか。ただ、その場合は、易姓革命論によって、道徳的批判は中心へも向けられうるわけですが。天子が道徳的に堕落すると、天変地異が起こり、さらには「中原で鹿を逐う」人たちが登場してくる。
倫理と徳は、中国、ギリシアの都市、ローマ、そして中世において、 否定的なものに対処するための卓越した装置*であった。
角田:
*或いは、「仕掛け」という訳語も。
酒井:
「否定的なものthe negative」ってなんのことですかね。
角田:
まずはウェーバーの「神義論」についての議論を参照すべきか、と。或いは、バーガーがヤスパースから換骨奪胎したmarginal situationとか。
道徳は、抗議-吸収メカニズムとして働いた。 真実を述べるための権威に欠くということはなかったのである。 世界は ──universitas rerum(モノの世界)であれ、 その宗教的な、むしろ否定的な意味におけるhic mundus(コノ世)であれ── 英雄と罪人の世界、手本となる生の様式の世界を含んでいた*。
角田:
*多分、これは近代小説の起源ということとも関係するのだろうと 思います。「英雄と罪人の世界、手本となる生の様式の世界」 そのものだった前近代的な教訓話的物語(坪内逍遙の表現だと、 仁義霊智忠信孝悌が着物を着て歩いている世界)への批判乃至は そこからの離脱が近代的小説をマークするわけですね (だからこそ、セルバンテスが近代的小説の創始者の一人として 数えられることになる)。ただ、そうなると、プロレタリア文学とかハリウッド映画は物語への退行ということになるわけで。
こうした装置が世界の構造を枠付け、支えていたのである。 [環境、つまり]environment、environnement、Umweltといった単語は19世紀の新語なのである。(030125)
[0505]
This is "the world we have lost," the world of ontological metaphysics, the world of "being or not being," the world of the two-value logic that presupposed one (and only one) observer who could make up his mind simply by looking at what is the case. Cognition, but also passion such as love, was a passive reaction to a reality out there, a "being impressed," and errors in cognition or passion could be corrected by reason.
これは「われら失いし世界」*、 [つまり]たんに[目前で]起こっていることを見るだけで意を決することができる 単一の(また唯一の)観察者を想定している存在論的形而上学の世界、 「有るか有らざるか」の世界、二値論理の世界 である。
角田:
*これは確か家族史の研究家ピーター・ラスレットの著書の題名でしたね。
認識、[それだけでなく]愛のような情念もまた、 外界にある[=そこにある]現実への受動的反作用、「刻印されたもの」であり、認識あるいは情念における誤謬は理性によって訂正されうるものであった。(030126)
[0506]
The breakdown of what we may call (following Otto Brunner) old-European semantics became inevitable when society changed its primary form of differentiation, when it shifted from the very elaborate order of hierarchical stratification, conceived of as "the order," to the primacy of functional differentiation. With this move, function systems became independent of stratification, organizing their own boundaries, their own modes of inclusion and exclusion of persons, their own ways to transform equality into inequality and freedom into restraint. Society could proclaim equality and freedom for everybody since its function systems generated the contrary state -- a quite new form of unfolding the paradox. Morality could no longer absorb protests but became a device for an enduring self-irritation of the society; it became individualistic and in need of reasoned elaboration -- the new Bentham/Kant sense of ethics.
社会がその優位な分化の形式を変えたとき、 「秩序そのもの」だと考えられていた、位階的成層というとても精緻な秩序から、 機能的分化の優位に社会が移行したとき、 我々が(オットー・ブルンナーに従って)古きヨーロッパのゼマンティクと呼んでもいいものの崩壊は不可避となった。 この動きとともに、機能システム*は成層から独立し、自らの境界を、 [つまり]人の包摂と排除の独自の様式、 平等を不平等に・自由を制約に変換する独自の仕方を、組織するようになった。 社会は万人に対して自由と平等を宣言することができたが、 [それは]社会の機能的諸システムが[自由や平等とは]逆の状態を つくりだしたからである--パラドックスを展開するまったく新しい形式だ。
角田:
 社会──────自由・平等
 機能システム──不自由・不平等
の分業体制
ということでしょうか。これを欺瞞的なブルジョワ的自由と批判したのはいいものの、結局あらゆる自由・平等を崩壊せしめた政治運動(政治体制)もございましたが。
道徳は、もはや抗議を吸収することはできなかったが、 社会の持続的な自己-刺戟[自己-焦燥?]*のための装置となった。 道徳は個人主義的になり、理路整然と=熟考の上に精緻化されねばならなくなった。  ──新たなベンサム/カント的な意味での倫理である。(030127)
[0507]
As lately as the last decades of the eighteenth century, European society became aware that the old order was gone. This has nothing to do with the so-called Industrial Revolution or the French Revolution, which became important only because society was prepared to see and to interpret a new order. Around 1800, a new semantics of modernity (the modern world, the modern states, and so forth) tried to catch up with the changes. The future was projected as open for improvements (more freedom, more equality, the constitutional question, more education, and, above all, emancipation). The problem of God became the problem of religion. During the nineteenth century, a series of new distinctions emerged, such as state and society, individual and collectivity, community and society, but the"and" of these dualities was left uninterpreted; that is, the unity of the distinction (= the paradox) remained invisible. Obviously the modern society was yet unable to observe itself, to identify the observer. Special problems such as "the social question" and national imperialism became controversial issues, but framing them in terms of problems and problem solutions could not contribute much to a self-description of the society. Only the mass media succeeded in serving this function.
遅くとも18世紀の最後の数十年までには、 ヨーロッパ社会は古い秩序が消え去ったことに気づくようになっていた。 これはいわゆる産業革命やフランス革命とはまったく関係ない。 これらが重要になったのは、[すでに]社会が新しい秩序に気づきsee・解釈する準備ができていたからにすぎないのである。 1800年前後には、近代の新しいゼマンティク(近代世界、近代国家等々)が 変化に追い付こうとしていた。 未来は改善 (さらなる自由、さらなる平等、憲法問題、さらなる教育、そしてとりわけ解放) に対して開かれているものとして映し出されていた*。
角田:
*幻燈機のイメージですね。
神の問題は宗教の問題になった。
酒井:
これはどういう意味でしょう?
神の問題は、
宗教が取り組むべき、そして宗教が取り組めばよい、
特殊な問題へと変わった
くらいのことでしょうか?
19世紀を通じて、一連の新しい区別が出現した。 国家と社会、個人と集合体、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト といったものであるが、 これらの二元性の「と」は解釈されざるまま残された。 つまり、区別の統一(=パラドックス)は不可視のままだったのである。 明らかに、近代社会はいまだ自己を観察すること、 [つまり自己という]観察者を同定することができないままであった。 「社会問題」とか国民帝国主義*のような特別な問題が議論の焦点となったが、 これらを問題と問題解決という枠組に収めても、 社会の自己記述に大して寄与することはできなかった。
角田:
* これはアレントがThe Origins of Totalitarianism, Part 2 "Imperialism"で指摘している国民国家と帝国主義の癒着ということでしょうか。
これについては、取り敢えず拙稿「個と複数性の行方」(in 『グローバル化とアイデンティティ・クライシス』)、pp.245-248を参照、ということで。
 そういえば、レーニン『帝国主義』に引用されたロイド・ジョージのお言葉;
「私の心からの理想は社会問題の解決である。すなわち、連合王国の四〇〇〇万の住民を血なまぐさい内乱から救うためには、われわれ植民政策家は、過剰人口の収用、工場や鉱山で生産される商品の新しい販売領域の獲得のために、新らしい土地を領有しなければならない。私のつねづね言ってきたことだが、帝国とは胃の腑の問題である。諸君が内乱を欲しないならば、諸君は帝国主義者にならなければならない」(岩波文庫版、pp.130-131)
ただマス・メディアのみがこの機能を充たすことに成功したのだ。(030128)
[0508]
Are we, at the end of this century, in a different position? Do we have other choices that could be made?
この世紀末にいる我々は [18世紀、19世紀とは]違った位置にいるのだろうか。 ほかの為しうる選択肢をもっているだろうか?(030129)
[0509]
It can and has been said that the semantics of modernity has been a transitional semantics. But the concept of postmodernity does not provide us with further information; it simply repeats this insight. Refiexivity may be the predicament of the philosophy of this century.33 But what does this mean, projected into a societal context? Entzweiung, difference, lack of unity, destruction of all canonical certainties -- these were already the complaint of the nineteenth century, and we are only intellectually better prepared to accept them as inevitable. Finally, deconstruction seems to be the key word, suggesting that we could do this. This may appeal to the pragmatic sense of Americans. But the question remains: Should we do it? and why? or why not?
33. See Lawson 1985.
近代のゼマンティクは過渡的なゼマンティクであるといいうるし、 [事実]そう言われてきた。 だが、ポストモダニティという概念は、我々にさらなる情報を与えてくれるわけではない。 この[過渡的だという]洞察を反復しているだけである。 自省性*は今世紀の哲学の苦境[の表れ]なのかもしれない33
33 Lawson** 1985を見よ。
角田:
*これもあと、再帰性とか。
全体社会的文脈に向けてみると、これ[自省性]は何を意味するのだろうか。 Entzweiung、差異、統一の欠如、あらゆる正典に基づく確実性の破壊── これらは既に19世紀[にも感じられていたところ]の不満であって、 我々はたんに[19世紀の人々よりも]これらを不可避なものとして 受け容れる覚悟ができているにすぎない。 つまるところ、脱構築とは、 我々には[上記のことを不可避なものとして]受け容れること が可能かもしれないと仄めかすキー・ワードであるようだ。 これはアメリカ人たちのプラグマティックな感覚に訴えるところがあるのかもしれない。
角田:
脱構築とプラグマティズムについては去年、法政大学出版局から何か出ていましたね。尤も、デリダ自身は以前、ローティあたりと一緒くたにされることに対してかなり反発していたと思いますが。
しかし問題は残っている。我々は何故このこと[=受け容れること]を すべきなのか。[べきとしたら]何故? [べきでないとしたら] 何故すべきではないのか?(030130)
[0510]
From a historical point of view deconstruction seems to be the end of history, history consuming itself. At the same time it can go on, it can never be completed, it never can reach the plenitude of nonbeing. It is and remains writing, constructing, and deferring differences. Given these unlimited prospects, understanding deconstruction as observing observers reduces its complexity. The only possible object of deconstruction would be observing systems. But observing means using a distinction for indicating one side and not the other. We then can distinguish (being observable in doing so) different observers. So by reducing complexity we gain complexity and therefore the structured complexity of self-observing systems. We do not lose the individual, the mind, the body as an observable observer. But we can also focus on society as a self-observing, self-describing system. Seen in this way, deconstruction will survive its deconstruction as the most pertinent description of the self-description of modem society.
歴史的視点からは、 脱構築は歴史の終焉=末端、自己を蕩尽する歴史のようだ。 脱構築は継続可能であると同時に完成不可能であり、 非在という充溢に到達することができない。 脱構築は書くこと、構築すること、差異を遅延することであり、 常にそうあり続ける。 こうした非限定的な展望を考慮すれば、 脱構築を観察者を観察することとして理解することによって、その[非限定性の持つ]複合性は縮減されるのである。脱構築の唯一可能な対象とは、観察するシステムであろう。しかしここで、観察するとは“他方ではなく一方を指示するために区別を用いる”といういみだが。 従って、我々は さまざまな観察者を区別すること (そう[=観察]しながら観察されることが可能であること) ができるのだ。 だから、複合性を縮減することによって、 我々は複合性、そして従って自己観察するシステムという構造化された 複合性を獲得するのである。 我々は観察されることが可能な観察者としての個体、こころ、身体を失うことはない。 しかし、我々は自己観察・自己記述するシステムとしての社会に焦点を合わせることもできるのだ。 このように見れば、 脱構築は近代社会の自己記述の最も適切な記述として、 その[自らに向けられた]脱構築に耐えて生き残るのだろう。(030131)
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