socio-logic.jp - ルーマン・フォーラム / エスノメソドロジー番外地

Luhmann Forum / Ethnomethodology: on the edge of nowhere
021013
最終更新:021015

[0102] 検討 その1[→その2をみる]

Date: Wed, 9 Oct 2002 18:05:21 +0900
From: S
Subject: [luhmann:04032] Re: [ ・∀・ ]0102
S です。ドイツ語版を入手して照らし合わせてみました。変更案を添えてあります。
酒井:
「any difference it makes」のit は、脱構築?差延?
角田:
私は「脱構築」ととらえました。
とすると、逆で、意味がわからなくなりません?
「現前と不在の間の区別」というのがあたるとすれば極めて明瞭になるのでは?
Date: Wed, 9 Oct 2002 21:27:34 +0900
From: 角田幹夫
Subject: [luhmann:04035] Re: [ ・∀・ ]0102
すると、
現前と不在の区別は自らがつくりだすあらゆる差異の差延に従属する=のもとにおかれている不安定な概念なのである。
になりますね。これはかなりplausibilityがありますけど、酒井さん、どうでしょうか。
Date: Wed, 9 Oct 2002 23:02:20 +0900
From: S
Subject: [luhmann:04038] Re: [ ・∀・ ]0102
そうではなくて、
脱構築は、それ[区別]がつくるあらゆる差異、の絶えざる差延のもとにある不安定な概念なのである。
ですね。
 後にも出てきますが、コミュニケーションがコミュニケーションする、という表現と同じ、ルーマン独自の表現として、区分が区分する、区別が区別する、あるいは、差異が差異するというのがあるのだろうと、思います。
Date: Thu, 10 Oct 2002 23:29:03 +0900
From: 酒井泰斗
Subject: [luhmann:04043] Re: [ ・∀・ ]0102
【原文】
Deconstruction deconstructs the assumption of presence,
 of any stable relation between presence and absence,
 or even of the very distinction between presence and absence.
It* is an unstable concept
 subject to an ongoing diffe'rance of any difference it** makes.
【現行訳文】
脱構築は、
  現前という前提を
  ──現前と不在の間のどんなものであれ安定した関係という前提を、
    あるいは現前と不在の区別そのものという前提を──
脱構築するのだ。
脱構築は、
  それがつくるあらゆる差異の絶えざる差延に従属する{=差延の主題となる}
不安定な概念なのである。
【ディスカッション】
お二人の案を対比させますると:
  It* is an unstable concept
   subject to an ongoing diffe'rance
   of any difference it** makes.
S 案:   
It*【脱構築】は、
    it**【〈現前/不在〉という区別】がつくりだすあらゆる差異の
    絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。
角田案:
  It*【〈現前/不在〉という区別】は、
    it**【〈現前/不在〉という区別それ自ら】がつくりだすあらゆる差異の
    絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。

つことですが。
英文(or 独文)のお約束的にはどうなんですか?一つの文章の中で、it の指示先は変わりうる?
   変わってよし
ならS案でオッケーという気がしますけども。もしも、
   変わるのヘン
ってことだと、こまりますね。

角田案は、ちょっとありそうにない感じが私はします。だって、
   Xは不安定な概念なのである。
のXの中にはデリダの──ルーマンのじゃなくて──「術語」が入るでしょうから、it*=it**=Xは、やっぱり差延か脱構築かどっちかでしょう。つまり、
 1)差延とは、不安定な概念なのである
 2)脱構築とは、不安定な概念なのである
のどっちか。比べると──どっちもヘンだけど──よりヘンじゃないのはやっぱ(1)かなー。みたいな。
すると:
  【差延と】は、
    【その、差延自ら】がつくりだすあらゆる差異の
    絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。

ところがさ。
ここの周囲の文章って、主語はずーっと「脱構築」で押してるので、やっぱこの文も、「脱構築」が主語だ、って話もありそうなわけで。
  脱構築とは、“「で在る」と「では無い」との脱構築”なのである。
  脱構築は、現前という前提を脱構築するのだ。
  【X】は、不安定な概念なのである。
  脱構築は、場所を変え踊る。
  脱構築とは、こうしたダンスの自己組織化なのだろうか。
  脱構築が踊り続けるには痕跡を自覚すれば十分なのかも知れない。
とくりゃ奥さん(←誰?)、やっぱ「X=脱構築」ですよ。みたいな。
そうすると、巡り巡って現行どおりの訳文になる(藁

いやー。
ワシはヨワカランので、ふたたびお二方の、また広く識者の意見を請う。文法とかお約束に強い方、コメントよろしくー。つことで。
私的にキモチワルーと思うのは、「差異の差延」という言い方のほうですなぁ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

S さん:
後にも出てきますが、コミュニケーションがコミュニケーションする、という表現と同じ、ルーマン独自の表現として、区分が区分する、区別が区別する、あるいは、差異が差異するというのがあるのだろうと、思います。
ハイデゲリアンとしてのルーマン、てとこですねー。
#距離をとっておつきあいしたいところです。
Date: Fri, 11 Oct 2002 17:36:21 +0900
From: S
Subject: [luhmann:04051] Re: [ ・∀・ ]0102
S です。ちょっと誤認があるようですので、訂正してあります。

酒井さん:
S 案:
  It*【脱構築】は、
    it**【〈現前/不在〉という区別】がつくりだすあらゆる差異、の
    絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。
角田案
  It*【〈現前/不在〉という区別】は、
    it**【〈現前/不在〉という区別それ自ら】がつくりだすあらゆる差異の
    絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。
誤認があるのではないかと思います。
私のほうはその通りでしたが、角田さんの案は、主語がそのままであり、
私は「脱構築」ととらえました。
ということですから、角田さんの訳案は:
  It*【脱構築】は、
    it**【脱構築自ら】がつくりだすあらゆる差異、の絶えざる差延のもとにおかれている{=差延に従属する}
  不安定な概念なのである。
ということだったのじゃないのですか? そのとき、脱構築はそういう差異を作る側では全くないので、修正案を提示した次第です。

私的にキモチワルーと思うのは、「差異の差延」という言い方のほうですなぁ。
 これは、デリダの思惟の根幹に関わるでしょう。

酒井さん:
ハイデゲリアンとしてのルーマン、てとこですねー。
#距離をとっておつきあいしたいところです。
意味が良くわからないのですが、ルーマンがそのように語っていることは、ルーマンの中にそのようなハイデゲリアーナー性を確定出来る、という意味なのでしょうか? そういう風に語るルーマンのありかたには距離を置き、迂回したい?
Date: Fri, 11 Oct 2002 23:01:35 +0900
From: 酒井泰斗
Subject: [luhmann:04052] Re: [ ・∀・ ]0102:ケントウ!
酒井です。
英文:
Deconstruction deconstructs the assumption of presence,
 of any stable relation between presence and absence,
 or even of the very distinction between presence and absence.
It* is an unstable concept
 subject to an ongoing diffe'rance of any difference it** makes.
独文:
Sie dekonstruiert die Annahme der Prasenz,
 jedweder stabilen Beziehung zwischen Prasenz und Absenz,
 ja sogar die der Unterscheidung von Prasenz und Absenz uberhaupt.
Sie* stellt ein instabiles Konzept dar,
 das der fortlaufenden diffe'rrance
 einer jeden von ihr** gemachten Unterscheidung unterliegt.
つことで、この文の主語は「脱構築」にけってーい。
ということでよろしいかと。
 #ところで英文のdistinction/difference という区別は、ドイツ語にはない、という罠。。。
なので、
  脱構築は、
    絶えざるdiffe'rranceに従属した
  不安定な概念なのである。
という骨組みまでは、「事も無し」ということでよさそう。

---

2002.10.11 17:36 +0900に、S さんの曰わく:
誤認があるのではないかと思います。
うーんと、どうでしょうかね?
【現行訳】は、「it** =脱構築」という角田さんの意見を反映したものに、既になっているわけです。
 #そして、ここでは it*=it** だと、二人とも思ってた。
 ##なのでたぶん、it**=区別{→【S 案】}は思いつかなかったのです。
それに対してSさんが、「it**=区別」じゃないの?と示唆したのを、角田さんは、──it*=it**という前提を維持したまま──受けたので、

@ [luhmann:04035]
すると、
  現前と不在の区別は
    自らがつくりだすあらゆる差異の
    差延に従属する=のもとにおかれている
  不安定な概念なのである。
になりますね。
と述べた[→【角田案】]のだと思うです。
どうでしょう?>角田さん

で、そう思ったので、私は、
  【角田案】it*=it**=区別
  【S案】it*=脱構築/it**=区別
と纏めてみたわけなのですが。
したがって、いまの「争点」は、「it*=it**?、it*≠it**?、どっちなの?」──ということだ、と。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
私的にキモチワルーと思うのは、「差異の差延」という言い方のほうですなぁ。
これは、デリダの思惟の根幹に関わるでしょう。
というか、表現の問題かな、と。
たとえば、「どんな差異も孕んでいる差延」とか──もうちょっと平たく、「どんな差異にもともなわれている差延」とか──といった言い方だったら、文句つけようとは思わないです。。。
どうでしょう?

換言。【S 案】を採用したうえで、この文を(私にとって)ワカリヤスイ言い方に修正/敷衍してみると、たとえば、
・形而上学は〈現前/不在〉という区別に拠って整序され、また〈現前/不在〉という区別に向けて整序されている*のだが、
→(・∀・)チンポトリマトメチュウシンシュギ!
・この区別は、他方で、いつも既に差延に取り憑かれてもいる。
・だから、「形而上学の脱構築」なるものも、差延に従属した不安定なものなのだ。
というようなことになるのかな、と思うわけですが。

---

意味が良くわからないのですが、ルーマンがそのように語っていることは、ルーマンの中にそのようなハイデゲリアーナー性を確定出来る、という意味なのでしょうか?
確定できる、というか。。。
1927年に西ドイツで生まれて法学部ではローマ法ばっか勉強してて、公務員になってからも5時になったらすぐ帰宅してヘルダーリン読んでるようだった人が、
しかも後には、現象学的-社会システム論を作り上げた人が
ハイデガー読み >>ではなかった<< と考えるほうが私には難しいですが。。。。。

そういう風に語るルーマンのありかたには距離を置き、迂回したい?
うーんと。迂回したいというよりは。。。
  「距離をとっておつきあいしたい」=「距離をとりたい+そのうえで+おつきあいしたい」
ということなわけですが。
アセチルサリチル酸が「酸」であり、サリチル酸メチルが「メチル化合物(≠酸)」であるのと同様に、「距離をとっておつきあいしたい」は、「つきあいたい」、という意味ですね。

---

ちなみに、ここで私が想起してたのは、たとえば、
  世界は世界するWelt welten.
とか、
  真理の本質は、本質の真理である(藁
とかとかの──その筋(←どこ?)では──人口に膾炙したハイデガーのキャッチコピーでした。

しかしまぁ私としては、こうした点についても、ハイデガーとルーマンは、「同列」に語りたくはないですけどねぇ。だって、ハイデガーは、ルーマンとは違って、基本的には異様に親切ですから。
もちろん全部の出版物でそうだ、ってわけじゃないですが。

たとえば「世界は世界する」が登場する『存在と時間』にしても、このフレーズが出てくるまでに、延々と(親切かつ強引な)前フリがあるわけで、それでもってキャッチフレーズが生きてくる。
あるいは最初にコピーをどかんとなげて、あと、それを延々と解説してくれるパターンもありますが、まぁ同じことです。
で、それでもって、「それだけ」見ればほとんどバカバカしいようなコピーをそれでも「おぉ、なんとなくそうかも」と読者に思わせてしまうトコまでゴリゴリと引っ張っていくパワーが、ハイデガーにはあるわけですわね。
そこいくとルーマンは・・・・そんな親切してくれないですからねぇ(嘆息
まぁ、「まるでしてくれない」ってわけでもないけど。
それなら既に見切りをつけてるとこです(w
ハイデガーの親切さに比べたら・・・・
ルーマン読んでて、“つーかおいおい、そんだけかよ! 説明しろよ!”とテクストに向けて突っ込んでるのは私だけじゃなはずだ、と私は信じてますけど、どうなんですかね。

---

まぁそれはともかく。
どっちみちこのテの表現は、それを別の言い方で敷衍できないとしょうがないと私は思います。というか、別の言葉で敷衍する努力をしないでこのテの表現によりかかり続けてると、行き着くところはたいがい、大雑把で大味な話しかできないという状態だと思ってるので。
そんなわけでの、「距離をとっておつきあいしたい」ということなのでした。
---
「我々の言語」にも「我々の理論」にも、それが「現実」を「映す」ためには、欠陥がありすぎるわけですが、だからといってそれが、レトリックに逃げ込む“積極的な”言い訳にはならんです。
 パラドクシカルな(あるいはトートロジカルな)表現てのは、そこにおいて「理論」が──また「我々」の「言語」が──限界にぶちあたりつつも、そこに問題があることには気づいている、ということのシグナル*なわけで。
 そこで「我々」はそれをシグナルとして、パラドクシカル(あるいはトートロジカル)に定式化しつつも、同時に、もっと先に進め!という励まし**として受け取るべきだと思うですよ。
* 出典は、たぶん『社会的システムたち』。
**こっちの出典は、『目的概念』訳者への私信の言葉かな(?)。
Date: Sat, 12 Oct 2002 22:05:20 +0900
From: 角田幹夫
Subject: [luhmann:04057] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウ!
 undecidableをとにかくdecideせよという酒井さんの促しですが、まだまだ揺れ動いてはいます。
 S さんに促された第2角田案は破棄します。やはり酒井さんがおっしゃるような無理がある。
 それで、最初の角田案に立ち戻るのかS案かで、前者の方に傾きつつ、undecidableな状態です。前者に傾きつつというのは、やはり同じセンテンスの中で、(非人称用法ではないまっとうな人称代名詞としての)itを違うものを指示するのに使うというのは、どうしても違和感があるからです。

 さて、
たとえば、「どんな差異も孕んでいる差延」とか──もうちょっと平たく、「どんな差異にもともなわれている差延」とか──といった言い方だったら、文句つけようとは思わないです。。。
 これはもともとのdifferanceのダブル・ミーニングからすれば、差異の[決定の]遅延という意味合いかと。
Date: Sat, 12 Oct 2002 22:48:20 +0900
From: 酒井泰斗
Subject: [luhmann:04058] [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
2002.10.12 22:05 +0900に、
undecidableをとにかくdecideせよという酒井さんの促しですが、まだまだ揺れ動いてはいます。
いや、我々にはまだ最終手段がのこされてるですよ。つまり it**=ihr** を「それ」のまま放置する、という(w
そうすると現行の訳文のままだ、という罠。ですが。
第三者の鶴の一声がなければ、「最終手段」を子牛します*が。どうでしょう?>みなさん
* =なにもしない。

私、問題は make=machen という言葉にもあると思うですよ。
It* is an unstable concept
 subject to an ongoing diffe'rance of any difference it** makes.
Sie* stellt ein instabiles Konzept dar,
 das der fortlaufenden diffe'rrance
 einer jeden von ihr** gemachten Unterscheidung unterliegt.
確かに、S さんが指摘されたように、
  脱構築が差異を作る・差異をなす
という言い方には非常に違和感があるわけですが、その一方で、
 〈現前/不在〉という区別が作る差異
という言い方も、ヘンなわけで。
ヘンさは、「脱構築が」の方が大きい気がしますが。
私が前便で書いたように、これを文字通りの「作る」じゃなくて、
・形而上学は〈現前/不在〉という区別に拠って整序され、また〈現前/不在〉という区別に向けて整序されている*のだが、
とかいった意味だと“受け取る”ことができるなら、私の違和感は減るんですが。
charity20%増量(当社比)

ただし、さらに当社比30%増量チャリティー路線でいくと、次のような解釈も可能であったりする。
→で、やっぱりundecidable、という(w
 ・脱構築というのは、形而上学が駆使する差異・そしてまた、
  それによってこそ形而上学が成り立ちうるような差異を、
  形而上学のやり方に沿って >>なぞり、際だたせる<< ことによって、
  そうした差異に差延が取り憑いていることを露わにするわけだ。
 ・そうであるからには脱構築というのも──「脱構築それ自体」というのを
  云々はできないような──、差延に従属した不安定なものなのだ。
みたいな(藁
ここではmakeを、>>なぞり、際だたせる<< とか「言い換えて」みたわけですが。

---
これはもともとのdifferanceのダブル・ミーニングからすれば、差異の[決定の]遅延という意味合いかと。
あ、なるほど。
Date: Sat, 12 Oct 2002 23:07:40 +0900
From: 角田幹夫
Subject: [luhmann:04059] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
酒井さん曰く、
確かに、S さんが指摘されたように、
  脱構築が差異を作る・差異をなす
という言い方には非常に違和感があるわけですが、
脱構築が産出するのが「差異」ではなく「差延」であるとしたらどうでしょうか。
Date: Sat, 12 Oct 2002 23:15:32 +0900
From: 酒井泰斗
Subject: [luhmann:04060] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
2002.10.12 23:07 +0900に、
角田さんの曰わく:
脱構築が産出するのが「差異」ではなく「差延」であるとしたらどうでしょうか。
それでもイチャモンつけようと思ったらつけられるんじゃないすかねー
  ex. あのねキミね、
    脱構築が開始されるまえに、常に既に“もう差延は働いている”のよ?
みたいな。

まぁそもそもこんな悪文書くやつが悪い、ということだきゃーハッキリしてますね。
Date: Sun, 13 Oct 2002 13:56:03 +0900
From: 角田幹夫
Subject: [luhmann:04061] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
酒井さん曰く、
それでもイチャモンつけようと思ったらつけられるんじゃないすかねー
  ex. あのねキミね、
    脱構築が開始されるまえに、常に既に“もう差延は働いている”のよ?
みたいな。
さらにこれに突っ込むと、あなたが「開始」したという脱構築以前に、テクストが自らを脱構築しているのであって、あなたの脱構築は既に起こっている脱構築の追認にすぎないんじゃないの、という感じになりますか。
Date: Sun, 13 Oct 2002 14:07:32 +0900
From: S
Subject: [luhmann:04062] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
酒井泰斗 wrote:
確かに、S さんが指摘されたように、
  脱構築が差異を作る・差異をなす
という言い方には非常に違和感があるわけですが、その一方で、
 〈現前/不在〉という区別が作る差異
という言い方も、ヘンなわけで。
この、「区別と差異」についてですが、当初の訳案を尊重して、上のように差異という訳語をそのままにして、「区別が作る差異」としておきましたが、差異という語はデリダの主張を訳す語としてはとても気をつける必要があります。構成された対立の意味で使っているときもあるし、対立を構成する前の多様性の意味で使うこともできるからです。ソシュールの「一般言語学講義」の弟子達の記録を見ると、対立と差異の区分が出てきます。これはデリダの差異と差延の相違にほぼ匹敵します。 このときは、デリダがdifferenceで意味しているのではないほうの(つまりdifférance)意味合いでのdifferenceに、差異という語が使われてるのです。図式すると、以下の通りです。左側のものを右側が相対的に脱構築する、と言えます。
opposition
対立
difference
差異
difference
区別;差異
différance
差異;差延
差異 多様性;差延

ですから、そのあいまいさを避けるためには、できるだけ、その文脈での対立概念を示しておく必要があります。で、区別という訳語であれば、そういう問題がありませんから、私の意図をもっとはっきり伝えるとすれば、下記のような(酒井さんがハイデガー的だとした表現での)訳案になります。

〈現前/不在〉という区別が作る区別

了解済みだったかもしれませんが念のためです。
で、私も、一つの文の中で同一の人称代名詞が、それぞれ別の名詞を指しつつ用いられる、というのは避けるべきだと思います。ほかでは見たことがないと思います。しかし、ルーマンの文章というのは、たとえばハーバーマスなどと比べて、推敲の甘いところがわりとあるという実感はないでしょうか?
Date: Sun, 13 Oct 2002 14:15:48 +0900
From: S
Subject: [luhmann:04063] Re: [ ・∀・ ]0102 :ケントウケイゾク!
SUMITA Mikio wrote:
脱構築が産出するのが「差異」ではなく「差延」であるとしたらどうでしょうか。
 本来の脱構築は差延へ向かうので、一般的な文章としてはおかしくないのですが、ここでの原文は、「・・・によってなされる区別(Unterscheidungなので差延の独訳語ではなくて、diference)」となっています。「・・・」に脱構築をいれると、「脱構築によってなされる(差延ではない)区別」にしかなりませんね。
[0102]|検討1/検討2